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借り二つ

 あくまでも焦って来た風に見せないかつ遅れずに応接室に向かう為、僕は加速魔法使って高速で歩く。防音仕様の壁と扉の部屋だけれど一応足音は殺し、扉の前にたどり着くなりノックをすれば聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「はい、どうぞお入り下さいませ」



 予め対応したメイドに相手が誰か聞いておいて良かった。心の準備をして迎えた扉の先には待たせただろうに欠片も不満さを見せずに笑顔を向ける水色の髪の少女の姿。


「やあ、久し振りだね」


 ゲームでは僕の婚約者だったネーシャ・ヴァティ……いや、今はヴァティ商会の令嬢じゃなくアマーラ帝国の皇女であり、僕の見合い相手の一人であるネーシャ・アマーラか。右足が悪く杖が手放せない体なのにも関わらず座ってではなく扉の前で僕が来るのを待っていた彼女を前にすると相変わらず何故か心がざわついた。


「待っただろう? ごめんね。ほら、一旦座ろうか」


 気が付けば自然と彼女の手を取ってソファーまでエスコートしていた。その時に気が付いたんだけれど、どうやらお供の人が風の魔法で彼女を支えていたらしい。成る程、それで僕を立って待っていられたんだ。……それでも大変なのには変わりないのに健気な子だよ。


 ……とまあ、此処まで思わせるのが彼女の演出の目的なんだろうけれど。侮ってはいけない。彼女はこと腹のさぐり合いと世渡りの腕前では同じ年頃の子達なんて比べ物にならない。生来の頭の回転と野心、それに努力によるもので、下手をすれば振り回されそうだ。


「待たせただなんてとんでもありませんわ。そもそも私が帝国での流儀と聖王国での流儀を混同していたのが原因。朝食の時間帯にお邪魔するだなんて軽蔑されても仕方のない事ですもの。……私の事がお嫌いになりまして?」


 そう言いながら不安そうに僕の顔を見上げる彼女に心を少し動かされそうになる。どうも僕はネーシャが苦手だ。ゲームと混同しているんじゃないのかな? それか何度か見た知らない記憶の内容で彼女と恋をしていたから。


 ……あ~、帝国じゃ食事時にお邪魔して食卓を共に囲むってのが普通だっけ? 隣接してる国でもマナーが全然違うんだから大変だよ。外交官とかにはなりたくないね。


「いや、大丈夫。こっちも不手際で待たせたし、お互い様って事で互いに許そうか」


 確かにネーシャは世渡り上手だけれど、僕だってその辺は学んで生きてきた。だから演技とかは見抜いているし、彼女も見抜かれたのを見抜いた上で接して来ている。今、僕に嫌わたって心配そうにしていたのは本心だ。それがどうも調子を狂わせる。僕を利用したいんだから当然なのにさ。


「……それで何の用だい? こっち側の不手際のせいで目的を聞いていなくってさ。君とのお見合いは先の話だし、他の候補との兼ね合い上大丈夫かい? 皇女同士でのいざこざとかさ」


 そう、ネーシャも僕のお見合い相手の一人。つまりは僕が数人の中から結婚相手に一人選ぶべき候補なんだ。うーん、何の因果かゲーム通りに進もうとしていない? いや、僕が選ぶ事になってるけれど……でも、結局お祖父様が何か言えばその通りになるし……。


 ……ちょっと深刻に考えすぎかな? ゲームの展開を気にする余りにちょっと細かい共通点を見付けては悩んでさ。


「その辺なら大丈夫ですわ。ほら、私はロノス様達と同年代ですし、今後は皇女として生きますので貴族の教育が必要でしょう? 関係の構築も兼ねてアザエル学園に通う事になりましたし、こうやって顔見知りに挨拶するのは当然ですから」


「へぇ、そうなんだ。問題が起きなくて安心したよ」


「ええ、聞き分けの良い方々で助かりましたわ。流石は皇帝陛下に選ばれた方々ですわ」


 嘘吐きめ。僕と、いや、クヴァイル家との婚約が掛かった中で唯一同じ学園に通い、更に事前に挨拶に訪れるだなんて事をやって他から不平不満が出ない筈がない。なのに本当に出なかったみたいに平然と言い切るだなんて女狐だな。狐の尻尾と耳を幻視しそうだけれど、腹黒い行動にそんな事をするのは狐の獣人に悪いか。


