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ポチの交渉力は五十三万です(溺愛する飼い主談)

 交渉力は貴族にとって必須な能力である。

 相手が何を望むのか、そして相手の持ち札が何か、それらを見抜いただけでは片手落ちでしかなく、利益や理屈を抜きにして行動する事も視野に入れ、今の相手とも今後交渉を行う相手とも良好な条件を築く。

 それによって最大の利益を最低限の出費で手に入れるのが理想であり、交渉成功後の対応も必要だ。



 つまり僕が今終わらせた交渉の後で何をすべきかと言えば……。




「そうでちゅか~! 今回は譲ってくれるだなんてポチは良い子でちゅね~! よ~しよしよし!」


「キュイ~!」


 ポチが仰向けになって腹を見せ、座った姿勢で上半身を埋めながら両手で弧を描いてワシャワシャとモッフモフの羽毛を撫で回す。

 最高級の羽毛布団に体を預ける心地良さは僕に睡魔の誘惑を与え、ほのかに漂う獣臭さすら愛おしい。


 結論! ポチは凄く可愛い!

 え? リアスとどっちが可愛いかって?

 いや、ペットも家族だけれど、妹とペットはジャンルが違うって。


「あ、あの、ロノスさん?」


「……ごめん。後五分待って」


 アリアさんを待たせているのは悪いと思うんだけれど、このフカフカは僕を駄目にしてしまう。

 くっ! 抜け出せる気がしないし、此処までの手札を持っているなんて、まさかポチが交渉の名人だったのか!?


 あ~、僕が得た癒しからして相手に与え過ぎだから与え過ぎな気も……すぅ。


「はっ!?」


 今、僕は確かに眠っていた。

 天上の心地良さとは正にポチの羽毛の寝心地の良さの事であり、どんな魔法すら凌駕する奇跡だ。

 ……五分じゃ足りないけれど、ただ待たせるのは悪いし……そうだ!


「アリアさんも触ってみる? ポチ、駄目かな?」


「……キュイ」


 ”不満だけれど構わない”か。

 お腹ってのは弱点だし、それに触らせるのは信頼の証だ。

 実際、ポチが普段からお腹を触らせるのは僕以外じゃリアスとレナ、あとは自分の親を使役しているあの人だけだからね。


「キュイ」


「そっか。嬉しいなぁ」


 アリアさんは信頼していないけれど、僕を信頼しているから許可してくれるだなんて、ポチは本当に可愛いなぁ。


「ほら、おいで」


「は、はい……」


 僕は仰向けになって上半身をポチに乗せ、アリアさんを手招きすれば恐る恐るといった様子でポチのお腹に手を伸ばし、沈み込む様な柔らかさに驚いている。


「柔らかい……」


「羽毛の下は下手な魔法や金属製の武器を通さない位に頑強だけれど、羽毛は大抵の衝撃を吸収するからね。こんなに可愛いけれどドラゴンすら群れで狩る種族だよ。でも安心して。この子は僕の家族だし、言う事はちゃんと聞いてくれるんだ」


 ポチが上体を少し起こして頭を近付けたので要求通りに顎を撫でてやれば心地良さに目を細めている。

 一度乗ったアリアさんだけれど恐怖が残っていたのか踏み出せずにいた一歩も、それが踏み出す切っ掛けになったらしく、僕の隣に座り込んだ。


「……じゃ、じゃあ、遠慮無く」


 座った姿勢のままゆっくりと体を倒して横向きに寝転がった彼女は心地良さに改めて驚き、直ぐ近くの僕の顔を見ながら少し恥ずかしそうに笑っていた。


「本当に凄く心地良くて、今日も頑張らなくちゃ駄目なのに……」


「君の強さは既に知らしめたけれどね。まあ、一度決まった決闘を取り止めるのはリアスの名誉に関わるし、悪いけれど付き合ってあげてよ。その代わりと言ったら失礼だけれど、クヴァイル家の力を使う以外で僕に可能な事なら一つお願いを聞いてあげるからさ」


「そ、そんな必要は有りません!」


「僕がしたいんだから構わないよ。それと今後も君に辛く当たる人は居るだろうけれど、その動機は嫉妬だと思うよ? 希有な力と高い才能を持った君へのね。ならやるべき事は一つだけ。もっと頑張って才能を磨こうか。絵の上手い友達には嫉妬しても国宝級の画家には嫉妬しないみたいに嫉妬するのが馬鹿馬鹿しいと思う位にね」


「は、はい! 頑張ります!」


 実はと言うとこれは別のお詫びの意味も兼ねている。

 クヴァイル家の影響で実家が貧乏になったのは、まあ、仕方の無い話だから別に良いとしても、この世界がゲーム通りに進む場合、彼女の闇の力は必須となるから強くなって貰わないと困るし、その為には普通なら通い続けないダンジョンに行き、貴族の子女として他の家との交流に費やす時間を鍛える事に使って貰う事になるからね。


 ……そもそもゲームでは何を思っての連日ダンジョン通いで、パーティーメンバーも文句を言わないんだ?


