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皇女と空の旅

 さて、本日はいよいよ臨海学校当日。忙しい学生達は使用人達と共に朝早くから現地で準備を整え、余裕がある生徒は集合時間に間に合うようにゆっくりと向かう。”生徒同士は平等であり、互いに尊重する”って校訓は設立時から存在するけれど、設立時から何だかんだで形骸化してるんだよね。


 まあ、生徒自体は平等だったとしても生徒の家同士は平等でないって事で……うん。


「あっ、もう終わった人達も居るんだ。随分と手際が良いんだな」


 今回の臨海学校だけれど、ルールとしては①臨海学校中は使用人連れ込めない ②武器の持ち込み可(要するに戦闘の危険があるって事) ③ペットの連れ込み可。但し世話は自らであり、行動に責任を持つ。


 そう! 今回の合宿ではペットを! つまりはポチを連れて行けるんだ!


「いやぁ、最高だなぁ! ……こほん」


 手早く自分の主と自分の主が所属させて貰っている(・・・・・・・・)貴族の分の下準備を終えた使用人が操る馬車が急いで去って行く。薪や食料集めとかの最低限の準備を終わらせたのは良いけれど、原則として連れ込めない使用人が居たら体面が悪い。相手も理解している事であっても一応はね。学校側も合宿が始まる前だからと家の事情を汲んでの黙認だ。学校が終わっても家の格によっては付き合いは続くからね。……続いて欲しい側は大変だ。


「キューイ?」


「僕は準備をしなくて構わないのかって? 大丈夫大丈夫大丈夫。キャンプみたいな物だし、サバイバル訓練は受けている。住環境が用意されているんだから過程を楽しむさ」


 ポチの背に乗り臨海学校に向かう道中も心が躍る。ポチと一緒にお泊まりだなんて本当に嬉しいんだけれど、思わず気が緩んでしまったのを慌てて直した。


「キュイ……」


「駄目だよ、ポチ。今はネーシャだって乗っているんだからさ」


 そう、この空の旅は僕一人じゃない。僕の腰に手を回し、背中に密着するようにして身を預ける彼女との、ネーシャとの二人での飛行だ。


 彼女が僕にしたお願い、それは編入早々に参加する事になった臨海学校において世話になる事が多いとは思うが宜しくお願いしたい、そんな当然と言えば当然の内容だった。


「ええ、私もこの合宿は身の回りの事をなるべく自分で行うとは知っていますの。ですがこの足が問題でして、顔見知りかつ縁が出来たロノス様とリアス様を頼らざるを得ませんで。……あの、駄目でしょうか?」


 さて、此処でおさらいだ。右足が不自由で杖が手放せない彼女と僕の関係は? 答えはお見合い相手の一人であり、養子に迎えた事になっている実の母親の皇帝陛下からのごり押しが透けて見える。


「構わないさ。初対面って訳じゃないし、お見合い相手だとしても婚約はしていない男女だから制限は在るんだけれど、その範囲内なら君の力になるよ」


「うふふ。ロノス様ったらお優しい。ますます心を奪われてしまいますわ」


 ……断れるかっ! ただでさえ足が悪い知人って事で気になるのに、こうやってお願いに来られて堂々と断るとか無理に決まっている。それを分かっていて白々しくお願いして来るんだからなあ。


「では、何かとお世話になりますが宜しくお願い致しますわ」


 僕が読んでいる事なんて読んでいる癖に何も知らないみたいに恭しく頭を下げるネーシャ。あー、何か短時間で疲れたよ。今から臨海学校へ向かうってのにさ。


「ネーシャは準備の方は大丈夫かい? もう荷物は送ってるの?」


「ええ、勿論。ですので後は私の体を運ぶだけ。そうですわ! ロノス様、私の馬車で向かいませんこと? せめてものお礼に色々ともてなしますわ」


「いや、遠慮するよ。僕はポチに乗って行くから……あっ」


 これはちょっと不味いかな? 向こうからのお誘いを蹴って後は現地で会おうってのも愛想が無い。でも、ポチ一匹で来させるのは問題だし、かと言って使用人の誰かに乗って行かせても帰りの足が必要だ。リアスは既に出発しているから……。



