聖女の場合 『デッカいのぶち込んだ後で私が突っ込めば良くない?』
総合千二百三十間近!
リアスがロザリーの正体に気が付かぬまま、彼女の選んだ短剣”ダークマター”を手に入れたセイレーン族の隠れ里から沖の方に少し離れた島、ドーナツ状で周囲が断崖絶壁になっており、踏み入るには空を飛ぶか、もしくは深い海の底に存在する海中トンネルを通って出口である島の中央に向かうのみ。
その中央に存在するのがセイレーン族とは遙か昔に袂を分かった、但し人間の基準であり、長命種である人魚からすれば精々一代二代程度前でしかないのだが、お世辞にも友好的な関係では無い”ウンディーネ族”の隠れ里が存在した。
カマキリと同じく交わって受け止めた種の持ち主を食べ尽くすという本能、人と同等の知能を持つ人魚であっても理性が吹き飛び食欲に完全支配される、そんな彼女達の特性だが、それに対する価値観が元々一つの部族だった物が二つに分かれてしまった理由だ。
セイレーン族は本能を情を通じ合わせた相手……豊満な肉体を持つ美女揃いの上に人間社会の常識に疎い彼女達は水着や下着を身軽に動きやすいファッションの一種としか認識していない故に悪漢の目に留まり、その結果から望まぬ行為も行われるのだが、基本的には合意の下だ。
そんな相手を食べてしまい、血を浴びた状態で我に返るのだ、自分達の愛の前には本能すら障害にはなりはしない、そんな愛と絆をテーマにした御伽噺のような展開にはならなかった。
故に隠れ里の内部のみ本能を抑え込む魔法を心血を注いで生み出したのが今の長、彼女がかつて何を失ったのか、その答えは簡単に出るだろう。
だが、ウンディーネ族にとっては愛し子を成した相手を喰らうのは忌むべき行為ではない。
セイレーン族が思い描いた、愛によって本能を乗り越え共に手を取って生きて行く、それを本当の幸福ではないと吐き捨てる。
病、事故、闘争、そして寿命、どれだけ深い愛を交わし、本能さえも乗り越えたとして、死が二人を分かつ迄、つまりどちらかの死をもって終わるのでは意味が無いと言うのだ。
死後の世界を人魚族の信仰は認めていない、死を迎えた者は次の一生を送る為に生まれ変わる、だが、愛した者の血を肉を魂を喰らう事で取り込む、死が二人を分かつ迄、ではなく、死さえも二人を分かたず。
故に本能を抑え込もうとするのは自ら愛を手放す愚かな行為とし、その思想故に
忌むべき本能か愛を貫く為の行為か、その解釈の違いが対立を生み、今も本格的な闘争こそ無いが一触即発の関係が続いている。
決定的な一歩を踏みとどまっている理由は一定周期で行われる儀式、人魚族に莫大な財産を与えたキャプテン・シャークの遺産の中、最も価値があるとされ、されど秘めた力を解放する方法は失われている妖刀を交互に所有、主と認められた者が所属する部族が主となって再び一つの部族に戻る。
言ってみれば闘争を防ぐ為の抑止力、例え二つに分かれてしまっても元は仲間、故に思想の違いから起こる争いを止める為、自らに行う言い訳だ。
その同族の絆も代を重ね、相手と共に過ごした記憶も無く、不倶戴天とまでは行かなくも険悪な関係としか認識しない今の世代が発言力を増す事で弱まって行く。
そして、抑止力たる二振りの刀は今現在、持っている筈のセイレーン族の手元には存在しない。
セイレーン族の長が恐れ憂う闘争の時は刻一刻と近付く、愛した者の血を浴びる行為への考えの違いは今、同族の血を浴びる行為の理由となろうとしているのだ。
「お客人、此度はよくぞいらっしゃいました。我々に出来る最大限の宴をご用意い致しました」
ウンディーネ族の隠れ里、光を放つ苔に岩壁が覆われた洞窟の中、長ではなく、人魚ですらない少女が上座に座って歓待を受け、余興の演奏が流れる中、長が恭しく頭を下げると共に自ら大皿を彼女の前に差し出した。
盛られているのは牛の頭に人によく似た少々弛みがちな上半身とエビの尻尾を持つ”シーミノタウロス”の丸焼き。
成人男性程の全長を持ち、これ一皿で大勢が宴に参加出来そうに見えるが皿の前には一人のみ、魚を頭から骨を噛み砕きながら食べる彼女は躊躇う様子すら見せず、尻尾までバリバリと食い尽くすと、手元のナイフで肉を大きく切り分けて口に運ぶ。
洗面器程の大きさのジョッキに注がれた酒で口の中の物を胃に流し込み自らの頭と同程度の大きさのパンにかぶりついて口の中に残った脂を取って行った。
