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過保護姉&ブラコング『それを言ったら流石に怒る』

 蝶を連想させる形をした羽は透き通り、漸く大地を照らし始めた朝焼けの光が通過すると七色に光り輝く。

 亜麻色の髪を靡かせる風が石鹸のほのかに甘い香り香水の香りを僕の鼻に届かせた。

 幼い頃からの知り合いだけれど、こうして見るのは初めてなレキアの裸体、妖精という事も合ってか何処か神秘的な印象さえも僕に与え、一種の芸術品を眺めている気さえする。

 女の子の裸を前にして、僕は邪な理由以外で正面から見続け、向こうは僕と風呂場で遭遇した事に混乱したのか固まったままで一言も発しない。

 

「美しいな……あっ」


 暫く時が停まったかのように静寂が周囲を支配する中、再びレキアの髪を風が靡かした瞬間に僕の口からその言葉が漏れ出て、漸くハッと我に返る。

 この様な場合、まずは視線を外して謝罪の一つでも口にするのが礼儀だろう、それが幼なじみで婚約者出会ってでもだ。

 これが姉や妹なら”少し太ったね”とジョークでも言えば良いが、彼女は妖精国の姫君で次期女王筆頭候補、此処は男風呂なのだし間違って入り込んだ事を後から説明すれば関係性もあって大きな問題にはならないけれど……。


「ご、ごめん、つい!」


 だけれども、それはあくまで僕が対応を間違えなかった場合の話、自己で裸を正面から見た後、見続けて感想まで口にした場合じゃない。


……新婚初夜に初めて相手の裸を見た時じゃないんだし、本当に僕は何を言っているんだ!?

 でも、それ程までにレキアの裸体は美しかった、顔を逸らした今もハッキリと思い出せる程に強く印象付けられている。


 謝罪を行い、顔を逸らしながらレキアの反応を待つ間、僕は少し怖かった。

 何時もの様に怒鳴り散らし罵倒して来るのを想像して、じゃなく、僕の反応に嫌悪したり悲しませ、絆が壊れてしまう事にだ。

 いや、嫌われるのは仕方が無い、僕の責任だし、それを含めた罰も甘んじて受け入れよう。

 

 しかし、大切な相手である彼女を傷付けてしまったのなら、それはどんな罰よりも辛い事かも知れない。



「そ……、そうか、貴様は妾の身体を美しいと感じてくれるのだな……」


 だけど、僕の不安は杞憂だったとでも告げる様にレキアの反応は予想外の物だった。

 とても平気な訳では無く、羞恥からか赤く染まり、目も合わせてもくれないが、不快や嫌悪、失望の色は感じさせず、逆に口元は嬉しそうにさえ見えた。

 両手で胸などの大切な部分は隠してはいるけれど物陰に隠れたり僕に何処かに姿を消せと命じる事も無く目の前に居続ける。



 僕まで余計に恥ずかしくなる中、再び沈黙が周囲を支配し、静寂が包み込んだその時、廊下から脱衣所に続く扉が開く音が耳に届いた。


「あらん? ニョルも朝風呂なのねん」


「ああ! 夜明け前から体を鍛えていたので汗をかいてしまった!」


 この声はルート先輩とトアラスっ!? 拙いっ!


 普段なら朝の挨拶の後、幾らか言葉を交わすだけで終わっただろう、別に慌てる必要は無いけれど、今此処にはレキアが居る。

 学校の宿泊先の風呂場で婚約者と一緒に居ることで生まれる誤解もそうだけれど、レキアの裸を見られるのは防がないと駄目だし、まさか”間違って男風呂に入り込んだから少し待って”と説明するのもレキアの名誉に関わってしまい、二人が服を脱いで入って来るまで時間も……。


「ふむ、これは困ったな」


「いや、レキアは何をそんなに落ち着いて……いぃっ!?」


「少し声を抑えろ。何事かと思って飛び込んで来られては敵わん」


 焦燥感を覚える僕とは真逆の落ち着いた様子の彼女は小声で僕の声の大きさを咎め、そのまま僕の胸に自分の胸を押し付けるようにして密着する。

 小さいからか分かり辛いけれど柔らかくスベスベの感触が伝わって来て、顔を見れば少し睨んでいて何時もの彼女らしい表情に戻ってはいる物の、矢張り恥ずかしいのか顔が完全に紅潮して目は泳いでいる。


