ムッツリ
「無礼を承知で尋ねるが、君の妹は舌に呪いでも掛かっているのか? ……いや、言いにくいなら言わずに済まそう。大変だな……」
あの拷問を好物と語る等有り得て良い筈が無い。だから呪いの類だと断言するが、ならば誰が何の目的で聖女を呪った? 呪いの内容もそうだが、これは複数の国に影響を及ぼす大事件の気配がする。迂闊に行動すべきではないと悟った僕はそれ以上の問い掛けを取り止めるが警戒は緩めない。何者かの魔の手が愛する祖国に伸びる事が恐ろしかったからだ。
意味不明な内容の呪いに目的の識別は困難で、同時にクヴァイル家でもどうにもなっていない規模の呪いを扱うなど常人の域を遙かに越えている。
「いや、呪いとかじゃなくて、あの子は本気でウツボダコを美味しいって言っているんだ。だから美味しい物を皆で食べるって状況を楽しみにしてて、そんな姿を見ていたら”この世の物とは思えない味だから食べたくない”とか言えないし……どうしよう?」
「……済まない。僕に出来る事は無いな」
うん、そうか。本当に美味しいと思っているのか。驚きしかないが、これ以上は巻き込まれたくないから話題を変えよう。”アンリも食べにおいでよ”とか言われたら絶交も辞さない可能性がある。
「あっ、釣れた」
今度はウツボダコじゃなくて少々小ぶりだけれど、モンスターですらない普通の魚。ホッと一安心、話題を変える切っ掛けになるな。
「そう言えば誰も彼も水着を着ていたな。臨海学校だから仕方無いが、チラリとみた見ただけでも女子生徒の尻や胸をジロジロ見る不埒者が多かった」
「水着って露出度が高いからね。普段は制服で隠れている部分が見えているから気になるんだよ。まあ、好みによっては露出度が低い水着を好む奴も居るけれどさ」
「好みか。……選べるのは羨ましいな」
僕が持って来たのは全身が隠れるタイプの可愛さの欠片も見当たらないタイプ。今は蒸れにくいシャツとハーフパンツだが、後で浅い所を軽く泳いで金鎚疑惑を払拭するだけだ。
「まあ、君に可愛いのを見て貰えたから良しとしようか」
海でなく風呂場で、遊びではなく泳ぎの練習だったが心許せる相手に見せられたのだから文句を言っては贅沢だと自らを戒める。少々大胆な行動の気もしたが親友相手だから構わないだろうさ。……今夜辺り背中でも流してやろうか。実は可愛い方の水着も幾つか種類を持って来てはいるし、夜の海で泳いで万が一目撃されては困ると思って死蔵になる所だったが風呂場でなら……。
我ながら大胆だが、それ程までに僕はロノスを親友だと思っている。多少は気になるだろうが、変な事にはならないという信頼だ。
「ああ、好みと言えばロノスは女の水着姿はどんなのが好みなのだ? 今度それに……じゃなく、話題になったからな。猥談をしよう、猥談を」
「アンリって結構ムッツリだよね。前から気が付いていたけれど、冷静さを失えば簡単にそっちに話が流れるんだから。……敢えて言うなら露出度の高い水着の上に薄いシャツを着て、濡れて張り付いたシャツが透けてるって奴」
「君も結構な方だな。じゃあ、次は僕だが……女の口から言わせる事じゃないし黙秘させて貰うよ」
「わあ、ズルい!?」
「駆け引き上手なだけさ。それに……タマ」
「ピッ!」
遠くから此方に向かって来る馬車の様な乗り物。ドラゴンであるタマの視力なら乗っている相手の姿をハッキリと捉えられ、それが誰か教えてくれた。
「ほら、君の客だ。迂闊に話を聞かれては厄介なのが近付いて来ているよ。僕はログハウスに戻るけれど、君は相手をしてあげるんだな」
口実には十分だとログハウスに足早に入ろうとするが、ふと思い直してドアを開けた所で止まる。……うん、親友として良くない行為だった。
「……実はちょっとだけ緊縛に興味がある」
僕だけ性癖を暴露しないのもアレだしな。まあ、今晩は労ってやるか。……背中を流す時に言っていた格好をするとか? いや、流石に友情の範疇を越えている気も。
……状況次第だな。臨機応変に決めよう。
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