悩みの理由
今日も日課となっている鍛錬を続ける。僕は自分で言うのも何だけれどスペックが高いし、それほど鍛えなくても有る程度は強くなれるだろうそう、クヴァイル家の当主に相応しい程度はね。
でも、それじゃあ足りない。リアスを筆頭にした大切な人達を守るには、この世界に存在する脅威は多くて大きい。だから更に、今よりもずっと強くなる。
身体に染み込ませ意識しなくても自然と普段の動作を狂い無く反復し、同時に握る明烏に心で語り掛ける。夜鶴の様に言葉を発して明確な意思表明をする訳でも、素直に力を貸してくれる訳でもない困った奴で、同時に破格の性能である”ほぼ全属性の魔法を使える”という表に出せば無駄に警戒をされる秘匿すべき能力。……多分大っぴらに力を振るわないのも力を貸してくれない時がある理由なんだろうなあ。
ねぇ、お願いだからもう少し力を貸して……あっ、駄目か。手に伝わるピリピリとした軽い痛みが拒絶を示す。うーん、今後が大変だ。気分屋でプライドが高いって本当に面倒な奴。でも有能って扱いに困るんだ。
「はあっ!」
でも、その程度の困難がどうした? そんな物、大なり小なり誰もが抱えている問題だ。気合いと共に大上段から刀を振り下ろし刃先が目の高さに来た所で止める。足下に置いてあった砂時計を見れば最後の一粒が丁度落ちた。
「よしっ! 今日も同じ回数を時間丁度に行ったぞ」
「若様、お疲れ様でした。飲み物とタオルです。それと湯の支度は済んでいますので朝食前に汗をお流し下さい」
「うん、ご苦労様」
明烏を鞘に収め、息を軽く吐き出せばメイドがタオルと飲み物を乗せたトレイを差し出して来る。滲んだ汗を拭き、乾いた二度を潤せば生き返った気分だ。
「毎朝毎朝ご苦労な事だな。そんなに汗だくになりおって」
「そう言うレキアも毎朝僕の素振りを見学しているよね。端から見て何か正す所は有るかい? 君の意見なら参考になるからさ」
「……少々迷いが見えた。何か心配事か? それが鍛錬に影響するならさっさと解決してしまえ。クヴァイル家の力なら多少の問題はどうにでもなるだろうに」
「うっ……」
正直言って痛い所を突かれた気分だ。そう、確かに普段と同じ回数を同じ時間内丁度に終わらせた僕だけれど、その最中に何度か太刀筋が乱れた事が有ったんだ。自分でも僅かにしか感じ取れない程度だったけれど、レキアには分かっちゃったか。
ちょっと今のレキアの表情は険しい。腕組みをしながら僕を睨んでいて、不甲斐なさを責めている感じだ。その隣のアリアさんは慌てた様子で成り行きを見ているし、これは誤魔化せる段階じゃ無いな。
「流石はレキア。僕の事を良く分かってくれているね。恥ずかしいような嬉しいような……」
ああ、ちょっと自信喪失しそう。太刀筋がこんなに簡単に乱れるだなんて、精神修行も肉体の修行も足りないや。
「不備を見抜かれて嬉しいのか、貴様は。……まあ、問われたから答えたが、さほど気にする程では無かった。貴様は十分強くなっている。この妾が言うのだから自信を持て」
「そ、そうですよ! ロノスさんは凄く強いです! 今の素振りだって私には見えませんでしたし」
途中までは腕組みをして厳しい表情だったレキアだけれど、急に僕の肩に乗って労いの言葉を笑顔でくれる。アリアさんだって慌てた様子でフォローしてくれるし、何とか自信喪失は避けられるかな?
