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教師と生徒は違う

「二人共急いで退避を! 私が時間を稼ぎます!」


 ジャイアントシーワームの襲撃によってマリモスが引き起こした津波の勢いは凄まじく、干上がった海底を転がっていたマリモスやジャイアントシーワームをも押し流して陸地に向かっていた。


「時間を稼ぐって、それだったら先生はどうする気ですか!? そうだ、ロノス! 君の魔法なら津波を止められるだろう!?」


「いえ、クヴァイル君の魔法については予め情報を得ています。距離が離れれば効果が落ちる以上、彼に頼るなら置き去りにするしか有りませんが、私は教師ですよ? そもそも私は大人で二人は十代の子供。子供を守るのは大人に課せられた役目です。だから二人は逃げて下さい。そもそも私の見通しが甘かったのが原因。巻き込んだ事を謝罪すべき立場です」


 このままじゃログハウスは確実に壊されるし、泳げないアンリの顔は引きつりアカー先生も決死の覚悟で津波を押し止める気らしい。僕達を優先する彼の教師の矜持は立派だと思う。でも、駄目だ。先生じゃ完全には止められない。僕達は逃げられても先生は死んで、臨海学校だって台無しになってしまうだろうね。それは本人だって分かっているのかロケットに入れた妻子の絵に向かって微笑むと覚悟を決めた顔を迫る津波に向けた。



 そして……。



「大丈夫ですよ、先生。今の僕ならどうとでもなる。”ギガ・グラビティ”」


 そんな覚悟は必要無いし、先生の持つ情報は少しだけ古い。誰も犠牲になる必要なんて無いんだ。



 未だ使い慣れていない力だ、詠唱有りで行こうか。巨大化したマリモスやジャイアントシーワームをも運びながら迫る大津波。後数秒で陸地に到達、周辺一帯に甚大な被害を出すし、津波の時間を停止するだけじゃ時間稼ぎにしかならない。


 なら、別の方法を取れば良い。例えば|水が流れ込む大穴を作る《・・・・・・・・・・》とかさ。空から降り注ぐ黒。光すら圧死させる高重力によってモンスターと海底の砂を押し潰し巨大な穴が開いた事で迫る海水は全て流れ込む。渦が出来ているけれど多分大丈夫、抜いた風呂の栓を戻した時みたいにその内収まるだろう。



「ほら、大丈夫だったでしょ、アンリ」


「……はっ!? い、今何をしたんだ!?」


 少し自慢を込めた笑みを向けたけれどアンリってば固まっていた。……っと、駄目だ駄目だ。僕が元々持ってる才能なら良いけれど、この力は明確に貰い物だと分かっている力。買って貰った玩具を自慢する子供じゃないんだし、調子に乗ったら駄目だよね。


 あ~、でも大きな力を振るうのって気持ち良いっ! 所でどうやって説明しよう? 僕だって明確な理論込みで使ってるんじゃないし……うーん。


「えっと、その場所に掛かっている重力を何十時間分も戻して重ねるのを繰り返した?」


「そ、そんな事が出来たのか……」


 唖然とするアンリの言葉に笑みで返す。うん、最近になって漸く使えるって言うか、ゲームには描写の無かった時の女神による恩恵の授与によって可能になった。


 今までの僕に可能だったのはビデオで例えるなら『早送り』『巻き戻し』『一時停止』の三つ。それを一定の物に使うリモコン程度の物だったんだけれど、今は『画像編集ソフト』っぽい力を手に入れて『前の画像を切り取って重ねる』って事も可能になった。説明した通りに秒単位で前の重力を重ねたんだ。……炎の熱とか電気とかは未だ重ねられないけれど、常に一定に掛かっている重力ならギリギリ可能だ。


「まあ、ちょっと力が強過ぎて地形が変わったし、潮の流れも変わりそうだけれど……。アカー先生、事後処理はお任せしますね」


「……頑張ります。家族サービスは犠牲になるけれど先生なので……」


 確か先生は臨海学校が終わったら夏期休暇を取って家族旅行に行く予定だっけ? ファンクラブというヤバいショタコン集団が会議していたのが聞こえたけれど、これじゃあ事後処理で延期かな?


「えっと、ごめんなさい? すいません、僕が加減無しでぶっ放したせいで……」


「良いんです良いんです。津波の被害を考えれば軽いものですし、私の見通しの甘さが理由なら耐えないと。うん、最近娘に”パパって最近臭い”って言われ始めまして。ははは……加齢臭が漸く出始めたらしいですね。先生って見た目は子供ですが、頭と体臭は大人なんですよ……」


 乾いた笑いを上げる先生に僕とアンリは何も言わない、何も言えない。生命的な死は回避出来た彼だけれど、家庭内の地位とか父の威厳は死んでしまったのかも。



「大人になるって大変だなぁ……」


 僕の前世の寿命は記憶が戻ったのと同じ十歳だ。だから大人になるって事を経験していない。只、先生を見る限りじゃ貴族でなくても大変なんだなって思えたよ。僕も家庭を持って子供が産まれたら分かるのかな?




