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魔女の幸福

 私の初恋、初めて抱いた異性への好意。忌み嫌われて育った下級貴族の私がずっと上の貴族のロノスさんと仲良くして貰い、こうして一緒のグリフォンに乗ってサーカスに行くだなんて夢みたいだ。いや、そもそも今までの人生が悪夢だったのだろう。


 闇属性? 黒髪黒目? そんな私にも母にも何の責任が無い事で何故嫌われなければならない? 何故虐げられなければならない? それさえなければ貧乏な下級貴族としての幸せは……幸せ…は……。


「ロノスさん。私、こうしているだけで幸せなんです。貴方と会えて、こうして仲良くなれて、こうして貴方に恋をして……」


 多分……いや、普通の貴族として生まれたなら絶対に彼とは仲良くも出来ず、精々が一度挨拶をする位。只でさえ彼には少しでも近付きたいと思う人は多く居て、そんな連中が私に積極的に嫌がらせをしている程だ。普通に考えて上級なら普通に話しかける機会があって、その取り巻きなら挨拶を一緒に出来て、下級なら運が良ければ……。


 本来なら顔を覚えて貰えるかも分からない関係。それがこんな関係になれるのだから闇属性に生まれて良かったとさえ思う。これが都合の良い泡沫の夢でない事を珍しく神に祈り、思いを口にしながら彼の背中に強く抱き付く。



 ……あの私と同じ闇属性の占い師の彼女の予言で友達を助ける手伝いをすれば私を好きになって貰えるだろうか? でも、何も起きなければそのまま流れで……。


 だって連れ込み宿だし、そんな展開を期待してちょっと用意しているし……。


「僕もアリアさんと知り合えて良かったと思うよ」


「それなら嬉しいです。本当に幸せで、こんな幸せがずっと続くと良いのに……」


 まあ、卒業すれば家の核の関係上、個人的に会いたくても軽々に会えない関係なのだが。しかし、世の中には例外だって存在する。私はその為に父だと名乗る男の申し出を断った。王の庶子の座より欲しいのは彼の側室、それこそ正式な妻でなく非公式な関係でも構わない。ずっと側に居られるのならば……。



「み、見えて来ましたよ。彼処がサーカスが開かれる街の”アッチーヤ”です。ポチ、そろそろ降りようか。直角急降下は……駄目だからね」


「キュイィィ……」


 ロノスさんに背後から強く抱き付けば向こうの動揺が伝わって来る。私の髪や瞳を見れば嫌悪や侮蔑、恐怖の眼差しを向ける連中が別の感情、どちらにしても鬱陶しいのを注ぐ場所である胸が強く彼の背中に押し付けられ、互いの鼓動が高鳴るのを感じさせられた。


 そうか、矢張りロノスさんも私の胸は気になるのか。他の連中に向けられる欲情の視線は鬱陶しいだけなのに、彼になら向けられて構わないとさえ感じる。普段は重いし動いたら揺れるし暑い時は汗が溜まるから邪魔なだけで、リアスの胸が羨ましいとさえ感じるけれど、彼の心を射止める切欠になるのなら役に立つ。


「ロノスさんって大きな胸がお好きですか?」


「……嫌いではないね」


 少し答えるのに抵抗が有るのは恥ずかしいのか溺愛する妹が実に軽そうな胸囲をしているのかは知らないけれど、好きなら良かった。ちょっと意地悪をしてみた楽しさを感じている間にもポチが(少し残念そうに鳴きながらも)ゆっくりと街の前に降下して行く。


 二人きりの時間はもうこれで一旦終わりか。余計なトラブルを避ける為に持って来たカツラと色付き眼鏡を装着すればロノスさんも特徴的な銀髪をカツラで隠す。



「じゃあ、行こうか。先ずはポチを宿に預けないと。……ほんのちょっとだけ我慢してね、ポチ。帰ったら一日中遊んであげるからさ」


「キュイ!」


 まるで今生の別れみたいな雰囲気でロノスさんはポチを抱き締め、ポチは一日中遊んで貰えると聞いて上機嫌な様子で顔をすり付けている。周りがギョッとしているけれど、変装済みだから構わないのだろう。……そう思おうか。



