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愚者

 ……実際の所、私はその事に気が付いていた。気が付いた上でそんな筈が無いと否定して、目を逸らしていたの。


「ニーア、僕は君が好きだ。立場なんか関係無い。君の為ならば家だって捨てられる」


 私がお姫様だとか、貴族である家とか、そんな事は本当に無関係で私の事を愛してくれているってのは本当で、それでも時々別の表情を覗かせていたヴァール。彼は私じゃなくて私が持っている物を見ている時があって、自分の家に関して嫌悪感さえ覚えているのを感じさせて、私と一緒になる事に野心を持っているって言葉では語らずに教えてくれた。


 彼は何時もは嘘は口にしていない。でも、心が傾いて嘘になっちゃう時があって、私はそれを見ない事にした。


 だって私はヴァールが好き。彼は私の初恋の相手で、ずっとこんな出会いに憧れていた。だから気にしないの。彼が私自身が好きだって言ってくれているのは本当で、日に日に野心的な部分が強まっているだなんて私は知らない。


 私は本当に彼の事が好き。偶々危ない所を救っただけなのにお礼を直接言う為に通い続ける誠実な所とか、私に好きって言ってくれる所とか。好きになった切っ掛けは初めて男の人と何日も会い続けてお話をしていたから。彼に恋したんじゃなく、恋に恋をしていた結果、ヴァールが好きになって行ったんだって、そんな事は……多分ないわ。



 彼が好きになった時とは違っても、この恋が本当の恋心から始まったのか疑問に思えても、私は知らない振りをして過ごす。だって彼との日々は楽しいから。領域の管理のお仕事があるから毎日は会えないけれど、休日にはヴァールが会いに来てくれる。


「……ちょっと困った事になった。本当に家を捨てる時かも知れない」


 そんなある日の事、ヴァールから聞かされた急なお知らせ。親から持ち込まれた縁談話。相手は親子くらいに歳の離れた人。……これでお別れ? そんなの嫌。




「ねえ、ヴァール。ちょっとだけ目を閉じてくれる?」


 だから指先を触るだけの関係だったのに、二歩も三歩も進んで彼にキスをした。妖精の姫にとって重要な意味を持つ祝福のキス。私は未熟だから何かしらの効果を与える事は未だ無理だけれど、これでヴァールをターニアに連れて行ける。国の皆に、母上に認めて貰って、そうすればずっと一緒に居られるから。


 これは私の恋。恋に恋していた私の初恋。この心地良い日々を手放したくはない。少し不安だけれど皆もヴァールの事を認めてくれる、そんな風に考えていた……。





「アース王国の貴族!?」


「ニーア姫様が誑かされた!」


「……本気ですか?」

 

 そんな都合の良い考えは拒絶という現実に押し潰され、久々に会った姉上には今まで何の相談も無かった事を叱られた。ヴァールを好きになった事じゃなく、私の立場が悪くなるのに頼ってくれなかった事を。


 その途中、ヴァールは一度だけ口を挟んだけれど、直ぐに黙らされて……。


 ねえ、私はもっと庇って欲しかったな。二人して決めた事なのに、どうして黙ったの? 拒絶されても諦めないって誓ったのに。



 ヴァールに抱いた小さな不信感。それは姉上とロノスさんとの仲の良さを見せられる間ずっと強くなって行く。母上からの重圧を受けながら飛んでいる間もヴァールは私に掴まるように言ってくれなかった。姉上がロノスさんの肩に乗っているんだし、結婚の許しを得に行く今なら構わないのに。



 でも、こんな不満は一方的な物。先に謁見の間に入り、門の前に映し出された室内の様子から歓迎されている姉上達の姿を眺めていた時、急に声が聞こえた。




「冗談だ。ふふん、ちゃんと庇えるな。ニーア達とは大違いだ」



 ああ、そうだ。私、ヴァールの椅子が無い事に怒るのを直ぐに諦めた。好きなのに、愛しているのに、そんな相手への対応になんで怒り続けられなかったの?


「私達、似た者同士だわ……」


 少しも嬉しくない気付き。互いに愛している筈なのに肝心の所で尻込みして相手を庇えない。保身を優先する二人。ちょっと不安になった時、ヴァールが何かを呟いていた。私が彼の方を向けば素敵な言葉を言ってくれたけれど何故か心に染み渡らない。



 ……どうして? だって私はヴァールの事が本当に好き……な筈なのに。今まで受けた拒絶が私の恋を偽物だと、恋をするという状況に恋をしてときめいていただけだと嘲笑っている気がした。


 そんな筈がない。そんな筈があって良い筈がない。なのに……。



「あれ?」



 何時の間にか母上から受ける重圧は消えていて体が楽になっていたけれど、別の物が私の心に重くのし掛かる。どれだけ否定したくても心の中を渦巻く迷いから逃れたくて私はヴァールの方を向こうとして、騎士達に目を塞がれた。


「え!? な、何ですか!?」


「ニーア姫、此方に!」


「増援を呼べ! 女王様の所には決して行かせるな!」


 何か起きているの? 騎士達は慌ただしく動き、私をこの場から一刻も早く避難させようとしている。さっきまでヴァールが居た方向から感じるのは神様の力の気配で、私が管理する領域で拾ったチラシに込められたのと同じ物。気が付けば内ポケットに入れていたチラシが無くなっている。もしかして私が持ち込んじゃったチラシのせい?


