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交渉という名の強制

 僕にとってロノス・クヴァイルとはどんな存在だろうか? 親友であり、大陸最大の騎獣レース”アーキレウス”の優勝を何度も争ったライバルだ。……まあ、此処までは良いとして、他の事はどうだろうな。


 彼への印象としては基本的に真面目で次期当主としての責任感が強い。その立場を気にして動けない時も有るけれどな。妹と相棒のポチさえ関わらなければ突飛な言動も無いし、貴族としても親友としても頼れる相手だと認識している。



「……ヤバい。何で呼び出された? いや、大丈夫だ。予想通りなら何の問題も無い。そもそも叔母上様が僕達を呼び出す理由だなんて分かっているんだから」


「そんなに怖いのか、彼女は?」


 この日、僕達は急遽ある人の呼び出しを極秘に受けていた。その名はナイア・アース。アース王国王妃であり、ロノスの叔母だ。あの魔王と呼ばれたゼース・クヴァイルの娘であり、最も血を濃く受け継いだとされる王国の実質的支配者。


 成る程、こうやって対面したら分かる。大物なんて言葉すら生温い。間違い無く其処の見えない怪物だって僕の直感が告げている。可能なら即座に退室すべきだと警鐘がなる程だ。うわっ、これって敢えて威圧している? まあ、面倒を持ち込んだのは僕の方か。

 

 そんな彼女でも身内には情が厚いのかと思いきや、甥の姿からして身内にこそ厳しいのだろう。僕が親友であっても醜態を晒すのは珍しいと少し呆れる程に不安そうだ。


 僕達が呼び出されたのはアザエル学園が管理する校外施設の一つ。他校の生徒が交流で訪問する際に滞在する宿泊施設なのだが、その内部を歩く最中だった。


「ロノス、落ち着くんだ。僕まで呼び出されたという事は臨海学校の事だろう。君にサポートをさせる気だと思うぞ、僕は」


 僕の性別をロノスが知った事は既に実家にも伝わっているし、学園の一部の教師も連絡を受けている。臨海学校では僕の性別が知られる危険が大きいだろうが、それでも誤魔化す理由が家訓でしか無いのだから学園からはそれ程サポートが出来ないのだろう。まあ、僕の実家はそれなりの力を持っているし、ロノスにサポートを押し付けつつ恩を売りたいって所だろう。


「まあ、僕もそうだとは思うんだけれど、何処までサポートするかだよね。例年では一人に一軒のログハウスが与えられて使用人も一人までなら連れて行けるって内容だったけれど、噂じゃ今年から変えるって聞くしさ」


 その事を話してみればロノスだって予想はしていたらしい。それにしても使用人を連れて行く、か。臨海学校では経験を積んで心身を鍛えながら交流を深めるって目的だった筈だが、それなら僕は使用人は連れて行かない方向にしたい。


「どうせ一部の生徒の間では使用人を比べあういがみ合いでも起きるだろうね。ロノスは誰か連れて行くのかい?」


「うーん、レナはリアスに任せたいかな? 二人っきりでお泊まりとか何をされるのか分からないし」


「何をされるって、それは当然ナニを……ついたな」


 僕達は呼び出された部屋の前までたどり着き、ちょっと躊躇うロノスの代わりにノックをすれば静かな声が聞こえて来る。さて、此処まで来て僕も緊張して来たぞ。


 何せ先代王妃の影響で腐敗政治が続いたアース王国を建て直し、余所者なのに実権を握っている事に多くの者が賛同する才女。腹のさぐり合いは無駄だと諦めてドアを開く。



「よく来たわね、二人共。さあ、ソファーにお掛けなさい。お茶を用意しましょうか」


「お久しぶりです、叔母上様」


「ええ、暫く会わない間に随分とご活躍ね、ロノス。私としてはもう少し妹の手綱を握っていて欲しいのだけれど、どうせ”自由で元気いっぱいなのも可愛い所です”とでも言うのでしょう? さっさと座りなさい。本題に入ります」


 確かに言いそうだな、ロノスなら。その光景がはっきりと頭に浮かぶも笑いを堪えた僕はロノスと並んで座る。さて、極秘に呼び出したんだ。どんな内容なのか僕も不安になって来た。