「ロノスさん、今日は思いっ切り楽しみましょうね!」


「わわっ!?」


 ポチを宿に預けた後も名残惜しそうに何度も振り返る彼の意識を私に向ける為、手を握った勢いのまま腕に抱きついて笑顔を向ける。胸で腕が挟まるように抱き付いて、歩きにくいとかいう意見は聞こえない振りをさせて貰おう。鬱陶しい他の生徒が体で取り入っていると噂を立てるけれど、彼の気を引けるのなら構わない。彼の私への認識はまだまだ友達だけれど、少しは異性として見て貰えている……筈。


 それが少しは異性として見て貰えるように頑張ろう。……正直言って本で読むのは好きだけれど、こうして実際にするのは結構恥ずかしい。男相手に密着するからではなく、彼だから恥ずかしいのだ。普段は完全に死に絶えたと思っていた私の心は彼と共に居れば蘇る。私は”魔女”から”普通の女の子”になれる。


 ああ、なんと幸福な事なのだろう。今までの人生では足を引っ張っているだけの要素もロノスさんと共に居られる理由になるのなら受け入れよう。正直、魔女だの何だのと忌み嫌われていなければ祖父母は私を金持ちのスケベ親爺に妾や後妻として売り渡していた可能性も有るし……。


 ただ、それだけに不安になる。




「えっと、今更だけれど大丈夫なのですか? 闇属性の私と仲良くしたり、プルートさんを雇ったりして……」


「プルートの場合はデメリット以上のメリットが有るし、アリアさんの場合は優秀な人材になり得るって評価だから大丈夫。神獣って分かり易い敵が居て、それに有利なのはアリアさん達だからね。僕達の代で闇属性の悪評を覆そう。それれに……いや、なんでもない」


「ええ、分かりました。最後のは聞こえなかった事にしますね」


 最後は言葉を濁らせたし、きっと言うべきではないのだろう。それは私関係で、黙っておくのは今だけだと思う。……もしかして。


 取り敢えず今は知らんぷり知らんぷり。こんな所で気遣いが可能な所を見せておこう。


「助かるよ。秘密にすべき事って、その存在自体が秘密だからね。口を滑らせるなんて情けない。……君って僕の仲では既に身内認定なのかなあ?」


 ああ、良かった。私は彼の側に居ても大丈夫らしい。それどころか……。



 ”身内認定しているって、まるでお嫁さんになったみたいですね”、そんな冗談も平民なら兎も角、貴族の間なら言わないのがマナーだ。貴族にとって婚姻ってのは重要な物だから。


 でも、それを笑って受け入れて貰えた上で本当に結婚するかって返しをして貰えたらどれ程幸せな事だろうか……。






「ロノスさん、ロノスさん! あれって何でしょうかっ! 凄く良い匂いがしますよ!」


「はいはい。落ち着こうね。屋台は逃げないからさ」


 ロノスさんとのデートならどんな場所でも楽しいと思える自身があるが、ルメス家の貧しい領地と学園のある街以外は行った経験が殆ど無いし、ましてや遊び歩く余裕なんて一切無かったからか、流石大公家の領地なだけあって目を引く物が沢山有る。……はしたないと思うが彼方此方の屋台で食べ歩きがしたい気分だ。


「今はサーカスが来ているし稼ぎ時なのかな? 僕の所もメイド長が五月蠅いから間食でお腹一杯になるだなんて無理だけれど、今日は良いよね。片っ端から回ろうか!」


「はい!」


 ああ、なんて私は幸せなんだろう。今までの人生はこの幸福の対価だと言われたら納得してしまいそうだ。


「おや、カップルでサーカスを見に来たのかい? あのサーカスは評判だからね」


 ロノスさんの腕に抱き付いたまま屋台に向かえば恋人に間違われ、変装しているし否定するのも面倒なのか彼は否定しない。まるで本当に恋人になれた気分だった。この時間が永遠に続いて欲しいとさえ思い、更に先に進んで欲しいとも思う。我ながら欲張りな事だ。




 でも、そんな幸せな気分を台無しにするお邪魔虫が現れた。



「えー!? リンゴ味は売り切れっすかっ!? そりゃ無いっすよ~」


 何やら評判らしい飴細工の店で私はリンゴ味の熊の形のを買ったのだが、店のテーブルで舐める前に眺めているとカウンターの方で何やら騒がしい声。な


「何でしょう? ……え?」


 私の目の錯覚だろうか? 水着コートの痴女が居た。

千二百八十突破! いけるぞ 応援ありがとうございます!

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