「貴様の体で妾の体を隠せ、このまま見られるのも場所を移動するのも気が進まん、妖精の姫が人間に完全に合わす必要は無いからな」


 ああ、良かった、意地っ張りで変な方向にプライドが働く普段通りの彼女だ。

 裸を見られたくは無いけれど、間違えたから素直に女湯に移動するって選択肢も間違いを完全に認めるみたいで嫌なのだろう。

 その結果、僕に裸で密着する結果になって、胸は見えないけれど感触は伝わる上にお尻は見えるけれど、そっちの方が恥ずかしいだろうに相変わらずの自爆っぷりだ。


「はいはい、分かったよ。新しい魔法の実験も兼ねて、君の美しい裸を目にした上に密着して貰えたんだ、壁役を引き受けた」


「……それで良い。それで本心なのだな? その、私の裸が美しいというのは……」


 二人が入って来る前に奥の方に移動したいから話しながらもお湯に入るとレキアがそんな事を尋ねて来た。

 改めて口にするのも恥ずかしいからか頷いただけに留めれば、軽く叩かれた。

 ちゃんと言葉で伝えろと、そんな所かな?


「レキア、君の裸は美しいよ。他の誰の裸よりもね」


「そうか、……そうか」


 自分から口にさせた癖に、いざ耳にすれば恥ずかしくなったのだろう、気のせいか嬉しそうに呟いた後、彼女は僕の胸に顔を押し当てて一言も発しない。

 そのまま僕が風呂の端の岩陰まで移動した時、脱衣所に続く扉が開こうとした。


「”タイムミラージュ”」


 おっと、此処に来る前に使っておけば良かったのに、僕も恥ずかしさから頭が働いていなかった。


「む? 誰かの気配がしたかと思ったが気のせいか?」


「刺客が湯の中に潜んでいる……とかは無いみたいね。お湯は透明だし」


 入って来た二人は僕とレキアが潜んでいる方に視線を向けたけれど、気が付いた様子も無く体を洗い出した。


 ああ、僕も先に洗っておくべきだった、これはマナー違反だな。


「おい、どうなっている?」


「ちょっと声は抑えて。あまり大きいと誤魔化すのが大変だからさ」


 思わぬ失敗に反省する僕に投げ掛けられるレキアからの問い掛け、僕の方だけをジッと見る彼女は僕が何かをしたかだけは分かっているらしいけれど、何をしたか迄は分かっていないらしい。

 付き合いの長い彼女だからこそ、僕が今まで必要な場面で使っていなかった……いや、使えなかった魔法の原理が気になるのだろう。

 最近時の女神クノス様から力を貰った云々はパッと説明出来る事じゃ無いけれど、何が出来るようになったのかは教えても良いだろう。


「景色の再生と音の伝播の遮断だよ、修正の余地が有り過ぎな未完成魔法だけれどさ」


 今僕がやっているのは光の時間を操作し、鏡が光を反射して景色を映し出すように、その場所の光の動きを戻して再生するのを繰り返す事で僕達の姿を隠し、空気の時間を操作して音が届くのを阻止するって事だ。


