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拷問貴族

 一口に貴族と言ってもその役割は多岐に渡る。自分の特産品の生産を補助したりするなどして税を集めるのも居れば国境近くで警戒に当たるのも居るし、外交関連の役職に就いている一族だって存在する。


 そんな中、ルルネード家が担うのは罪人の収監や尋問。聖王国最大の刑務所を管理し、時にスパイから情報を引き出す。表向きは話術を中心とした取引で、当然必要とあらば拷問さえも行う。何代にも渡って拷問の技術や道具の研究は続けられ、どれだけの非人道的で恐ろしい行為が行われて居るのかが尾鰭背鰭付きで何時しか国の内外に広まった。


 ……いや、広めたのだろうし、実際は尾鰭背鰭が付く所か控え目に話されている可能性すら有るんだけれど。


「ど、どうして拷問貴族が臨海学校にっ!? お前は二年生じゃないかっ!」


「そうなのよう。折角の夏休みだし避暑地の別荘にでも行こうって話だったのに、強いからって監に選ばれちゃって。……って、その様子じゃ事前説明ちゃんと聞いて無かったのね。何か起きた時に先生方の補佐をすべく二人程監督補佐って立場で上級生が参加するって聞いていない?」


 結果、付いた異名が”拷問貴族”。彼はそのルルネード家の次期当主であるトアラス・ルルネード。物腰柔らかで飄々としたお兄さんだけれども幼い頃から拷問技術を叩き込まれた専門家。ついでに言うならクヴァイル家傘下の家の中では聖女であるリアスを支援している。


 戸惑っているし、浮かれて聞いてなかったな。先生は遠くにいて、今がチャンスだとでも思ったのか。


「お、おい! 貴様は聖王国の貴族だろう! そんな奴に平等な立場を期待出来ないぞ!」


「あら、それは困ったわね。でも、貴方の仲間は大人しく従うみたいよ?」


 でも、その浅はかさを彼等は代償を持って知る事になる。残った二人の内、片方は手を挙げて降伏のポーズ。まあ、リアス関連の発言した奴だから僕は顔を忘れないが、これで残ったのは魔法で攻撃……攻撃? を仕掛けて来た一人。取り残され引っ込むに引っ込めない状況の中、こんな事態を引き起こす馬鹿が反省を示すかというと、当然しない。



「お、お前如きに監督が務まるのか試してやる! 殿下のお供で向かったモンスター退治で飛躍的に強くなった俺の力を思い知れ!」


 彼が選んだのは最も愚かな選択、トアラスへの反抗。此処で彼を倒せば有耶無耶になると思いでもしたのか魔力を練るけれど正直遅い。練り上げた魔力を魔法として放つその前に砂浜から飛び出した何本もの鎖が彼の体を雁字搦めにして引き倒す。口さえも完全に塞いで鼻で息をさせている状態だ。


「んー! んー!」


「えっとぉ、確か”アーサー・クラディアス”だったわね。貴方、決闘を申し込むよりも前に相手に魔法を放ったでしょう? アレって普通に犯罪なのよねぇ。……ちょっと失礼」


 トアラスは砂浜に倒れ込んだ状態でもがくアーサーの頭に手を置き、髪の毛の中に指先を突っ込む。


「んっ!?」


「ほら、見ぃつけた。まったく、何処で悪さして来たのかしら? 一緒に出掛けた子達全員を調べないといけないわねん」


 ブチって感じに指先だけで引き抜かれるそれなりの量の髪の毛。一円玉サイズの範囲のハゲが出来て、その髪の中に小さなキノコが混じっていた。


「あっ! それって……」


「あら、知ってるのね。そう、”テンションマッシュ”よ。少しお馬鹿さんになっちゃう上に高揚感とか全能感を得ちゃうアレよ」


 見た目は彼の髪と同じ茶色で、カサから伸びた菌糸が髪の毛に絡みついている。あれって確か……。



「まあ! それって珍味として有名な高級食材ですわよね」


「ええ、そうね。自生はしてなくて、ドライアドちゃんとかの一部の精霊が悪戯や罰として住処を荒らした生き物に生やすのだけれど、わざと追い込んだ動物に生やすのは滅多に無い。凄く美容に良いから私も大金を出して買い求めているわ」


 そう、テンションマッシュは寄生した相手に無謀で馬鹿な行動を取らせるからって危険視されているけれど、同時に途轍もない美容効果を持つ珍味だ。実際、徹夜続きで肌の手入れをする暇も無くてガサガサ肌になっていた彼が一つ食べて一晩眠った翌朝、スベスベ肌になったのを覚えている。