「先ず少し後に知らせる予定なのだけれど、貴女の都合を考慮して今回は特別に知らせますね、アンリさん。臨海学校ですが、一人一軒ではなくペアで泊まる事になりました。尚、使用人は無しです」


「ええっ!? どうしてそんな事に!?」


「例年通りですと結局は派閥内の決まった相手とだけ交流を深めるだけの他、最近は色々と物騒です。使用人に自らやるべき事まで押し付ける者が多いですしね。故に他国や交流の少ない家の者同士でペアですが、貴女の場合は困った事になるでしょう?」


「うっ……」


 そう、この話は僕にとってピンチだ。着替えは部屋でするとしても臨海学校の間中、同じ建物で寝泊まりしながら性別を隠し通せるか疑問だからな。ああ、でも呼び出されたのがロノスと一緒って事は……。



「えっと、まさか僕とアンリが一緒って事ですか? 流石に年頃の男女が何日も寝泊まりを共にするのはちょっと……」


「別に僕は構わないぞ。君なら弱みに付け込んで無体を働きはしないだろうしな」


 ロノスの気持ちも分かるが流石に男子生徒として入学したのは僕側の都合だ。なのに女生徒と一緒が良いだなんて僕も学園側も言い訳が出来ない事を要求したりはしない。


「それに君には既に水浴びを見られているし、この前も媚薬のせいで情けない姿を見られている。僕としては今更って所だ」


「相変わらずサバサバしてるなあ、君」


「男として育てられた弊害かな? その時は羞恥心が強くても、喉元過ぎれば平気になるのさ。女の子としてはどうかって思うし、君が僕を女の子として気を使ってくれるのは嬉しいけれど、気を使わない方が僕は嬉しい」


 これは僕の本音だ。ロノスは僕を女の子として気遣いをしてくれるけれど、女の子扱いに慣れていない僕には合わない。周りだけじゃなく僕自身も女の子扱いしてないって事だろう。


「まあ、君が良いなら僕も何も言わないけれど、事前にルールは決めておかない? 一緒の建物で生活する以上はさ」


「うん、それには僕も賛成だ。……もう一度言わせてくれ。君に女の子扱いして貰えて僕は嬉しい。それだけで救われているんだ」


「アンリ……」


 気にしなくて良いのだと言葉だけじゃなく拳を突き出す事でも示す。コツンとぶつけ合わせ互いに笑う。ああ、これだ。此奴とは男も女も関係無い付き合いが出来る。女の子扱いも良いけれど、こうして親友と過ごすのは心が満たされるんだ。手に入らない物を求め続け、将来手に入ると知っても不安に襲われる。でも、ロノスが相手なら……。



「所で臨海学校までに泳ぎの練習をしておかないとね」


「このタイミングでそれを言うか!? ……言われたら余計に心配になって来たじゃないか」


 このタイミングでしれっと僕の最大の弱点を指摘するだなんて相変わらずだな、君は。だが、それは本当に深刻な問題だ。ずっとビーチでのんびりするにもカナヅチの疑惑は掛かるし、ほんの少しだけ泳げたなら誤魔化しも出来るんだけれど。


 僕、結構忙しい身だからな。叔父上が五月蠅そうだからギリギリ誤魔化せているけれど、泳ぎの練習をしに行くにしてもコーチが必要で、その手配をしていたら……。



「ああ、少し理事長としてお願いしたいのだけれど、ルール決めにしても泊まる場所の下見も必要でしょう? 宿泊施設周辺の様子見と未熟な生徒の為にモンスターの間引きをマナフ学年主任にお願いするのだけれど、生徒の中から助手を選ぶわ。貴方達、行く気は有るかしら?」


 ……あっ、これって僕の事情を察して都合良く使う気だな。それを隠す気も無いと。どの道僕としては願ったり叶ったりであり、同時に断る余地が無い。断った場合、ログハウスの場所を何処にされるか分からない。実際、位置が書かれた地図を指でなぞっているからな。


「他の生徒と離れた場所なら都合が良いでしょう?」


 確定!


 こうして僕はロノスと一緒に先生のお供をする事になった。……お泊まりかぁ。

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