閑話 頑張れトアラス By一同
短編楽しくって少し遅れました まさか四話も掛かるとは
食に関する文化や好みは様々であり、本来は優劣を付けるべきではない。とある地域の住民にはゲテモノとして扱われ食べるという事を嫌悪する程の物であっても別の地域では普通に屋台で売られている身近な料理として扱われている。
好みだってドレッシングの類が一切駄目な者だっているが、外食に行けば多くの店でサラダにはドレッシングが添えられている。こんな風にそれこそ毒性が有るが特定の部位を取り除く事で回避したり無効や軽減する事が不可能でもない限りは大抵の物は何処かでは食べられている。
但し、毒も存在しないにも関わらず世界中で食べ物とは認識されず、する事は食事という行為への侮辱とされる物も存在するのだが、これは本当に例外だ。寧ろ食べてしまうという割と最大最悪最低最高の愚行を選んでしまった者達は口を揃えてこう言うだろう。”あんな物が他にあってたまるか!”と、普段は上品ぶっている者でさえも鼻息荒く叫ぶ。だが、例外は人物にも当てはまり……。
「さーて。早速食べやすい大きさに切るとして、ぶつ切りで良いわよね? 味は変わらないし」
その食材とはとても言えない物こそがリアスの好物であるウツボダコ。毒々しい見た目だが身体が食べるのを拒絶するような毒物は無く、アンモニアを大量に含むことで発生する尿臭さも存在しない。
ただただ不味いのだ。もう”不味い”と言い表すのが味という概念に失礼なレベルであり、試しに食べた者の心にトラウマを刻み込む程に強烈。そんな物を大好物とする彼女は触手の一つであるウツボの頭を無造作に掴むと手首の力だけで巨体を天高く投げ飛ばした。
「”シャイン・スラッシュ”!」
二百キロは軽く超える小屋程の大きさを半透明の光の幕が包んで宙に浮かせる。内部で無数の光の筋が走り、次の瞬間にはウツボダコは一口大にバラバラになった。噴き出した血は膜の下に溜まり、細切れになった肉片は中央に浮いたままだ。
「……あっ、この後どうしよう? 魔法を解除したら他の食材にまで血が付いちゃうわよね?」
どうやら後先考えない行動だったらしい。何時もの事、これがリアスの平常運転である。膜の底に貯まった血を見上げながら後ろ頭を掻きながら呟く中、リアスの背後から呆れ声が聞こえた。
「リアス様ったら相変わらずねえ。もう少し考えて行動しなさいよう」
「トアラス。おっ久~」
「ええ、最近校外学習やら家の用事で出ていたからねん」
背後から忍び寄って来た相手だが誰か分かっていたのか警戒する様子を見せずに振り向いたリアスはその勢いを殺さずに前方に向かって平手を振り、トアラスも同じく平手を向けて叩き合わせた。
「それでこれってどうすべきだと思う?」
「……吹き飛ばすとか? 私の魔法じゃ……ほら、こんな感じだから液体には効果薄いのよね」
トアラスが服の襟を捲ると見えたのは体に巻き付いた鎖。意志を持つかのように彼の身体を優しく締めて動いていた。
「確かにトアラスじゃお漏らししちゃうかぁ……」
「ちょっとっ!? 私がオシッコ我慢出来ないみたいに言わないでよんっ!? それにクヴァイル家のご令嬢がお漏らしとか言わないの」
「はいはい、今度からは気を付けるわよ。よっしゃ。ぶっ飛ばすか」
「だから……はぁ」
その溜め息は呆れなのか諦めなのか分からないが、兎に角彼の顔からは苦労が滲み出しており、飄々として本心を掴ませない謎めいた感じの彼はこの場に居ない。
そんな事など気にも止めず、リアスは右腕を越しだめに構えると真上のウツボダコを視界に納めながらニカッと笑う。これから使う魔法を彼は知らないが、何をする気なのかは少しの動作で察した彼は慌てて飛び退こうとし、間に合わなかった。
「”ゴッドハンド・デストロイヤー”!」
強烈な踏み込みと同時に真上に突き出されたアッパーは衝撃と拳圧によって周囲の砂を舞い上げる。トアラスは砂を真正面からもろに被り、リアスの拳から巨大な光の拳が放たれた。
猛烈な勢いで加速しながら進む姿は正に神の拳の如し。空気を切り裂いて進みながら瞬時にウツボダコを包む光の膜に到達すると勢いを一切殺がれず突き進み、更に上空まで達成した所で弾ける。ウツボダコは血の一滴、肉片一つ残さずにこの世から消滅した。
「……」
「あっ、やっちゃった」
それを眺めて残念そうにリアスが呟く中、トアラスは服の内側から小さい箒のような物を取り出し先にリアスが被った砂を払い、続いて自分の砂を払いのける。この間、一切迷う様子は無く無言のまま。
だが、改めてウツボダコの完全消滅を確かめた後、彼の両腕は頭の上まで掲げられる。
「しゃぁあらぁああああああっ! いえーいえー! はっはっはっ! ……こほん。ちょっと取り乱しちゃったわね」
「アンタが叫ぶとか驚きね。何か良い事でも有ったのを思い出した?」
「ええ、地獄を回避出来たのよ、リアス様。さてさて、残った食材でお昼ご飯を食べて……あらん? こんな所で珍しいわねん」
異様なテンションに達した彼は瞬時で普段の態度に戻り残った高級食材を眺めるが、聞こえて来た鳴き声に表情が一変した。声は飄々としたまま目は鋭い物となる。彼が睨む先には天空より急降下して来るポイズンドラゴンの姿。
……その背中に乗るフードの男の姿にも彼は気付き瞬時に魔力を練り上げるも、腕をリアスに掴まれた事で静めさせた。
「あら? 私が動かなくても良いのかしらん? 言っておくけれど立場からして大丈夫だろうとリアス様を向かわせられないわよ? ルルネード家としても監督補佐としても」
「氷の壁って事は変異属性の持ち主から考えてお兄様の友達かお見合い相手でしょ? そしてお兄様が止めたみたいだしこっちを優先させましょ。ほら、もう動いているのが居るし」
リアスが指差した先にはログハウスから飛び出したチェルシーの後ろ姿と、彼女の周囲に発生した小規模な竜巻の中を舞う岩の姿があった。
「まあ、彼女なら大丈夫ね。じゃあ動いてお腹を減らして来るだろうから用意を進めましょうかしら」
「じゃあ、私は追加のウツボダコを……」
「マジでやめてっ!?」
「うわっ!? わ、分かったわよ。理由は聞かないでおくわ」
此処で止めなければ犠牲者が出るとあってトアラスは必死の形相で今にも海に飛び込もうと屈伸していたリアスを止めに掛かる。普段の彼からは想像出来ない様子にリアスも圧倒されたのか若干引き気味に承諾するが、彼からすればウツボダコが好物という彼女の舌にどん引きだ。
まさか”お前って頭も舌も馬鹿だから!”などと彼女の舌についているトアラスが言える筈もなく、何とか止まった事にホッと一息。
「って、小島に向かって言ってる子が居るわねん」
「うっわ。海面を走ってるじゃない。あれって難しいのに。私だって偶に失敗するのよ?」
基本的には可能な時点でどん引きだ、そんな風に言いたいトアラスであった……。
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