「……前回会った時は居なかったけれど、彼等は商会の人達?」


「いえ、陛下が付けて下さった護衛の人達ですの。曲がりなりにも皇女となるからには身の危険も増えるでしょう? ならばと数人ずつ選出された方が今のように同行してますのよ。この二人が商会の者ならば私とロノス様の出会いは大きく変わっていたでしょうし、優秀なお二人が別の所の所属なのは嬉しさ半分惜しさ半分でしょうか」


 ネーシャの背後に控えるのは結構な使い手らしき二人。これは同レベルの中からそれぞれの皇女につけたってよりは、皇帝陛下の配下の中でも指折りの使い手を彼女の護衛にしたって感じだな。


「……ふぅん


 そんな二人が聖王国式の訪問マナーについて知らない筈も無いし、実際はゴタゴタで挨拶に来るのがギリギリになったって所か。


「他の人達の護衛も見たけれど、特に優秀そうな二人だね」


「そうですの? 私、他の皇女に選ばれた方々には数度しか会っていませんで、護衛の方もチラッと見ただけですので分かりませんでしたわ。でも、ロノス様が言うのならば間違いないのでしょうね。ふふふ、陛下は私に期待して下さっている……なんちゃって」


 最後に舌を出しておちゃらける姿は素直に可愛いと思う。真面目な感じが多いから尚更ね。


「ははは、そうかもね」


 ……うん、他の皇女の護衛の実力やら入学とかの扱いからして皇帝陛下が誰を選ばせたいのかあからさまだな。建前上は他の子にも僕とのお見合いをさせたけれど、これは既に他の誰かとの婚約が決まっているのも居そうだ。此処までなら僕が気が付くし、試された事にムキになる短絡的思考や気が付けない馬鹿なら操るのも容易い、そんな所だろう。


 居もしないのに感じる無言の圧力。お祖父様と同類かぁ。


「でも、それは冗談として、私は他の皇女よりもロノス様に相応しいと思っていますわ。何よりも初対面で助けて頂いてから貴方の事が……はしたない真似でしたわね」


 意を決した表情になり、終わりの方で急に少し自嘲的に笑うネーシャ。こうやって面と向かって女の子から告白するのは帝国でははしたないってされているんだったな。だからネーシャは途中で止めたけれど、既にこの時点で続きは伝わって来るし、同時に慎み深さもアピールか。


 一度色仕掛けをしておいて何をって思うんだけれど、やるだけならタダって所だね。相変わらず逞しい。


 さて、大体そろそろ終わる時間帯かな? 最後に僕も社交辞令は口にしておかないと。


「僕の方からは誰がどうとか言うには時期が時期だから言わないけれど、君とは学友として仲良くしたいと思っているよ」


 笑みを浮かべ、そっと手を差しだして握手を求める。ネーシャも笑顔で返し、握手をした後で何を思ったのか僕の手の甲を自分の顔に近付け……あっ、帝国じゃ確かこんな時に……。


「帝国貴族流の挨拶として目下の者が握手の後で手の甲に口付けさせて頂きました。親愛や忠義、……そして恋慕など色々な意味を含みますわ」


「……うん、知ってる」


 何をする気か分かっても振り解く訳にはいかないし、そのままネーシャの唇が触れるのを待つしかなかった。これは一本取られたな。前回会った時は貴族じゃなかったし、つい握手を求めてしまったよ。知ってたんだし、期待したみたいじゃないか。


 してやられたと僕が顔には出さずに思っている間、ネーシャの手は僕の手を掴んだままで、視線が手の甲に向かったままだ。既に終わったのにどうしたんだろう?



「……何時かロノス様と本当の口付けを……はっ!? い、今のは聞かなかった事に」


「了解。僕は何も聞かなかった」


「借り一つですわね。……これから借りを作れないかお願いしに来ましたのに情けない話ですわ。惨めな未熟者だと笑って下さいませ」


「借りを作りに来た?」


 本当に思わず口に出したのだろう、ネーシャは大きく溜め息を吐いて肩を竦める。うーん、こっちの姿の方が自然体っぽくて僕は好きかな? 彼女相手に油断は禁物だから言葉にはしないんだけれど。


 それは兎も角、わざわざ会いに来てまで頼みたい事って何だろう? 他の候補に会って居ないのに”自分を有利に扱え”とは出来レースだとしても言うお馬鹿さんじゃあるまいし。




 この時、僕は身構えた。そしてその嫌な予感の通り苦労がこの先に待っていたんだ……。

前回見たら千四百間近 頑張ります

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