俺様フラフープの冒険
アリアが妄想を滾らせロノスが鳥の姿に目を輝かせている頃、広野にてフリートは部下達を率いて怪しい男達を追い掛けていた。
「待ちやがれー!」
「待てと言われて待つなら最初から逃げませんよ、お馬鹿さーん!」
顔に目玉の描かれた布を巻いた怪しい男達。”幸福の門案内ツアー”なるものを開催して人を集めていたのを発見、今こうして追い掛けているのだが一向に追いつける様子が無い。
「わ、若様! 連中、どう見ても人間ではありませんぞ!」
「見りゃ分かる! 何処の世界に手足があんなに伸びる連中が居るってんだよ!」
ガチャガチャと金具の音を立てながらも進むフリート達。鎧で武装しつつも軽く、こうして走るにも殆ど邪魔にならない。それどころか普通の者達入りも遙かに身軽に動き、余程レベルを上げているのだろう。だが、それでも追い付けない。速度はフリート一行が上なのだが……。
「捕まえ……た!」
「ほいほいほーい!」
一人の手が逃亡者達の襟首に迫った時、手足が伸びて掴もうとした場所がずっと高い位置に移動、その手は空振り、逃亡者は伸びた足で遠くに逃げる。先ほどからこれの繰り返し。フリート達の目の先で逃亡者達は手足の長さを戻し、ケタケタ笑いながら逃げ続けた。
「彼奴等、人間じゃないのは確かなんだが、一体何者だ? とっ捕まえて吐かせりゃ楽なんだが、ちょいと面倒だな。それに……」
逃亡者達は逃げ切れる状況になっても伸ばした手足を元に戻し、フリート達を挑発するかのように立ち止まってピョンピョンと飛び跳ねる。何処かに誘導するにしてもあからさまであり、それが下手なのか、その下手くそな誘導も挑発の内なのか分からないが、どちらにせよフリート達には追わないという選択肢は存在しない。
故の逃亡劇なのだが、流石に怒りが爆発したのかフリートは立ち止まると魔力を一気に練り上げた。
「”フレイムリング”!」
フリートの腰回りに出現する紅蓮の炎の輪。ゲームにおいて”俺様フラフープ”のあだ名の理由であり、少々間抜けな見た目に反して高度な魔法だ。
「どんな奴が待ってるか分からないから抑えてたんだが、いい加減我慢の限界だ。それにこうしてても無駄に消耗するだけだから一気に行かせて貰うぜ。此処から先は俺様の独壇場だ!」
足に力を込めて跳躍すると同時に腰部分の炎が揺れ動き、勢い良く噴射して彼を前方へと押し出す。本来ならば風属性の使い手が使う飛行魔法だが、彼のこれはそれを……いや、それも可能にしていた。
高速で飛来するフリートの姿に今のままでは不利だと察したのか足を伸ばして一歩の距離を増やし、その上で身軽に走り出す逃亡者達。速度はフリートがやや上だが元の距離からして中々追い付けない。それどころか少々力業での飛行の為か小回りが利かないフリートに対して逃亡者達は異様に長い足で身軽に逃げて距離を稼ぐ。
このままでは千日手と思われた時、フリートの腹側の炎が揺らめいた。
「”フレイムアロー”!」
「ぎゃっ!?」
揺らめいた炎が矢となって逃亡者の足を貫き、そのまま一気に燃え上がる。長い足をもつれさせ勢い良く倒れ込んだ逃亡者に遂にフリートが追い付いた時、異変が起きた。
「フリート様っ!」
彼を囲う形で盛り上がっていく地面。部下達が追い付いて壁を抜けようとするが、そんな相手に向かってフリートの声が響いた。」
「来るんじゃねぇ! 俺様は良いから増援呼んでこい!」
その言葉を最後に彼と部下達は完全に遮断され、彼が居るのは天井部分だけが僅かに開いた少々歪な形のドーム。その天井の穴の端に月をバックに腕組みをして彼を見下ろすラドゥーンの姿があった。
「見事に引っ掛かったっすね、フリート・レイム! アンタが死ねば民衆は不安に駆られ幸福の門を目指す筈! さあ! 覚悟しろ! とぅ!」
コートを翻し飛び降りたラドゥーン。ただし、穴の端の突き出た部分に翻ったコートが引っ掛かった。
「……アホだ。アホの痴女が居る」
「だ…誰がアホっすか! 他人をアホって呼ぶ方がアホなんすよ! やーい! 世界一のアホー! ……あっ」
「此奴、一人で何をやってるんだ?