 徒労に終わる可能性だって有るし、王子に悪い意味で目を付けられたりと卒業後に響く可能性だって有るんだから出来る事はしてあげたい。

 ……それでも多くの領民を背負う身としてはクヴァイル家を優先させる必要が有るのが辛い所なんだけれどさ。


 色々手を尽くして居るけれど陣営に引き込めて戦って貰える闇属性の人材が発見出来ていないんだよね。




「……矢っ張りポチの羽毛はヤバいな。世界すら動かすぞ」


 どうやら知らない内に寝ていたらしく、羽毛に包まれた状態で僕は目を覚ました。

 ポチも寝ているらしく鼻ちょうちんを膨らませているし、横を見ればアリアさんもポチの羽毛に包まれてスヤスヤと寝息を立てているんだけれど、何故か僕の手を自分の手で包み込む様に握っている上に胸元に持って行っているから指先が微妙に胸に当たっていた。


 これって彼女が目を覚ましたら不味いよな……。


「おや、お目覚めですか? 若様。その手、彼女が起きる前に退かした方が宜しいかと」


「君もさっさと起き上がった方が宜しいかと思うよ、レナ」


 そして反対側にはレナが寝転がり、僕の腕に抱き付いて胸を押し当てている。

 いや、君って仕事中な上に平然とした顔で何をやっているの?

 レナだけでも振り払おうにも彼女の力は相変わらず強い上に手首から先は太ももで挟まれて固定された状況だ。


「手が痺れて来たし、本当に離してくれない? って言うか仕事の時間じゃ……」


「主人に添い寝をするのもメイドの仕事の内かと。事実、手を出す貴族は多いでしょう?」


「うちはそんなのやっていないし、これが仕事だって……向こうで鬼の形相を見せているメイド長にも同じ事が言える?」


「……え?」


 僕の言葉を聞き、錆びた機械みたいなぎこちない動きで振り向いたレナは自分を捜しに来ていたらしいメイド長と視線を交える。

 一見すると笑顔だけれど、間違い無くマジ切れの時の顔だ。

 正にあれこそが鬼の形相だよね。


 レナも顔が一瞬で真っ青になっているしさ。


「若様、私は此処で失礼いたします。この続きは今晩にでも寝所に参らせて頂きますので……。若様は奪うのと奪われるの、それとも捧げられるののどれがお好みですか?」


「来なくて良いし、多分来られないと思うよ? それと何を訊いているのさ……。まあ、今日は多分一晩中……頑張って」


 今直ぐ来いと手招きをするメイド長の方に慌てて向かう直前、妖しく微笑みながら囁くレナだけど多分大丈夫だ、続きなんて行われない。



 ……ちょっと興味は有るんだけどね。

 だってお年頃だし、使用人が部屋を掃除するからその手の本を隠すのにも困るし、リアスはノックもせずに入って来る時があるし……大変だよ。


「さて、本当にアリアさんを起こさないと時間が無くなるし、起きる前に手を退けてっと……」


 この状態で起きたら大変だからそっと手を抜く。

 そして起こそうとしたんだけれど、近距離で彼女の顔を見ているとついつい見続けてしまっていた。


「本当に可愛い子だよね。……正直言って好みかも」


 相手が寝ている最中だからって僕は何を言っているんだろう?

 やれやれ、聞かれたら気まずいだけなのにさ。



「ほら、起きなよ」


 それに好みと言っても別に異性として好きって段階では無いし、仮にそうだとしても僕はクヴァイル家の長男で、今の彼女は子爵家の長女でしかない……今はね。


「う、う~ん、ムニャムニャ……もう食べられません」


 声を掛けても起きる様子を見せない彼女を揺り動かせば返って来たのは


「ベ、ベタだ! この子、寝言が凄くベタ過ぎる!」


 まあ、好きになった時に考えれば良いし、今は友達として……あっ、僕、この子を既に友達だって思っていたんだ。


「そっか。だったら仕方無いな」


 罪悪感とか利用するとか色々な想いがあったけれど、今後は友達だからって動機で動こうか。

 うん、何となくスッキリした気分だぞ。




「じゃあ頑張って倒そうか、アリアさん」


「は、はい! ……えっと、目の前のモンスターをですよね?


「そうだけど?」


「……ですよね」


 目の前には鋼鉄の檻の中で暴れる一本角の白馬”ユニコーン”が居て、頑丈そうな檻が軋んでいる。

 まあ、アリアさんが不安そうにするのも分かるよ、怖いよね。

 僕だって実戦経験なんて殆ど積んでいない時に挑んだ十歳の時、本当に怖かったのを思い出す。



「大丈夫さ。君は僕が護るからさ」


 安心させる為に笑顔を向けながら鯉口を切る。

 朱塗りの鞘から僅かに姿を見せた刀身はカラスの濡れ羽を連想させる艶の有る黒だ。




 銘は”明烏(あけがらす)”。

 ゲームにおいて僕が振るう……二振りの妖刀の片割れだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ユニコーンってグリフォンと同格じゃないの?
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