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恋する少女は静かに……

 正直言って恋が此処まで幸せな物だとは夢にも思わなかった。


「アリアさん、先程言った事を意識して魔法を使って!」


「はい!」


 長い角を突きだして突進するユニコーンの嘶きと蹄の音は空気を震わす様に響き、まるで重装備の騎兵が突撃槍を手にして突っ込んで来たみたいな威圧感が有った。

 少し前までの私なら身を竦ませるか全てを諦めるかをして立ち尽くし、風穴を開けられるか踏み潰されて終わりだっただろう。


 でも、今は少しも怖くは無い。

 何故ならロノスさんが私を護って居てくれるから。

 だから私も臆せずに立ち向かえた。


「せいっ!」


 ユニコーンが突き出した角をロノスさんが手にした変わった形の剣、……確か東の島国特有の刀だったと思う、の切っ先で受け止め、そのまま突進の勢いを殺さずに受け流した。

 勢い余って走り去って行くユニコーンの後ろ姿も迫力が有るけれど、私が見ていたのはロノスさんの姿。

 闇属性の使い手は魔女だの悪魔憑きだのという伝承程度で実の祖父母にすら恐れられた私が、今だけはまるで騎士に護られるお姫様みたいだ。


 だから少しも不安じゃない。

 胸は別の理由でドキドキしているけれど……。


「今です!」


「ダークショット!」


 そしてこれは私の為に用意してくれた特訓で、私なら可能だと信頼してくれた物だから、私はそれに応えたい。

 だって母親以外で人に此処まで優しくして貰って、信頼して貰えたのは生まれて初めてだから。


 放ったのは魔法の出が一番早い初歩魔法、属性魔力を単純に飛ばすだけで似た魔法はどの属性にも存在する基礎中の基礎。


「ヒヒンッ!?」


 だけど闇属性は光を除く他の魔法よりも威力が高いらしく、今の私じゃ掠り傷が精々な筈のユニコーンに血を流させられた。

 でも、これじゃ駄目。

 ロノスさんに護られながらチマチマ攻撃しなくちゃ勝てない私にロノスさんに信頼して貰う価値は無い。


「シャドーランス!」


 だから更に上へ、もっと強くなる!

 私の影が足元から広がりユニコーンへと迫るけれど、足元まで到達する寸前にユニコーンは止まり、伸びた影の槍も表面が盛り上がった瞬間に飛び退かれては当てるのが難しい。


 これが私の……いえ、今の私の弱点。

 魔法のイメージが固まっていないのか、魔力の操作が拙いのか、初歩魔法以外は放つまでにタイムラグが有るから素早い相手には通じない。

 ゴーレムを相手にしてそれなりに戦えたのは大きいだけの亀だったから……。


 なら、どうするか?

 簡単だ、動きを止めれば良い。

 相手が動き回るなら、先ずは動きを制限するだけ。


「シャドーボール!」


 着地の寸前、どす黒い魔力の塊がユニコーンの純白の毛を血で赤く染め上げる。堪えきれず着地に失敗したユニコーンは横倒しになるけれど、怒り狂った嘶きと共に直ぐに起き上がって私に向かって角を突きだし、前脚で地面を掻いていた。