『そうか。ならば今すぐ私と作れ。そうすれば、分かる』


「んげっ!? ……空耳か」


 今一瞬、子作りを迫る相手に逆レイプされかけたトラウマが蘇った。あの時はあの後も含めて怖かった。だから僕って自分から強引に迫れないんだよね。


「い、居ないよね? ひっ!」


 草むらから飛び出すウサギの耳に一瞬身を竦ませるけれど、直ぐに普通のウサギだって分かってホッと一息。やれやれ、思い出しただけでこれなら、実際に再会したらどうなるのやら。……シロノってナミ族の族長の娘だし、結婚相手としては可能性が凄く高いんだっけ? うわぁ……。



「さっきからどうした? 妹もポチも居ないのに様子が変だぞ」


「いや、ちょっとトラウマが蘇っただけだから大丈夫。じゃあ、次の場所の調査に行きましょう、先生。……あっ、でも」


「ええ、あれだけの騒ぎが起これば警戒して巣に籠もるか逃げ出すなりしているでしょうし、調査は一旦休憩、ログハウスで一旦休みましょう。明日早朝に再開です」


「え? 事後処理をお任せした身で言うのもなんですけれど、臨海学校前の書類業務とかその他業務がこの事で遅れるのに大丈夫ですか? 調査はモンスターだけじゃないですし……」


 僕の様子が変だから気を使って休ませようとしてくれているんだろうけれど、アカー先生の時間的猶予が余計に少なくなるだけだ。モンスター以外にも危険な植物の自生やら崖際や洞窟、調べなくちゃいけない所は数多い。だからこその僕達生徒の助手なのに、こんな早い時間に休んだら後から忙しくなるだけじゃ……。


 確かに使い慣れない力を使った疲労感もあるし、トラウマ発現で精神的に来る物があったけれど……。


「いえ、駄目です。教師命令として休んで貰いますからね。生徒の都合で教師が多忙になる事は有っても逆は有り得ません。一人でも大丈夫な仕事は私一人で済ませますので二人は休んで下さいね」


 ……うっ。これは反論出来ない。笑顔の圧力もあって僕はこれ以上何も言わず、彼に言われるがまま僕達が使用する事になるログハウスへと向かって行く。……矢っ張り先生は大人だなぁ。



 今回、僕は将来について考えさせられる事が数度あった。この前のアリアさんの事も、シロノの事もちゃんと考えて結論を出さなくちゃいけない。互いの立場上、パンドラに相談するのは当然だけれど、彼女に全てを任せて良いのかと言えば否だ。


 彼女は全てを任せられる天才で、将来的に家の実権を握るのは決まっている。だが、それでも自分でどうにか出来るようにするのは当然の義務なんだから。任せられるのと任せるのは別だと、それだけは忘れないようにしなくちゃ。


 ……尚、海底の穴は僕の魔法なら修復可能だって気が付いたのは少し後。高揚感やらトラウマで思考が働かないなんて、矢っ張り常に完璧には居られないらしい。情けないなあ……。






「……ふぃ~。疲れが溶け出して行く気分だよ。お風呂って良いよなあ」


 流石は貴族に用意されたログハウス、内装は豪華だし、お風呂なんて露天風呂だ。しかも魔法の力で汲み上げた天然温泉、効能は疲労回復その他諸々。少し熱いお湯は泳げる程に広い浴槽に並々と注がれ、アンリに先を譲って貰った僕は心行くまで堪能させて貰っていた。


「凄い開放感。家のお風呂も広いけれど、露天温泉ってのが良い。こりゃ毎年色々ある訳だよ」


 貴族の家で発生しがちなお家問題。後継者を誰にするかとか家同士の繋がりの為の婚約を揺るがす色恋沙汰。尚、この臨海学校後に発生してるのが使用人との間に子供が出来ちゃうって事だ。普段とは違う環境、お気に入りの使用人と近くで過ごし、この開放感たっぷりの温泉。


 うん、気持ちは分かるかな。その手の問題って凄く困るけれど。




「ロノス、湯加減はどうだ?」


「ああ、少し熱いけれど気持ち良い……はい?」


 背後から聞こえた声に何気なく振り返る。バスタオルを体に巻いたアンリが湯当たりしたみたいに顔を真っ赤にして立っていた。



 僕、未だ入っているんだけれど……。

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