 コントロールの難易度が尋常じゃないし、あくまで前の景色の再生だから向こうから湯面に波紋でも起きれば途中で途切れ、匂いまでは誤魔化せない。

 レキアは魔法で、僕は技術で気配を消しているけれど、そうしなければ敏感な二人には気付かれていただろう。


 うん、本当に未完成だな。


 二人が体を洗い終え風呂に入るまでの間にレキアに軽く説明すれば、少し驚いた様子だが納得してくれたらしい。


「……理解した。では、気付かれぬように注意せよ。妾はゆるりと湯を楽しませて貰うがな」


 いや、急に其処まで高度な魔法が使えるようになったんだ、”今度詳しく説明しろ”ってのが視線で伝わって来た。


 まあ、そんな魔法だ、コントロールに集中する為に気が休まらないけれど、それを理解可能な筈のレキアは僕に掴まりながら体を湯に浸ける。

 少し斜めになった僕の上に密着するようにして、流石に自重してくれてはいるけれど今にも鼻歌を歌い出しそうでさえある程に上機嫌な様子だ。


「まあ、君との混浴を代価だ。贅沢を言えば二人きりが良かったけれど状況が状況だからね」


「そうか、二人きりでゆるりとしたかったか。……そうか」


 三度目の沈黙が続く中、背後の方で二人が風呂から上がり出て行く音が耳に届く。

 随分な早風呂だけれど、会話から先生の補助の仕事が山積みだと伝わって来て、お疲れ様だと心の中で呟いた。


「……うん?」


 今思ったけれど、僕の服って普通に脱衣所にあった筈、端の方だから目に入らなかったのか、それとも何らかの手段と理由で僕が隠れていると察してくれたのか……そもそもレキアも幻術が使えた筈だとか今更ながら思い出したけれど、言わない方が良いかな?



「じゃあ、僕はそろそろ……」


「まあ、待て。貴様の普段の働きは妾とて評価している。その褒美をくれてやろう」


 二人が出て行った扉を暫く視界に入れ、乗っていたレキアが何故か退いたから僕も上がろうとした時だ、レキアにぶつからないようにゆっくりと立ち上がろうとした僕の腕を彼女は掴み、普段の高飛車な態度で楽しそうに告げる……少し上擦っている声でだけれど。


 いや、待て、腕を……掴んだ?


 そう、今の彼女は人間サイズに大きくなり、腕を引っ張ると再び僕に密着して来る。

 首に腕を絡ませ、耳元に息を吹きかけて実に楽しそうだ。


 但し、余裕なのは態度だけで実際は鼓動が凄い事になっているのは密着した胸から伝わって来るけれど、大きさが同じなせいで彼女の存在が強く伝わる事もあってか僕の鼓動も高鳴った。



「褒美って……君との混浴?」


「それ以上を望むのは不相応だ、弁えよ。だが、貴様が妾の高尚さと美しさを認識した褒美を与えてやらなくもにゃい……ない」


 あっ、今完全に噛んだ。


「理由は分からぬが急成長もしたのだし、少しは妾の伴侶足り得るようになったと認めてやろう。喜べ、貴様は世界で唯一妾の夫になるに相応しい可能性がある。だから……これは褒美だ」


 重なる唇と唇、時間は僅かな間だけれど、気が付けば僕の腕はレキアの細い腰に回って抱き寄せ、驚いた様子の彼女だけれど抵抗もせずに受け入れていた。

 キスを止め顔を離した彼女は再び僕に体重を預け、目を閉じれば彼女の体温と鼓動が伝わって来る。

 温泉の湯よりも彼女の体温の方が僕を温めてくれている気が……。






「……所で妾の裸体を賛美する際、”他の誰の裸よりも”と言ったが、それは要するに他の女の裸を目にしていると、そういう事か? それも複数の女のをだ」


「……」


 あれぇ? 急に冷えた気がするけれど、気のせいと思いたいけれど気のせいじゃないよね?




「……仕方無い、この際四の五の言っては居られんな。手を離せ」


 言われるがままに手を離せばレキアは人間サイズのまま僕の目の前で立ち上がり、今度は体を隠す事もせずに普段の腕組みをしての尊大なポーズ、但し顔は羞恥心を抑え込もうとしているのが丸分かりだ。


「わ、妾の絶世たる美しき肉体を目に焼き付けよ。他の女の物など記憶に残らぬ程に、にゃっ!?」


 そんな風に目の前で胸を張る彼女の姿に思わず見惚れてしまった瞬間、目の前から姿が消え去り、時間切れで元の大きさに戻ったレキアは無言で再び僕に乗ってゆっくりと湯に浸かり出した。





「可愛いなあ……あっ」


 思わず呟いたけれど、割と本気で怒った時の顔で睨まれてしまう。

 え? 何で……?


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挿絵(By みてみん)

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