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セクハラメイドと心配事

本日一回目

 僕達のお祖父様であるゼース・クヴァイルについてだけれど、この六年で色々と分かった事がある。

 最悪のケースでは手に掛ける覚悟さえしていたのに、あの人、国に凄く必要だった……。


 一万人救うのに十人の身内の犠牲が必要なら即座に殺してみせるような、仁徳とは無縁な人だけれど、それ故に貴族としてはこの上ない働きをしていると、身内の贔屓目を入れても思えてしまう。

 リュボス聖王国の税率が周辺諸国より低いのに街道の整備が整っていたり、貧民の救済等の福祉も整っているのもお祖父様が本格的に国の運営に乗り出してから進んだ事で、こうして他の国に来て、ゲームでは描かれる筈もない場所を馬車の窓から眺めただけでも分かった。


「……未だ前世のせいでゲームの世界だって思っていたんだな」


 もう十六になって前世よりもずっと長く生きたのに、何をやっているんだろう。

 まあ、その国の繁栄の為には身内さえも容赦無く消し去るって所は確かだから一切安心は出来ないけれど、あの人の事をちゃんと知りもせず、知ろうともしなかったのは反省すべきだ。


「若様。姫様。ようこそいらっしゃいました」


 原作の舞台となるのは僕達の祖国を加えた四カ国の一つで同盟国でもあるニブル王国の”アザエル学園”。

 此処にはアースの王侯貴族を中心に各国の留学生が集まったりする。


 今は前準備としてこうして用意された屋敷に来たんだけれど、馬車が到着するなり綺麗に整列し、一切の狂い無く同じ角度でお辞儀をづる使用人達に出迎えられた。


「流石はお祖父様。ちゃんとした人材が揃っている」


「あっ! レナが居るわ。どうせ街に出るならお供を付けるんだし、レナに案内して貰いましょう」


 下級貴族の着る物よりも少し上質な服を身に纏う使用人の中に見知った顔を発見したリアスは嬉しそうにするが、流石に駆け寄ったりはしない。

 前世は日本人でも今は貴族だし、どんな態度で居るべきかも学んで居るからね。

 本当は駆け寄って手を取りたいと思っているのは青い髪を夜会巻きにした背が高く知的で冷静な印象を他人に与えるメイド。


 ゲームではリアスの命令で様々な工作を仕掛けた人物であり、母親を早くに亡くした僕達兄妹の三歳上の乳母姉弟で幼い頃の遊び相手を任されていたんだ。

 性格は真面目で頭も良いけれど……うん。


「先ずは荷物を預けてからだよ、リアス。レナだって仕事の予定があるんだしさ」


「私達の命令より優先すべき仕事って有るかしら?」


 どうやら今直ぐにでも出掛けたいって感じのリアスだけれど、ちゃんと使用人達を束ねる上級使用人の執事達との顔合わせが必要なのは分かっているし、不満は今は顔に出さない。


