釣果
「うおっ!? これってどうすれば良いんだ?」
走り込みの後、僕とフリートは崖の上から釣り糸を垂らして魚が食いつくのを待っていたんだけれど、フリートは釣り針にミミズを付けるのに四苦八苦している。
まあ、釣りに慣れていないのならそんなもんか、護衛の人も敢えて我関さずって感じで見守っているだけ。
うーん、厳しいな、レイム家。
一人で頑張れって事なのかって思いながらフリートを観察する、特に目立った箇所は無いんだけれど……。
「チェルシーにビンタとかでもされていたと思ったんだけれど、特に何も無いね」
「当たり前だ、チェルシーだぜ? 目立つ場所をぶっ叩く訳がねぇだろ」
「……あっ、うん」
そうだ、チェルシーってそんな子だったな。
リアスのお目付役っぽいのを任される子だもんね。
「あっ、来た!」
それ以上は僕は言及しない事にして釣り糸を引き上げる、ウツボダコが絡まっていた。
「逃がせ、あのゴリラに見付かる前に」
どうすべきかと釣り糸の先を見つめる僕の肩に置かれるフリートの手、目を見ればマジの目だ。
「だね」
人魚の所で巨大なウツボダコを置き忘れてしまったらしいし、此処で見つかってしまったら食べたがるだろうから逃がしてやり、暫く待ったら再び釣り糸を引く感覚が伝わって来たから引き上げる、ウツボダコとそのウツボダコを補食中のウツボダコ、無言で糸を切って海に逃がす。
「もしかしてあのウツボダコはメスで、これが女難……?」
「いや、何言ってんだ?」
「さあ? 僕自身もサッパリだ。……またもや、か」
それを逃がして数分後、またしてもウツボダコ、その次も、更に次も……。
「これ、同じのが掛かってるってパターンかな? だったらさ、もう此奴を切り刻んで捨てれば良いんじゃないかな?
「おい、止めろ、馬鹿。糞不味ぃ血が広がって魚が逃げる」
「もう呪いかもね。ほら、初日にリアスがデッカい奴を捕まえたし、あれが呪ってるとか。それならリアスの代わりに呪われたのが僕で良かったよ。色々な意味で」
「そりゃ彼奴が釣るのがウツボダコばかりだった場合、俺様達に呪いが来てるのと同じだからな」
可愛い可愛い大切な妹、絶対に守るべき存在……でも、あの子の大好物であるウツボダコは無理、食事に出すのは拷問の一種にさえ思える不味さだし、早い所他の魚を釣り上げたい。
「それこそ初日のリアスみたいに海に潜って捕まえるのが一番手っ取り早いのにさ。まさか臨海学校に来て海に入るのを禁止されるだなんて」
「しゃーねぇだろ、人魚が絡んでやがるんだ。此処で逃げ出すとかにならないだけマシと思えや」
「……そうだけれどさ」
そう、予定されていた訓練の一つとして食料調達を始めた僕達だけれども、海に潜る事は勿論、波打ち際にも近寄らず、こうして高い場所から釣り糸を垂らすのみになっている。
アカー先生がそれを決めた理由は理解しているけれど、こうも釣果が芳しくないと愚痴の一つでも零したくもなるってもんだ。
さて、そもそも海に入らないって決まった理由だけれど、それは二時間程前まで遡り、釣り具を始めとした食料調達の道具を集めた倉庫まで集まった時の事だった。
「じゃあグループに分かれて食料を集めますが、海には入らないし、波打ち際にも近寄らないようにお願いしますね」
「え? なんで? 釣るよりも水中で蹴り飛ばすか殴り飛ばした方が手っ取り早いのに」
リアスの言っている事は確かだけれど、同時に僕は理由を理解してもいた。
人魚がこの周辺に隠れ里を持っている、それならば教師としては海に入る許可を与える訳にはいかないのだから。
あっ、でも普通は水中で打撃技での戦いは難しいよ、特に食べる目的なら原形残す必要があるし。
「え? どうして人魚が居たら海に入っちゃいけないの? 私なら絶対に勝てるわよ?」
「そうだね、リアスなら勝てるだろうさ。でも、それだからって容易に危険を冒せない先生の立場も考えて欲しいな」
アカー先生の決定に不満があるリアスは目の前に海があるのに飛び込めも出来ないのは嫌らしく、森の中で狩りをする事にしたんだけれど文句を言い通しだ。
何とか宥めている最中、人魚の特性に詳しくないらしいアリアさんが訊ねて来た。
「あの、人魚さん達ってその……こ、子作りをした相手を食べる以外は凶暴でもないはずですよね? 誘われても断れば良いですし、危険だと知っていれば安全なのではないでしょうか?」
「うん、それなんだけれど、別の要素も絡むんだ」
その要素ってのが本当に面倒で先生が慎重に行動しようってなるに値する内容、幾ら寿命が長いとしても特性を知られている筈の人魚が今まで危機的な程に数を減らしていない理由だった。
その話は人魚について調べれば直ぐに知る事になる内容で、リアスだって学んでる筈なのに忘れちゃうだなんてうっかりさんめ。
「俺様も家庭教師から習ったがよ、人間が使う魔法とは全くの別系統……魅了ってのは本当に面倒なのを使うもんだぜ。まあ、俺様には効かねぇんだがな」
餌だけ綺麗に取られた釣り針を見ながらフリートは少し自信有りそうに胸を張る。
あー、はいはい、惚気話はしなくて良いから一匹は釣って欲しいもんだよ。
惚れた相手であろうと交わった後で強烈な補食本能の対象としてしまう人魚、そんな存在と子作りしようだなんて普通は思わない。
自分達の愛なら本能を乗り越えられると自信が過剰だった人、人間に擬態している人魚と合意の有り無しは関係無く関係を持った不運な人、人魚の本能の事を知らず相手も教えてくれなかった人、まあ大半はこんなものだろう。
リアスが言うにはこの一帯に住むセイレーン族って部族は本能を抑える為の結界を編み出したそうだけれど自己申告だし、そもそも。
なら、どうやって相手と行為に及ぶのか、人間に擬態する魔法よりも簡単に使える魔法が存在する。
それこそが魅了、美女揃いの人魚に対して抱いた恋心とかを増幅させる恐るべき魔法、他に恋する相手が居るから人魚は眼中になかったり、魔力で中和する事で防げるから完全ではないけれど、人食いをする連中が持ってるなんてさ……。
ああ、相手を食った後の事も警戒に値したっけ。
それこそが先生が最も警戒する理由、他の部族間で争いが起きそうなら尚更だ。
「所でフリート、君は魅了されないってどうしてだい?」
「言わせんな、ボケ。……チェルシーにベタ惚れしてるからに決まってるじゃねー……」
「おっと、今度は引きが違うぞ!」
「聞いたんなら聞けや!」
竿が今までで一番強くしなり、引きの強さも感覚も連続で釣り上げたウツボダコとは全くの別物。
漸く訪れたマトモな釣果に期待しつつ糸を巻き上げようとした時だ、海の中から伸びた手が糸を掴み、そのまま海中から手の主が顔を覗かせた。
「リアス様、発見!」
それ、双子の妹。
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