有り難迷惑
総合1600 ブクマ五百七十 突破!
「ギィィッ!!」
木の上から飛び降りて来たのは鋭い角を持った巨大なカブトムシ”ギガビートル”。
枝葉の中に姿を隠し僕に向かって来たのを真横から峰打ちで甲殻を砕きながら弾き飛ばす。
「斬らないのか?」
「斬ったら血や内臓を浴びるからね。特に虫とかグロいし」
今まで狩りで動物を捌いた事はあるけれど、どうも虫をバラすのは気持ち悪い。
いや、虫だって食べるんだけれど、虫系のモンスターの体液ってベタベタしているんだ。
あー、でも明烏が”鈍器にするな”ってお怒りだ。
夜鶴も”肉を切り裂き骨を断つ瞬間、途方もない快感を覚えるのです”とかピロートークで語っていたっけ……。
……うわぁ。
いや、刀を使う人じゃなく、斬るための存在である刀自身の感想だから悪いとは言わないけれど、それでもなぁ。
「斬るべき相手はちゃんと斬るさ。此奴の切れ味は凄まじいから斬った感触を感じないんだけれどさ。おっ、こうなってるのか」
倒したモンスターから赤い光が飛び出し、僕の腕輪に吸い込まれる。
ルクスの腕輪には入っていない所を見るからにポイントは分配じゃなく各自か……。
「次の獲物は君に譲ろうか?」
「いや、お前の世話にはならない。俺は俺で相手を見つけて倒す」
「あっ、そう。じゃあ頑張れば?」
ルクスは僕の提案に不愉快そうにしながら魔法で創り出した剣を構える。
”ソードクリエイト”、アース王国の王族に伝わる土属性の魔法であり、代々使い手から使い手に継承される。
彼は歴代の中でも特に秀でた使い手だって情報だけれども……。
「ブモォオオオオオッ!!」
「おや、メタルボアか」
「……来い」
うなり声と足音を立てながら鉛色の猪が突進して来る。
大きさは大型犬程、大人になったばかりって所かな?
僕の横をすり抜けて駆け出したルクスは正面から片刃の剣を振り下ろし、金属が混じった毛皮を切り裂いて鮮血が散る。
でも、致命傷には至っておらず、分厚く毛皮よりも頑丈な頭蓋骨は斬れず突進も止められない。
「あっ、跳ねられた」
「強いな。この森では敵無しか?」
跳ね飛ばされ宙に放り出されたルクスだけれど、無理に抵抗せずに自分から飛んだのかダメージはそんなに見られない。
……まあ、あのメタルボアは森に生息するモンスターの中では強い方だろうね。
僕とアンリは事前に危ないモンスターの駆除を行ったから分かっているけれど、生徒の大半はメタルボア一匹を倒せるかどうか。
宙を舞い着地しようとするルクスに向かって突撃して行くメタルボア。
額から血が流れているけれど歩みにもたつきは見られず、こっちもダメージは少ないのだろう。
平均的な力の生徒なら此処で終わり。
多分見張っているマナフ先生が助けるだろうけれど今回は其処までだ。
「”ソードレイン”!」
そしてルクスは平均よりも上の力の持ち主、こんな所で終わりはしない。
着地と同時に両手を地面に叩き付ければ無数の剣が飛び出して真上からメタルボアに向かって降り注いだ。
次々と毛皮や肉を貫いて剣が刺さる中、それでもメタルボアは止まらない。
口から血を流し転びそうになりながらもルクスに迫り、彼は再び剣を大上段に構えて振り下ろした。
金属同士がぶつかる音が響き、火花が散る。
ルクスが手にした剣は折れて刃が明後日の方へと飛んで行き、メタルボアは前のめりに倒れ込んだ。
「むっ。少し強くなったか」
「ふーん。じゃあ其奴は君にとって丁度良い相手だったって事か」
「ああ、此奴は強かった。それに勝てた俺は入学当初よりも……リアスに真正面から負けた時よりも強くなったのだろうな」
「否定はしないよ。実技の授業を見た所、あの頃の君じゃメタルボアには勝てなかっただろうからね」
まあ、ゲームでは中盤の最初頃に現れるモンスターだし、王子なら他にやる事が多いから強くなる為に使う時間が少ないのは仕方が無い。
だから強くなったって認めてはやるよ。
まあ! リアスは君が倒した奴の数倍の大きさのメタルボアを素手で圧倒したけれどね。
そして僕達も君と同じく成長を続けているよ。
メタルボアから出て来た光が腕輪に吸い込まれる様子を眺めている時の彼は何処か満足そうだ。
……甘いなあ。
学校の行事で向かう所程度、学園ダンジョンのモンスターと大差無い。
それで本当に満足なのかい?