 多分僕やレナだけの時は出すんだろうなぁ……。


 リアスはゲームでの彼女と違い前世が混じっているので理不尽な態度を取ったりはしない良い子だ。

 でも、その分甘えん坊で我が儘な部分は心の底から信頼するごく一部に向けられるんだ。


「まあ、良いか」


 可愛い妹の我が儘だし、他人に沢山迷惑が掛からない範囲で幾らでも聞いてあげれば良いだけの話だからね。


 そんな風に思って屋敷の中に入ればレナが後から付いて歩く。

 どうやら乳母姉という事もあってゲーム同様に専属のメイドとして動くらしいのは嬉しいけれど、ちょっとだけ困り事が。


「……若様、今の私は穿いていません」


 リアスには聞こえない程度の声での囁きはセクハラ発言で、配置換えでこの屋敷に配属されたのが四年前。

 それから偶に手紙の遣り取りをしているけれど、その内容が今みたいな時も有るのには困ってしまう。


 いや、貴族の中にはメイドに手を出すのも居るのは知っているけれど僕は違うし、そういった接待は別の部署の人間の役目の筈だ。

 別段恋仲だったとかでもないし、彼女が僕を異性として好きだとかは多分違うから悪戯だろう。

 長袖ロングスカートとと清楚さを感じさせるメイド服の下を一瞬だけ想像しそうになったけれど、何とか煩悩は追い払った。


「冗談ですよ」


「分かってるよ。この手の冗談は控えて欲しいんだけれど」


「ふふっ。若様もお年頃ですね。減給だけはご容赦を。夜伽でも何でもしますから……嘘ですが」


「……話聞いてた?」


 ……昔から悪戯が好きだったけれど、こういったのは困るよ。

 でも、こうやってふざけ合える間柄が居るのは本当に心が助かるんだ。

 貴族社会って狐の化かし合いな所が有るし、同じ派閥でも……。




「それでは街に向かいますが……くれぐれも横道に入り込まないようにお願いします。入り組んでいますし、警備隊の巡回路からも外れている場所さえ有りますので」


「分かっているわよ。この歳で迷子だなんて恥ずかしいもの」


「大丈夫。リアスがフラフラと居なくならない様に僕が見張っているからさ」


「お兄様、怒るわよ?」


 横目で睨んで来たリアスの頭に手を乗せて軽く撫でれば直ぐに機嫌が直るのは前世の名残か今も同じ。

 もう十六だし、そろそろ控えた方が良いと思いはするけれど可愛いからなぁ。


「ごめんごめん。……それにしてもフリートが留守だったのは残念だね」


 荷物を置き、最初に向かったのはリアスが行きたがったお洒落なオープンカフェ……よりも前に知り合いの屋敷に向かった。

 アース王国大公家長男であり、ゲームでは攻略キャラだった”フリート・レイム”。

 火の魔法を得意とする俺様系キャラで、ゲームでは好感度が上がれば興味を持って主人公に”自分の物になれ”だなんて言って来ていた。


 尚、戦闘中のグラフィックでは腰の辺りに炎の輪っかを展開しているから、ネット上で作品のファンからは”俺様フラフープ”って呼ばれている攻略難易度が低い相手らしい。


 僕としての評価は自尊心が強いけれど根は善人で曲がった事が嫌いだけれど単純で騙されやすい。

 個人として付き合うのは悪くないけれど、貴族として親交を深めるのは家の地位以外は遠慮したい感じだ。


 え? 人を家の地位で判断するのかって?


 そんなの大勢の領民を背負った貴族なら当然だよ?


「私、彼奴嫌いなのよね。偉そうだし」


「リアスも大概だけれど自覚在るかい?」


 この国に嫁いだ叔母上様の結婚式で出会った時からリアスはフリートが苦手だった。

 広げた扇で隠した口元では”うげぇ”って感じで舌を出している。

 僕からすれば同族嫌悪だけれど、可愛い妹と不良男を一緒にしたくないから口には出さないでおこうか。


「……私はあんなんじゃないもん」


 あっ、拗ねちゃった。

 頬を膨らませてプイッと顔を背けるリアスも可愛いけれど、前世の口調が出ちゃってるよ。


「姫様、はしたないですよ。その様な態度を外でとるのはお止し下さいませ。何処に誰の目があるのか分かりません」


「……はーい」


 何だかんだ言ってもリアスはレナを姉みたいに慕っているし、下手すれば僕よりも言う事を聞くかもね。

 彼女自体は僕に変な悪戯はしてもメイドとしての身分を越えすぎる言動はしないから安心だけどさ。


 ……お兄様としてもお兄ちゃんとしても少し悔しい。


「もう入学時期か……上手く行くかな?」


「おや、何か心配の様子。例えば女子生徒と上手く付き合えるかとかですか?」


「……それも有るけどさ」


 既に僕達兄妹は原作とは違うし、お祖父様とは違う方の懸念事項は兎も角として其処まで心配じゃない。

 でも、ゲームで起きた事件はそれなりに被害が出るし、主人公が持つ闇の力が必要な時さえあった。

 ……主人公すら知らない秘密も有るし、仲良くなって損は無いけれど、僕達が原作とは違う時点で原作では上手く行った事が変わって来そうなのが心配だよ……。


「あら? あの子、少し危なくないかしら?」


 リアスの言葉に反応してみれば女の子が階段を大荷物を背負って危なっかしい足取りで降りている所だった。


「きゃあっ!?」


 前が見にくいだろうに古ぼけたローブのフードを目深に被り、手摺りに掴まりながら進むんだけれど少し裾が長いのか踏んづけてしまい転んだ拍子に階段から落ちてしまった。

 少女は悲鳴を上げて落下して行き、下は固い地面で石がゴロゴロ転がっているから高さはそれ程無くても大怪我は免れない。


「スロー!」


 僕が叫べば彼女の体を光が包んで落下速度が急に減速し、彼女は亀の歩みに迫る速度で落下して行く。

 さて、これで大丈夫……あれ?

 

「彼女、気絶していますね」


「あーもー!」


 落下速度は落ちたから大怪我はしないけれどちゃんと着地しなかったら少しは怪我をする可能性だってある。

 仕方が無いから落ちて来た彼女を受け止めた時、被っていたフードが外れて隠されていた顔が露わになった時、僕の視線は釘付けになった。


「あ、あれ?」


 目が覚めたのか状況を見極めようとキョロキョロする瞳と艶の有る髪の色は黒。

 物静かで儚げな印象を与える少女をお姫様抱っこしている状況の中、僕は知らず知らずの内に呟いていた。




「綺麗な髪だな」


「へや!?」


 心の底からそう思ったんだ……。



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