妖精姫の夢
夜の帳が降りる頃、本来ならば美肌の為に早く眠らなくてはならないのだが、月明かりに照らされた海岸を眺めながら魔法を使い体を大きくしていた。
「……ふぅ」
人間大の大きさになれるのは僅かな時間、一度元の大きさに戻ってしまうと次に大きくなれる迄時間が開いてしまうのが難点……母様は人と会う時は人間サイズになっているが、威厳を保つ為にどれだけの修行を重ねたのやら。
今の妾では母の足下にも及ばない、これではロノスに嫁いでも苦労しそう……いや、妾が奴に合わせる為に努力せねばならぬ理由など無いのだが。
「いや、妾とて女王になれば母様と同じく威厳を保つ必要が有るのだし、次世代の姫達を産むという事は……うむ」
わ、妾とて己の誇りの為だけに責務を放り出すなど逆に誇りの欠片も無い行為は避けたいし、これは仕方の無い事なのだと自らに言い聞かせる。
「ロノスが妾を抱き締めるのに小さな体では不便だろうしな……」
妾と奴では種族の違いもあって大きさが違い過ぎる、頭や肩に乗って……やる、のも良いが、妾にも譲歩してやる程度には奴に親しみは持っているし、妾と結婚したいとロノスが思っているのなら……。
「それに妾が自分の為にどれだけの事をしたのか言い聞かせる事で夫婦であっても上下関係を結べるであろうしな。妾が特別に結婚してやるのだ。奴は喜び咽び泣くべきだ」
妖精は人間よりも優れた種族、ならばこそ妾が上だと奴は自覚すべきなのである。
友相手に上下関係を迫るのは抵抗があるがな。
だからこそ威厳が必要であり、第一歩が魔法の持続時間の増加なのだ。
「昨日の散歩……いや、デートも悪くは無かったしな」
相手の肩に乗って移動するのは妖精族にとって信頼の証、何ならロノスの頭の上で眠る事さえ出来るだろう。
だが、共に肩を並べて歩くのも心地良かった、それを認めてやろう。
今は妖精国の中か僅かな時間のみ同じ視線で物を見られるが、何時かはもっと同じ視線と時間を共有したいと、心の底から思う妾であった。
「そ、それに褒美としてキスをしてやるにしても、あの大きい体ではないと不便であるしな。……寝るか」
己を高める為の決心の筈が、余計な思考……ロノスの奴の事ばかりになりつつあるのは大変不愉快だ。
だから寝ようと思ったが、このままでは夢の中にまで奴が現れてくれる……現れてしまう。
なら、何をすべきか考えた時、アリアから借りた本を読まずに置いていたのを思い出した。
「まあ、あのヘンテコ女の趣味だから期待はせぬが暇潰しにはなるだろう」
机の上にはカバーを掛けた本が数冊、わざわざ妾の部屋にまで運ばせた物だ。
タイトルは開かぬと分からんが、一番古ぼけた奴にするか。
くたびれた大きめの本と本の間に挟まっていた一冊、恐らくはうっかり紛れ込ませた物だろうが、ならばこそ人に勧めるような当たり障りのない物ではなく珍しい内容の可能性も考えられる。
指を鳴らせば選んだ本が浮かび上がり、妾の体に合った大きさにまで収縮して宙に浮かんだ。
妾は妖精の姫だ、本など持たずとも良い。
お気に入りのクッションに腰掛け、本のタイトルを読んだ。
さて、どの様な内容やら……。
「『獣人メイドの野性的ご奉仕日記』? 妙なタイトルだが、あのボンヤリした奴の好みだ、平和的な物語だろう」
野性的、と言うのが気になるのでもしかすれば男児が好みそうな冒険物かも知れぬが、滅多に読まない内容だ、軽くからかえるかも知れぬのだから読む事にした。
……後から妾は思った、アリアを見誤っていたのだと。
「胸でっ!? しかも終わった後で綺麗に……」
「ふ、風呂場でこの様な真似を……」
「これでは本当に獣だな……」
「この様な言葉で男は喜ぶのか……」
内容を簡単に言い表すなら……”過激”、そして”淫靡”。
最初はメイドと主の恋愛物かと思いきや、メイドが主にグイグイ迫り、何度も関係を結ぶという物。
主が結婚して距離が開いたかと思いきや、正妻が眠っている横で主に跨がって……。
「アリア……あの女狐め、妾が試しに読んでみるのを見越していたな。おのれ、おのれぇ。……此処で退いては妾の誇りに傷が付く。良いだろう、その挑発に乗って読破してくれる」
正直頭が沸騰しそうな気分ではあるのだが、妾は意識をしっかりと保ちながら読み進める。
さて、情景を浮かべる場合、登場人物に姿を与えねばならぬが挿し絵は無しか、仕方無いから、ああ、只何となくに過ぎないがロノスと妾に置き換えるとしよう。
メイド服で付き従うなど屈辱ではあるが、主従でありながら明らかにメイドの方が上位に立っている、ならばと我慢をしていたのだが、急に展開が大きく変わる。
この小説の主人公は獣人、何の動物の特徴が混じっているかで大きく変わるが、この女はウサギと同様に性欲が強いライオンの獣人ではあったのだが、物語中は特定条件下で発動する弱点が発生していた。
だが、今読んでいるシーンでは弟とのお家争いに破れて妻も地位も奪われた主が唯一付き従い続けてくれた主人公に思いを伝える所だ。
奥手だった主が急にグイグイと来て、今まで押す側だったのが完全に受け身になってしまい……。
「……ふん」
ロノスと妾に置き換え、妾に魅了された奴が愛を伝えて来る姿を想像し悪くはないとは思ったがそれだけだ、ああ、それだけに過ぎない。
別に変な意味ではないが、妾に愛を語って良いのはロノスだけなだけ、それも他のが不合格なだけなのだ。
「寝るか」
余韻を楽しむ必要は無い、あくまでも挑戦を受け、そして勝っただけだからだ。
本を元の位置に戻し、妾はベッドに横たわると直ぐに睡魔がやって来た。
さて、今宵はどの様な夢を見るのやら。
「ふふん、妾にかしずいて椅子になっているロノスに座ってやる夢でも一向に構わんぞ。予知夢の類やも知れんからな」
本は一切興味を引かれぬ物だったが暇潰しにはなったのだろう、わざわざ読んだ事を伝える必要も無く、気が付かなかった事にしてやるがな。
「はっ!?」
空が白む頃、妾は夢にビックリして目を覚ます。
ロノスと風呂場でイチャイチャしている夢を見た。
「おのれ、あの女狐めが。これが狙いか……」
あの様な夢を見せる為に本を紛れ込ませるなど予想もしなかった。
寝汗が……そう、寝汗が一部分に集中しているし、未だ眠いが風呂に入るとしよう。
ボケーッとする頭のままフラフラと風呂場まで飛んで行き、脱ぐのを忘れて脱衣所から出たので魔法で裸になる。
む? 妾以外にも朝風呂を浴びに来た奴…が……。
振り向けばロノスが立っている、妾は全裸だ。