……っと、危ない危ない。
神獣だの何だのの危険を知らないなら王族や地位の高い貴族が力をがむしゃらに求めるよりも他のことを優先すべきだし、それで良いんだ。
だからすべき事をやってそれ程力を求めていない相手と自分を比べていたら、それこそ油断と不要な満足だ。
「……まさかこんな所で学ぶなんてね」
嫌いな相手と組まされた時は最悪だって思ったけれど、敵の中でも強いであろう相手に勝ったり神様にパワーアップして貰ったせいで傲慢になっていたらしいね。
「じゃあ、先に進もうか」
「……待て」
周りにモンスターの姿は見られないし先に進もうとしたけれどルクスに呼び止められる。
不満そうだし僕に指示されるのが嫌って所かな?
おいおい、そうだったら勘弁してくれよ。
「えっと、何かな? 必要数が分からない以上は時間が惜しいんだけれどさ」
先生が明言しなかった隠しルールは活用したくないし、二人揃ってクリアする必要の可能性を考えればルクスにも多くのモンスターを狩って欲しいし、広範囲の探知に優れていない僕達じゃ運良く遭遇するか住処の特長を元に巣に向かう必要があるんだからさ。
相手が敵意を隠す気がないし、僕も不満を隠す気はない。
大勢の前なら受け流すんだけれど、覗き見をしている連中も居ないわけだしさ。
「アリアの事だ。……分かっているだろう?」
「いや、主語がなければ分からないよ。アリアさんがどうして、君が彼女を何故気にするのかもね。君、王子。彼女、貧しい下級貴族。敵意は向けていたみたいだけれど、それなら尚更だよ」
彼女が王族に血を引いている、それは知っているけれど、本来はその筈が無い情報だ。
ゲームでの知識があるか、それとも密偵を送っているか。
まあ、”手の者を送り込んでまーす”って馬鹿みたいに認めないし、僕は当然知らない振り。
怪訝そうな顔を向ければ困惑を浮かべられた。
「……知らなかったのか? 彼奴から聞いていると思ったのだが」
いや、その本人が王族との関わりを拒絶したって聞いていないの?
情報伝達…いや、この場合は親子の意志疎通か。
その難しさを僕が再認識する中、僕の言葉を信じたらしいルクスは腕組みをして悩み始める。
世の中には言わない方が良いって事も有るんだし、本人と父親が沈黙を良しとしたならば黙っておくべきだと僕は思うのだけれど、どうも彼は違う意見らしい。
それでも本人が話していないと知り、ルクスは妥協点にならない妥協点を選ぶ事にした。
「ならば理由は言わないが、彼奴のお前への想いには気が付いているのだろう?」
まあ、本人から面と向かって好きだと伝えられたしね。
所で君に好意を向けられて迷惑しているリアスの気持ちに気が付いて欲しい。
あっちも口にしているんだからさ。
「彼奴の想いに中途半端に応じて弄ぶのなら俺はお前を許さない」
……っと、大勢の前で王子が敵意を向けていると広めさせる行為をした男が口にしています、なんちゃって。
「君に言われる筋合いは無いと思うし、彼女を弄ぶ気だって無い。君こそ迂闊な行動はアリアさんの迷惑になるだけだ。ああ、それともう一つ……邪魔だから動くな」
地面を踏みしめ、ルクスに接近した僕は明烏を突き出す。
皮も肉も骨も貫いた感触と明烏の歓喜が伝わって来た。
「此奴は決闘の時の……いや、少し違うか」
背後から一切何も感じさせず忍び寄り、僕に貫かれて息絶えたモンスターを目にしてルクスは目を見開く。
人とトカゲを合わせた姿の神獣”リザードマン”。
少し前に襲って来た相手の仲間だ。
そして……。
「他にも居るね。四匹……三匹は任せて。一匹は譲ろう。じゃないと君は納得しないだろうしね」
……ああ、面倒だ。
最初に倒した奴からしてポイントは貰えないみたいだしさ。
応援舞ってます