「お口に合いましたかな?」
長の問い掛けに彼女は頷く事すらせず、美味いのか不味いのか黙々と食べ進む姿からは判別不能だが、豪快に食べ続けているのだから少なくても口に合わない事はないのだろう。
その褐色の肌を持つ腕は逞しく、アンリも引き締まった筋肉の持ち主だが、彼女はアンリよりも僅かに太くゴツゴツとした印象、腹筋等は見事に六つに割れて岩石のようであり、体重を超えた量を既に胃の中に収めているようなのに膨らむ兆しすら見せない。
唯一脂肪があるとすれば胸、殆ど露出している民族風の衣装を纏った双丘は凄まじい大きさだが、天然の顔料で模様を描いた顔は美しいが、それ以上に狂暴さを感じさせる戦士の物、不埒な視線を送る男性は限られていそうである。
「……馳走になった」
やがてシーミノタウロスが骨だけになり、食後のデザートとばかりに角を片方へし折って噛み砕いた後、彼女は漸く動きを止める。
頭の上のウサギの耳、食事中はピンッと立っていた耳だが、食事が終わった途端に右耳だけが折れ曲がったり伸びたりを繰り返しているのだが、無意識でやっているのか何か理由があってやっている様子は見れない。
「お口に合ったならば何よりです。さて、改めてモンスターに襲われていた同胞を助けて戴き、長としてお礼申し上げます」
「助けた覚え、無い。目に付いたの、倒した。お前達、宴に招待して来た。それだけ」
「おやおや、恩を着せようとしないとは、これはこれは……」
話に出て来た助けて貰ったという者らしき人魚が前に出て、長と共に頭を深々と下げるも礼を言われた本人は興味を示さず、助けた相手が言われるまで誰なのか忘れていた様子、そのまま無愛想に言い切る彼女だが、長は愛想笑いを浮かべたままお世辞を幾つか向ける。
それを止めたのは不愉快そうに顔を歪めた少女の舌打ちであり、続いて放たれた怒気に全員が竦み上がり、比較的若い人魚など水に潜って逃げ出す程だ。
「御託は不要。我に誰を倒させる? 下らない言葉、不愉快。我求めるの、闘争。戦って戦って強くなる。レナスも、マオ・ニュも必ず超える」
その言葉は決意というよりは既に決まった事を述べているだけに聞こえる。
彼女の中では”したい事”ではなく”当然の様にする事”なのだろう。
「そ、そうで御座いますか。これはご無礼を致した事を謝罪させて頂きます。……貴女様に助力を望むのはセイレーン族との闘争、”万が一失えば闘争だ”、その様にほざいて起きながら二つの部族共有の秘宝を売り払ってしまった者達への罰を与えて頂きたい」
「セイレーン族……強いか? 我が助けた奴、弱かった。弱者、興味無し。我が喰らうの強い者の肉。真の強者、弱肉食らわない」
「救っていただいたのは年端も行かぬ子供でしたから、その辺はご安心を。人数は我等よりも少々上、しかし数多くのモンスターを飼い慣らし、秘術も多く身に付けています」
「そうか、強いか」
長の謝罪の効果もあってか怒気は抑えられていたが、様子を見に戻って来た一度逃げ出すも者達はその行為を悔いる事となる。
元より気が強いというよりは狂暴という言葉が似合う顔を更に恐ろしい物へと変えた強敵相手の戦闘欲求を前に恐ろしさで次々と気を失う者が現れ始めたからだ。
先程逃げ出さなかった者ですら肉食獣の口の中に入り込んだ肉の気分を味わう事になる中、その様な人魚達の反応に一切の興味を示さず、元より路傍の石ころ程度にしか認識していなかたった彼女は空に向かって笑みを浮かべる。
気高さを秘めた美貌を台無しにする怪物の如き恐ろしき笑みだった。
「はは、はははは。待っていろ、ロノス、我が夫。お前を組み敷き、他の女の分まで種を搾り取る。お前、我だけの物だ」
彼女の名はシロノ、ギヌスの民ナミ族族長の娘であり、ロノスの許嫁である少女、そしてロノスを風呂で襲ってウサギに対するトラウマを植え付けた相手、リアスにさえも脳筋と呼ばれる人物である……。
「長、本当にあの様な者で大丈夫なのですか? 策を伝えようとした際、”知るか、突っ込むだけだ”、と言われてしまいまして……」
「あの者だけなら不安だが、我らには他の切り札がある。ネペンテス商会より莫大な値段で購入した化け物がな。あの女に場を混乱させてから放てば良いだろう。所詮は獣人、巻き添えになろうと構わん」