生徒会長は苦労人
遂に二千二百突破 ブクマ千目指します
恋とは素晴らしい物だと私は思う。
時に恋によって身を滅ぼす事も有るのは貴族社会に生きる者としてウンザリする程に目にして来たが、それは恋心を捨てる理由にはならないのだから。
「ああ、レナさん。お会い出来る日を一日千秋の想いでお待ちしています」
ガタガタと揺れる馬車の中、懐に忍ばせていた愛しい相手の肖像画を手にして眺める、描かれている彼女は真面目な凛とした表情の彼女、これが私の前で笑顔になって欲しいというのが私の願いだ。
ああ、名乗っておこうか、ジョセフ・クローニン、アザエル学園生徒会長にして、入学初日からトラブルを起こした馬鹿の従兄弟である。
……私が彼女に出会ったのは幼い頃、父の弟が婿入りした先であるクヴァウル家に顔を見せに行った先での事、従兄弟二人の乳母兄弟であるレナさんを一目見て私の心は奪われた。
品行方正で真面目、それでもって色気がある知的な美少女……それはやがて怪しい色気を持ちながらも知的で真面目ながら親しみの持てる柔らかさを持つ彼女に私の心は惹かれ続ける。
「レナさん、失礼な話ですが、お付き合いしている方はいますか?」
「いえ、残念ながら。ですが素敵な殿方と幸せになりたいとは思いますね」
”鬼神”レナスと”死神”マオ・ニュ、祖国であるリュボス聖王国の双璧とされる二人の片方の娘にして、従兄弟の私から見ても異常な強さを持つ二人の護衛を任される程の実力を持つ有能な女性。
鬼族は戦闘欲求や性欲が私達ヒューマン等の種族に比べてとても強い……だが、彼女はそんな様子すら一切見せず、その姿に私の心は彼女に支配されて行くばかり。
クヴァウル家に親族婿入りし王家との強い繋がりを得た影響か、牽制をしあっているのか婚約者は決まっていない、当の従兄弟であるロノスは見付かっているのに、何故私は?
あれか? 先にクヴァウル家にアプローチ掛けて、それが駄目ならクローニン家にって思ったが、父が妙な対抗心を抱いて拒否でも……いやいや、好意的に考えよう、じゃないと胃痛が酷い。
思えば私は物事を悪く考える悪癖持っている、故に苦労が絶えず胃痛に悩まされるのだろう。
四ヶ国の生徒が集う学園にて生徒会長に選ばれる、それは名誉な事であり、同時に多大な責任が伴う。
そんな私の任期中に入学して来たのは王国の第一王子や大公家の跡取り、聖王国からは我が従兄弟であるロノスとリアス、最近は帝国の皇帝の養女まで転校して来たし、共和国の彼だって群の名門一族……何故だっ!
何かもう、如何にも問題が起きて大事になって下さいとばかりの豪華な面々選り取り見取り、一人だけでも問題なのに此処まで一学年に集中するとか私の胃を破壊する気かっ!?
しかも今上げたメンバー以外にも有力な家出身の一年生はちらほら居るし、家の格は最低だろうとルメス家の彼女、アリア・ルメスは……まあ、闇属性の彼女が居る事で不穏な空気になってトラブルが起きるだろうと不安だったし、実際に彼女に絡んだ馬鹿が居たが、我が従兄弟の馬鹿の方のせいで初日からの決闘騒ぎ、しかも王子まで巻き込んでだ……。
「ロノスの奴でも生徒会に誘うべきだろうか? 妹が関わらなければ彼奴は頼りになるし……」
思い出しただけで訪れた胃痛の波を堪え、どうにか今後のストレスを軽減する方法を思案すれば、従兄弟の基本馬鹿じゃない方に頼れば良いのではないか、そんな案が浮かぶ。
思い付きだが一番の悩みの種であるリアスの扱いは心得ており、他の悩みの種についても上位の過半数は奴の周囲に居るのだ、頼らないという選択肢は有り得ない。
……それにまあ、生徒会の仲間として奴の屋敷に相談に行く事も有るだろうし、レナさんと顔を合わせる機会も増えるだろう。
下心からではなく、学園に通う生徒の代表としては学園の為に動く必要が有るのだから、その結果美味しい思いをしても致し方無い。
「……待って居てください、レナさん。貴女に想いを伝えても何も問題が起きない程の実績と力を手に入れて見せます」
彼女は貴族ではないが英雄的な存在の娘、それこそ正妻にするのも不可能ではない筈。