 でも、もう遅い。

 既に私の魔法は発動しているのだから。



 ユニコーンの周囲を黒い魔力の塊が無数に浮かんで囲み、それが歪んで形を変えて行く。

 イメージしたのは悪魔の腕、鋭利な爪先を持つ太くて長い腕だ。

 強引に突破する暇も与えず、爪先がユニコーンの肉に食い込んで動きを完全に止めた。


「ギャッ!?」


 身動ぎして拘束を解こうとするユニコーンだけれど、食い込んだ爪は外れず、逆に暴れる程に傷が深くなるばかり。

 口からも血が溢れ、純白の体も足元も血で真っ赤に染まった時、ユニコーンの瞳に見慣れた感情が浮かび上がる。

 ”恐怖”、私が何度も向けられ、ロノスさんやリアスさんは向けなかった感情だ。

 ああ、本当に優しくって素敵な人達で、叶うなら側に居続けたい。

 例え家を捨てても国を捨ててでも……。


「……”ダークバインド”だっけ? 思い切った見た目にしたね」


「はい! 力を見せるには見た目を派手にするのが分かりやすいですから。……あの、駄目ですか?」


「うーん、別に良いんじゃないかな? 変に誤魔化そうとしても広まってるイメージは覆せないし、貫くならとことんだよ。じゃあ、そろそろ終わりにしようか?」


 答えを予想して問い掛ければ当然の様に願った返答が向けられる。

 本当にこの人は罪作りだ。

 貧乏な子爵家の私じゃお嫁さんになんてなれないのに……。


「シャドーランス!」


 苛立ちをぶつける様にユニコーンの全身を貫いて仕留め、全身に力が漲るのを実感する。

 ああ、本当に残念だ。

 結婚式で純白のドレスを来た私の横に立つのはロノスさんが良いのに……。


「其れにしても随分と汚れてしまったな。アリアさん、屋敷のお風呂に入って行く? 未だ門限まで時間有るしさ」


 ユニコーンの突撃自体は確かに一撃も貰っていないけれど、あれだけの勢いだから土煙は浴びてしまっているし、言葉に甘えるのも悪くない。

 ……ちょっと悪戯を思いついた。


「じゃあ、お言葉に甘えますね。えっと、ロノスさんのお背中を流し……じょ、冗談です……」


 私の心を惑わせるロノスさんに少し仕返しを仕掛けるけれど、言葉の途中で恥ずかしくなった。

 少し前までの私だったらこの程度で恥ずかしいなんて思わない位に心が死んでいたのに、これも全部ロノスさんのせいだ。


 今のどう思っただろう?

 エッチな子?

 それとも下品?

 ちょっと早まったかもと不安になってロノスさんの顔を伺う。


「……あれ?」


 何故かロノスさんは顔色を真っ青にしていて……怯えている?

 私の力を見ても怯えなかったロノスさんが、一緒にお風呂に入ろうって感じの事を匂わしただけで?


「……ごめんね。二年前にお風呂で襲われてさ。貞操は何とか守ったけれど、未だにトラウマになっていて」


「ご、ごめんなさい! 私、ほんの冗談で……。あの、流石に恥ずかしいので今の冗談は聞かなかった事になりませんか?」


「良いよ。でも僕もビックリしたな。アリアさんって意外とお茶目なんだって思ったよ」


 ホッと一安心、どうやらロノスさんに嫌われたりはしていないらしい。

 逆に面白いと思われているのなら嬉しいけれど、少し不愉快な事が……。


 ロノスさんを襲ったって人のせいで私の言葉に怯えられた、それは相手が誰でも許せない。


「それにしても酷い人ですね。もし機会が有れば私がお仕置きしてあげますよ」


「あはははは。ちょっと厳しい相手かな? 既にお仕置きはされているから勘弁してあげて」


 ロノスさんは笑っているし、こっちも冗談だと思われたみたいだけれど、私は冗談で言っていない。

 ……口実さえ作る事が出来たならそれなりの報いを与えてよう。



「所でロノスさんは……いえ、何でもないです」


「そう?」


 怪訝そうにするロノスさんだけれど、とても本当の事は口に出来ない。

 本当に私と一緒にお風呂に入りたいか、そんなのとても口に出せないから……。



「ちょっと惜しかったかな? ……多分無理だったし、ロノスさんはそんな人じゃないけれど……」


 訓練後、ポチと遊ぶ為に裏庭に残ったロノスさんと別れた私は屋敷のお風呂を借りていた。

 少し濁った色の変わったお湯で、魔法を使った人工温泉だと聞いているけれど、温泉なんて初めて入るから良く分からない。

 美肌効果や疲労回復に効くらしいけれど、私は他の事に強い印象を与えられていた。

 この屋敷ではお風呂は家人用と客用と使用人用に分かれている上に、この客人用に入った私は大勢の人にお世話された。

 ……本当は私なんかに関わりたくないだろうに嫌な顔を全く見せず、私の実家では一人使用人がお世話をしてくれる程度な上に嫌がっているのを隠そうともしていなかったから大違いだ。


 色々な事が初めてで、湯当たりした時みたいに胸がドキドキするけれど、これは別の理由。


 ……もし私が恥ずかしがらずに背中を流すかどうか訊けて、ロノスさんが受け入れていた場合、どうなっていたんだろう?



 私が背中を流して終わり?


 それとも一緒にお湯に浸かる?


 もしかしたらロノスさんに押し倒されて、そうなったら私が抵抗しても無駄で……。


「そんな酷い事をする人じゃないし、未だそんなのを望んでないのに何を馬鹿な……」


 あの人がそんな選択肢を選ばないと分かっていても思ってしまう。

 ちょっとだけ選んだ時の事を妄想して、恥ずかしくなった私が口の辺りまでお湯に浸かってブクブクと泡を出していた時の事だ。


 誰か入ろうとしているらしい会話が聞こえて来たのは……。






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