「それで貴様の悩みとはなんだ? ……まあ、今は汗を流せ。それからゆっくりと聞いてやる。何せ紛いなりにも妾の婚約者に選ばれた男だ。多少なら力になってやろう」
「あのぉ、私も微力ながら力をお貸ししますよ? 頼り無いかも知れませんけれど……」
二人の申し出は本当に有り難かった。僕が抱える悩みの種となった、とある問題。ちょっと自分から言い出すには抵抗があるからこれで話しやすい。
「え、えっと、もう少し一人で悩んでからにするよ」
だけれども、この問題は別の理由で二人に話す事に抵抗を感じる内容だ。うん、他の悩みだったら話していたんだけれど、内容が内容だからさ。
これ以上追求される前にぼくは足早にその場から去って行く。うん、これってその場しのぎにしかならないし、特にアリアさんは今日にでも関わっちゃう問題なんだけれどさ。
この悩みが出来る相手として一番先に思い浮かぶのは矢っ張りリアスだ。あの子には大抵の事が話せるからね。頭を使う系以外の話なら本当に頼りになるんだけれど、今は居ないからなあ。
「何時まで走り込んでる気なんだろう? 朝ご飯食べる余裕はあるのかなあ。臨海学校に行く最中に食べるのはあの子が嫌がるだろうしさ」
今度は可愛い妹の事で悩みが出て来る。生きて行くって事は悩む事なのかも知れないな。
「今直ぐ話せない事って何でしょうか?」
「女関係だな。……やれやれ。妾だけで不満なのか、そんな風には言えぬのが民を導く立場の辛さか」
「ああ……」
……あれ? 何か色々見抜かれてる気がするぞ。
「ふぅ……。極楽極楽。お風呂は良いなあ」
汗を軽く流し身体を洗った僕は湯船にゆっくりと浸かる。臨海学校に現地集合する為の出発時間には余裕があるし、このまま暫く入浴していたいけれど、多分レキアとアリアさん達は朝ご飯を待っていてくれるだろうし、さっさと出ようか。
「……あっ、でも早く出過ぎたら気を使われたって気にするかな? 待たせるのは問題だけれど、待たせないのも問題か」
天井を見上げ、心の中でカウントダウンを始める。疲れが湯に溶け出る気分の中、再び頭に浮かんだのは最近の悩みについてだ。
「結婚相手が増えるのは別に良いよ。それが貴族ってものだから。お祖父様の方針上都合良いだろうしさ」
そう、僕の悩みは新しい婚約者についてだ。正確には未だ決まって居ないんだけれど、一人増える事だけは決まっていた。帝国からのお見合いの申し出。相手は皇女……但し本物ではなく、皇帝が養子に迎える事で書面上は皇帝の娘って事にした政略結婚の為の役職みたいなものだ。帝国では珍しい話じゃないらしい。
それでも皇女は皇女、娶る事には大きな意義が在るから異議を申し立てはしないさ。何人も娶ろうって時点で同じ事だし、貴族だから理解はしている。
「最初の子はちょっと必死な感じだったな。ポロッと漏らした家名って確か没落した元名門だっけ? この前会った子はちょっと色仕掛けがあからさまで困ったよね」
既に数人とは顔を合わせているけれど、著名な学者の娘だとか将軍の娘、片方の親に問題があって表立って娘とは認められないけれど上級貴族の血を引いている子とか、成る程皇帝が選ぶ訳だって子が多かった。後は無視は出来ないけれど手を差し伸べるメリットが低いから取り敢えず皇女の地位を与えたって感じのが数名。
彼女達とのお見合いの席を思い出し、僕の後に顔を合わせる相手が良縁である事を望む。誰かを選べって言われてはいるけれど、選択権を与えられたからか何かが違う気がして今まで会った子達は断るかも知れないな。まあ、僕以外にも大勢相手は用意されているらしいし、選ばれなかったからって彼女達に何かあるって事がないのは安心だ。
「用済みでお先真っ暗……とかだったら後味が悪いからねぇ。それにしても帝国のお国柄なのかご立派な子達が多かったな。何処とは言わないけれど、タユンタユンでした」
前世では複数の相手と結婚するとか想像もしなかったし、十歳でそんな想像していたら問題だったけれど、この世界でロノス・クヴァイルとして生きてきた僕なら受け入れている。
……後は家族となる相手達と仲睦まじく暮らせるかどうか、それが問題だ。
「彼女は少し嫉妬深かった……彼女って誰だ?」
またしても記憶にない記憶を口にする僕。あれかな? 前世と今の間に別の人生挟んでいるとか? いやいや、まっさか~。
「……無いよね? 現にこうして転成している時点でアレだけれどさ」
もうすぐブクマ五百!