「……ヴァールは? ヴァールはどうなったの?」


 騎士達に運ばれる私は直ぐに曲がり角を曲がって遠ざかり、ヴァールに何があったのか見えない。私の問い掛けにも騎士達は答えてくれなかった。


 まさかヴァールになにかあったの? 私に見せられない何かが……。大丈夫だよね? だってヴァールと約束したもん。二人で幸せになろうって……。




「ブゥオォオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 曲がり角の向こうから聞こえて来た獣の嘶き。それと騎士達の掛け声と一緒に武器を振るったり魔法を放ったりする音が聞こえて来たわヴァールの声は悲鳴すら聞こえない。幾ら嫌われていても何かが起きたなら見捨てられる訳が無いのに……。


 今この瞬間にも駆け足の音が聞こえ、心配させてごめんって言いながらヴァールが顔を見せるのを待つんだけれど、そんな事が起きないまま遠ざかって行くばかり。


「……やだ。やだやだやだやだ。ヴァールが死んじゃうなんて……やだ」


 実は目を塞がれる直前にちょっとだけ見えてたの。ヴァールの体が急に何かに貫かれて、それを中心に別の何かに変わっていくのを。


 そんな事、絶対に受け入れたくない。だから自分を誤魔化して見なかった事にした。初恋だったのに。好きだったのに。幸せな将来を夢見ていたのに。なのになのになのになのになのに……ヴァールが死んじゃっただなんて。もう、会えないだなんて……



「いやーーーーーーーー!」


 城の廊下に私の悲鳴が響くけれど、激しさを増す戦闘音で直ぐにかき消された。






「さて、ロノスよ。娘からの祝福の恩恵はどうだ? 散々受けたならば本当に娶って貰いたいのだがな」


 まるで水みたいに酒を流し込む女王様が不意にそんな事を言って来た。祝福の恩恵か。……困った。力のある妖精なら祝福の時に何か効果が有るって聞いているけれど、その内容は聞いていない。


 助けを求めてレキアを横目で見るんだけれど、あからさまに顔を背けられる。うわっ、自分が伝え忘れた癖に僕を見捨てる気か!? どうしようか。女王様、凄く上機嫌で訊いてきてるのに、恩恵の内容を知りませんとか言えないぞ。


 酔っ払いの扱いは面倒だよね、本当に。相手の方が立場が上なら尚更だ。


「……む? おい、どうした? 個人で内容は違うがレキアのは格別の内容だ。貴様も随分と助かっているのだろう? 余としてはゼース殿の孫である貴様とレキアが夫婦になれば安泰なのだがな」


 女王様は急に落ち着いた口調で告げて来る。い、言いにくい。段々言い出すのが無理になって行く! この真剣な人相手に聞いてないとか言える勇気は僕には無いよ!


 こんな時こそ舌先三寸で誤魔化してこそなんだけれど、女王様とはそれなりの付き合いだから下手な嘘は通じない。そして見破られたら間違い無く怒るぞ、この人。



「あ、あの、女王様。実は……」


 まあ、ここは正直に言おう。よく考えれば伝え忘れてたレキアの責任だ。僕、知ーらない。偶には母親に叱られれば良いよ。



「何だ? まさか大して役に立っていないと? 余の見立てではそこそこ役に立つと思ったのだがな。レキア、こうなったら抱かれろ」


「ふわっ!?」


 この人、一体何を言ってるんだ!? 完全に酔っ払ってるな、これは。だから思った通りの返答が来なくって気に入らないんだ。


「は、母上!? そんな事は正式に結婚してからで……」


「じゃあ祝福の重ね掛けだ。今すぐしろ。はい、決定。キース! キース! ……と言いたい所だが無粋な客人だな」


 完全に目が据わった状態だった女王様、キスしろとはやし立てての手拍子だ。僕とレキアはどうやって断ろうか迷っていたんだけれど、その必要は無かった。理由が理由なだけに良かったとは言えないんだけれど。


 女王様は急に酔いが醒めた感じになり、一瞬で剣呑な瞳を扉の方に向ける。視線の先を追えば誰かが立っていた。其奴に僕もレキアも見覚えがある。最近会ったばかりの奴だ。


「サマエル!」


「ふん! 相も変わらず無粋な奴め。前回と違い今回は最悪のタイミングだな」


 そう、神獣将が一人、サマエルが室内でリンゴの日傘を開いて立っていた。……あれ? 何か震えている気が。それに今にも泣きそうだけれど、なんで?




「だ、誰がブスな客人じゃ! 私様は美少女じゃぞ!」


 相変わらず馬鹿かあ……。ブスじゃなくって無粋って言ったんだけれど勘違いして泣いちゃったんだ。彼女、神の側近だよね? うわぁ……。



「何だ。彼奴、馬鹿か。レキア、ロノス、適当に相手せぬとお前達も馬鹿になるぞ」


 言っちゃった……。女王様ったら言っちゃった……。



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