ビキニの上からコートを羽織っただけの見るからに不審な相手。言動からして幸福の門関係に間違い無いのだろうが、それにしても見ているだけで力が抜けそうだ。
引っ掛かった部分を外そうとジタバタ暴れるも多少揺れるだけで意味が無く、胸は絶壁なのでこっちも揺れない。
「……取り敢えず倒すか。今なら良い的だし。”ヒートジャベリン”!」
放たれたのは炎の矛。無防備に晒された腹部を狙い、石突きの部分から炎を噴射させて進む。だが、間に逃亡者達が割り込んだ。先程迄よりも遥かに身軽であり、炎の矛を正面から受けてもダメージを受けた様子も見せずに着地した。
「此奴、強くなった?」
「へっへーんだ! 自分達神獣が簡単にやられたりはしないっすよ! もう封印は殆ど解けていて、残りは大きなダメージを受ければ良いだけだったっすからねさあ! 復活の時っす!」
足止めの為の炎の矢でも足を貫けた相手が倒す為の炎の矛でノーダメージ。流石に動揺を隠せない彼をあざ笑うラドゥーンがぶら下がったまま両手を左右に広げれば逃亡者の体から光が放たれ、体格も感じる力も全く別の存在が現れていた。
「さてさて、復活早々、しかも部署違いではありますが上司は上司。あくまでも私達を指揮下に置くのはシアバーン様ではありますが、今はラドゥーン様の命により相手をさせていただきましょう。パフォメットと申します」
一人は丁寧な口調でお辞儀をしながらも実際は慇懃無礼が透けて見えるスーツ姿の男。その顔は黒山羊であり、にも関わらず浮かべた笑みからは性根が主同様に湾曲しているのが分かる。
「……ミノタウロスだ」
パフォメットとは対照的なのがもう一人である女。褐色の肌に赤い髪を短く切りそろえ、隣の同僚の態度に不愉快そうに腕組みをしている。牛の獣人を思わせる尻尾と角を持ち、服装は牛柄のビキニ。彼女からは威風堂々とした戦士の風格が感じ取れ、同時にピリピリと空気を振るわせる威圧感も放っている。
「……こりゃ侮り過ぎたな。俺様が前に出るにも程があったぜ」
本来ならば後方指揮が役目だったにも関わらず前に出過ぎた結果がこの窮地だとフリートは自嘲する。何かが領民の身に起きる前に解決する事を望んだが、それで次期当主の自分がこんな状況に陥っては意味が無いと自らを責め立てた。
「部下に責は問わないでくれって親父に頼むとして……先ずは生き残る事が先決だな」
先ずは生き残る事が優先事項だと定め、脱出経路となりうる穴に視線を僅かに向ける。恐らく自分より格上だと感じる二人の妨害を躱わし、更にはどれだけ上なのか想像も出来ない化け物だとだけ感じ取れるラドゥーンに邪魔されずに逃げ切る。
「確率的にはほぼ無理か。あんな間抜けな癖によ……」
コートが引っ掛かって宙ぶらりんという間抜けな姿を晒す彼女の力を感じ取り、軽口を叩きながらも流れるのは冷や汗で、脳裏に浮かんだのは婚約者であるチェルシーの顔だ。
「だが、俺様は死んじゃ駄目なんでな。部下の今後って意味でも、惚れた女を置き去りに出来ないって意味でもな。来いよ、化け物共。俺様が燃やし尽くしてやるよ!」
腰回りの炎の輪に更に魔力が注がれる事で色が赤から青へと変化する。激しさも更に増し、盛り上がった地面によって暗くなった周囲が照らされる中、ラドゥーンは静かに呟いた。
「……なんだ。雑魚っすね」
その声に嘲りも侮りも哀れみも籠もってはいない。只、感じ取った事を呟いただけだった。
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