 だからネーシャが身を乗り出して目を輝かせるのも無理はないけれど、これは自分が使うんじゃなくって商人として血が騒ぐって奴か。だって貴族でさえ簡単には手に入らないから値段だって凄い。


 ただ、今目の前にあるのは何処に生えてたかというと……。


「……ですけれど、人体に寄生したのは流石に買い手が付きそうにありませんわね」


「ネーシャ、商人の思考になってる。今の君は皇女、今の君は皇女」


「……コホン。今のは忘れて下さいませ」


「そうよねえ。流石に私も人間の栄養を吸って育ったキノコを食べたくはないわ。それにしても精霊にこんな物を生やされるだなんて、一体何を誰としたのかしら?」


 身を乗り出してテンションマッシュを見詰めるネーシャだけれど、即座に我に返ってくれて良かったよ。トアラスだって食べるのを躊躇った様子でアーサーを見下ろし、ちょっとだけ悩むとテンションマッシュをポケットに入れて拘束中の彼を担ぎ上げた。


「んー!?」


「ほらほら、暴れないの。テンションマッシュで変になってたんだから罪は軽いわ。今から他に寄生されている子が居ないか話を聞くだけよん。そっちの貴方……えっと、”フィン・ルクレティア”だったわね? さっき逃げた”アルジュナ・ノイルゼム”と一緒に来て頂戴な。検査と聞き取りをしたいから。ほら、一緒に寄生された子がやらかす前に止められたら恩を売れたって事よ?」


「は、はい!」


 これから何をされるのか怖いのかアーサーは暴れ、フィンは顔を青ざめるけれどトアラスの言葉と笑顔で大人しくなる。見た目は奇抜で一族の異名が拷問貴族って物騒な物だけれど、それとは裏腹に物腰柔らかな姿が意外性もあってか安心感を与えているらしかった。


「……おっと、皇女様に挨拶も無しってのは無礼よね。お初にお目に掛かるわん。私はトアラス・ルルネード。二年生よ」


「これはご丁寧に。私はネーシャ・アマーラですわ。以後、お見知り置きを」


「彼は僕とリアスとは幼なじみでね、リアスのお目付役でもあるんだ」


「まあ、学園じゃ殆ど会わないから名目上だけれどね。アッハッハー。所でリアス様ちゃんは何処に行ったのかしらねん? 先に到着した時には海辺で大はしゃぎだったのだけれど……」


 差し出された手を握るトアラス。ネーシャとは互いに初印象は良好って感じだ。そう見えるだけで腹の中じゃさぐり合いをしているんだろうなぁ。ニコニコと笑みを浮かべてはいるけれど、内外の敵を締め上げて情報を吐かせる役目を担ってきた一族と大商人の娘として育った腹黒、笑顔の握手なのに背後に黒いオーラを感じるよ。


「こ、皇女……」


 おっと、今更になってネーシャが誰なのか知ったフィンとアーサーは顔を青ざめて震えている。特にテンションマッシュの効果が切れたアーサーは血の気が完全に引いちゃっているし、貴族の教育を受けていないのかって感じの馬鹿な行動のツケについて不安なんだろう。しかも自分が寄生されてたから一緒に行動した格上の相手達も調べられるだろうし、不興を買うのが凄く不安だろうな。



「確かに何処に行っちゃったんだろう? 遠泳でもしているのかな? 桃幻郷(隣の大陸の国)まで行こうとしているとか」


「いや、それは流石に無いんじゃないかしら? リアス様ちゃんでも……多分無いわ。きっと、恐らく」


「あの、その反応だとリアス様ならばやらかす可能性があると考えているみたいですわよ? ちょっと遠くまで散歩にでも行っているのでは? おほほほほ。面白い方々」


 笑ってはいるけれど、多分内心では”何言ってるんだ? 面白くない”って思っているんだろうなあ。僕だって君の立場ならそう思うんだろうけれどさ、リアスは凄く行動力があって思い切りが良い子なんだ。



「……あら? 何かが海から飛び出して来ましたわ。あれは……モンスター! こっちに来ますわ!」


 どう説明しようか迷った時、沖の方で突如巨大な水柱が上がって巨大なモンスターが此方に向かって飛んで来た。




「アレは……不味い」


「キュィィ……」



 そのモンスターを認識した瞬間、僕の口からそんな言葉が漏れていた……。

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