ならば今はコネと実績によって実家での発言権を強める事こそ最優先、今現在婚約者が一切決まらないのも親が私の望む相手を探せと言葉に出さずに伝えていてくれるのだ……と思う。
「その為には今回学園からの依頼、完璧にこなして見せよう。見ていてくれ、エリちゃん」
レナさんの肖像画を胸元に仕舞い込み、次に出したのは可愛い可愛い可愛い愛しのペットのエリーの肖像画。
大型犬に匹敵する体の大きさを持ち火を吐く真っ赤なトカゲ、”デミサラマンダー”のエリー、愛称は”エリちゃん”。
私にとって最大の癒しであり、鱗に汚れが溜まったら病気になるので水浴び等が必要なのに、湿ったタオルで体を拭く事さえ私以外にはさせない程に水が嫌いだから海辺には連れて行けないのが残念な所だ。
昨晩は久々に一緒に寝たのだが、今もエリちゃんの体温が残っている気がしてエリちゃんの肖像画にキスをしようとした瞬間だ、片目の無い熊の頭と視線が重なった
「……ふぁっ!?」
幌を突き破り入って来た熊の頭は反対側から突き抜け、それで勢いが弱まったのか数度地面を跳ねた後で漸く止まる、一体何が起きたのか一切分からなかった、分からない方が良い気もするが。
「うっ!? 何だ、急に胃が……」
馬車を慌てて止めた私は飛び散った血で端が汚れてしまったエリちゃんの肖像画を前にワナワナと震える中、何かを無意識で察したのか胃が急激にキリキリと痛み始め、さっさとロノスに汚れた肖像画を元に戻して貰おうと思う反面、兎や鳥などの獲物を半殺しにして楽しむ残虐性も可愛いし、血塗れの姿も魅力なのだからこれはこれで良いのかも知れないな。
肖像画なら他にも……いや、血飛沫をアクセントにするならするで大きさや場所、形を厳選したい所だ。
「だって最高に可愛いエリちゃんの肖像画なのだからな」
ロノスの奴はグリフォンのポチを世界一可愛いと口にするが、私はエリーこそ最高に可愛いと思っている。
鳥よりもトカゲだよ、トカゲ。
まあ、エリちゃんはトカゲというカテゴリーに当てはまらない最高の子なんだけれどな!
そして何やら足音が聞こえたので警戒しながら穴から顔を覗かせる、見知った金髪が目に入った。
「やっほー! ジョセフ兄様、どうしたのー?」
「うげっ!? リアス!」
私の顔を見るなり笑顔で手を振る姿は呑気その物……|ロノス《保護者ぁ〉! ロノスは何をしているんだ、妹が関わると途端にポンコツになろうと貴様が居ると居ないでは大きな差があるんだぞっ!?
キリキリと痛みを増して行く、胃。
限界は近いぞ、実際にな。
他にも学園は有るのにアザエル学園にばかり面倒な連中が集まり、更に取り巻きや派閥に入りたい者達も集まった事で学園内は今や火薬庫、その中で松明両手に踊っているような馬鹿は私が自分を見るなり嫌そうにしたのが不満なのか拗ねた顔をしている。
「頼むから今回の面倒事の最中は面倒な真似をしないでくれ、無駄だろうが」
「え? ジョセフ兄様ったら何か用事があって来たの? よーし! だったら私も手伝うから、何をぶっ飛ばすのか教えて!」
「先ず”ぶっ飛ばす”という選択肢が最初に出る所だからな、本当に。それに草をかき分けて進むような気軽さで木を薙ぎ倒しながら進むのは止めろ」
「……はーい。分かりましたー」
……本当に分かっていないだろう、絶対に。
頬を膨らませてそっぽを向く従兄弟の姿に私はそんな確信しか出来はしない。
「まあ、お前やロノスの力を借りる事にはなりそうなんだがな。……ロノスだけなら、ロノスだけなら私の胃に平穏が訪れたのだが!」
「何かさっきから私に問題があるみたいじゃないの。失礼しちゃうわね」
問題しか無いから言っているのだが……。
又しても拗ねた様子のリアスの姿に私は深い嘆きを覚え、この場所に来る事になった理由を思い出して呪いの言葉を呟く。
「下らない権力争いに生徒を巻き込むな、どうせ潰されるだけだというのに、あの老害達め……」
「その老害達をぶっ飛ばすのね!」
「いや、本当に話を聞いていた?」
本当にこの従兄弟が聖女の再来等と呼ばれるのは甚だ疑問でしかなく、”聖女のゴリ来”に変えた方が良いのではないだろうか。
ああ、エリちゃんを抱き締めて癒されたい……。