「ネーシャ、君も乗って行くかい?」


「……え、ええ! 少し興味が御座いましたの。是非お願い致しますわ」


 まあ、これが落とし所であり、彼女が僕と一緒に現地に向かっている理由だ。不慣れな彼女に何かあっては駄目だとポチには安全飛行をお願いし、背中越しにネーシャを気に掛ける。


「……」


 うん、背中を気にするって事は当てられた胸に意識を向けるって事だ。そこそこの大きさだし柔らかい……じゃなく、バランスを崩した様子は無いな。



「ロノス様、お望みなら多少危険な飛び方でも構いませんわ。私、確かに足は不自由でも体幹は鍛えていますし、何よりもロノス様がお好きな事を体験したいと思っていますの」


「言葉は嬉しいけれどポチの飛行は本当に激しいからさ。僕が全力で守るんだけれど、万が一でも怪我を負って欲しくないんだ」


 何せ相手は皇女、しかも誰か一人選ぶ義務がある数人の中で選ばせたいであろう子だ。アリアさんは初飛行で危険な飛び方をしていたけれど、あの時の彼女は僕にとって”眼鏡に絡まれて可愛い妹に助けられた女の子”で”将来強くならないと困る相手”でしかなかった。今じゃ友達だし、多少の飛行には耐えられるから平気だけれど、ネーシャに無理はさせられない。


「あらあら、うふふ。私ったらロノス様に心配されて守って頂いていますのね。ならばお言葉に甘えて守られましょう。でも我慢の限界が来たら言って下さいませ。それに傷物になったらロノス様に責任を持って娶って頂けば良いだけですし」


 それって当たり屋みたいだなあ。自分から危険に飛び込んで怪我をすれば責任取れとかって。此処は”リアスが高度な回復魔法を使えるから傷跡は残らないよ”とか言うべき?


 いや、それだと”君とは結婚しない”っていってるみたいなもんか。うわぁ、難しい。この子、色々な意味で扱いが難しいや。


「……うーん、君をお嫁さんにするのは良いとして、そんな理由は嫌だな。ちゃんと候補全員に会い、その中で君が一番素敵で一緒になりたいって思ったからって理由が良いよ」


「まあ、お上手。……商人の娘のままなら少々はしたない真似をしてでも寵愛を受けようとしたでしょうね。……今だけでも戻りましょうか?」


「身分ってのは簡単に捨てられないさ。ほら、見えて来たよ」


 漂って来るのは潮の香りで、聞こえるのは波の押し寄せる音。名目上はサバイバル訓練の為の臨海学校で、実際はログハウス付き、事前に必要な物の収集可能、各種必要物品の配布有り、そんなサバイバルと呼ぶには生温い子供のキャンプ教室みたいな内容だ。


 つまりは殆どの生徒がそのレベルって事だね。いや、戦場に出もしなければサバイバル技術とか必要無いのが貴族なのだろうけれど。……例外はあるけれど。



「あら? そう言えばロノス様ったらサバイバル経験がお有りでして? 道中の会話でその様な事が少し出ましたが」


 だからネーシャも意外そうに質問して来る。まあ、クヴァイル家は大貴族だし、無縁だと考えるのが普通か。もしくはサバイバルごっこをサバイバル経験だと思う程度だろう。


「まあ、幼い頃に始めて今はちょっとだけね」


 初級としてナイフと寝袋と水だけ渡され、危なくならないと手助けも無しの状態で森の奥に放置。中級として山の中でナイフと初日の水だけ、魔法使用禁止。上級としてモンスター寄せの匂い袋を身に付け他の荷物は持たず、場所は……今は悪夢は忘れようか。



「まあ! ロノス様は頼りになりますわね。是非この機会にご教授願いたいですわ。勿論ご迷惑で無い範囲でですけれど」


「……うん、まあ手伝える事なら」


 多分サバイバルをキャンプ程度に考えているんだろうなって楽しそうな声を聞きつつ降下を始めた時だ。



「来るっ!」


 地表から僕達に向かって魔法が放たれた。

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