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タガタメ? ワガタメ?

 この城に到着した時から感じていた重圧はまるで人一人背負っているみたいで、疲労からか服の下で汗が滲み息が乱れる。座り込んでしまいたかったけれど用意された椅子は妖精用の小さな物。僕が座れば壊れてしまいそうで、だからと床に座り込む訳にもいかず、せめてもと壁に寄りかかる。


「ヴァール、大丈夫? ゴメンね。椅子を用意して貰えなくって」


「いや、良いよ。歓迎されないのは分かっていたから」


 僕と同じく重圧が掛かりっぱなしのニーアも椅子に座ってはいるけれど疲れた様子で僕を心配そうに見上げる。彼女は彼女でこんな重圧を受けながら飛んでいたんだから負担は大きいのだろう。そんな彼女の姿にも騎士達は眉一つ動かす様子は見せない。


 拒絶されるのは予想していた。でも、僕達が姿を見せた時の妖精達の姿は予想を超えて敵対的で、実の娘を巻き込んでまでのこの対応。言外に”帰れ”と言われているんだろうな。


「……はあ」


 ニーアと一緒になれるのなら僕は家を捨てる覚悟を決めていたけれど、今までの人生で他人から此処まで拒絶されたのは初めてだ。心は折れそうになり、溜め息が出てしまう。


 妖精の女王様が待っている謁見の間の扉に目を向ければ中の様子が宙に映し出されていた。羨ましいと嫉妬する程に僕達とは対応が違う二人の姿から目が離せない。ああ、何で僕達と此処まで扱いが違うんだ? ニーアだって妖精族の姫なのに……。


「矢っ張り姉上は心の底からあの人が好きなんだ……」


 姿は映し出されても声は聞こえない。でも、表情を見ればあの二人がどれだけ仲が良くて、そして女王様に認められているのが分かる。ニーアが羨ましがる筈だよ。だってお姉さんのレキアさんはオベロン候補の肩に乗っていたんだから。


 それが妖精の間ではどんな意味を持つか知っている。ちょっと前にニーアから教えて貰ったからね。



「肩に乗らないか? だ、駄目! 恥ずかしいよ……」


 あれはニーアと出会い、管理する領域内部での散歩デートの途中の事、肩に乗ったら楽そうに思えたから提案したんだけれど、ニーアったら急に恥ずかしそうに叫ぶと木の陰に隠れちゃったんだ。


「肩に乗るのって恥ずかしい事なの?」


「う、うん。だって肩に乗る……つまり座るって事はお尻を当てるんだよ?」


「……あっ」


 言われてみて初めて気が付いたけれど、確かに肩に乗ろうとすれば座るかうつ伏せになるか、どっちにしろ密着するのに変わりない。今の僕達は僕の指先にニーアが触れる程度の段階だし、それが急に腕に抱きついてみないかって提案したのと同じだ。



「……ご、ごめんね? その、下心があった訳じゃないんだよ」


「うん、分かってる。私も説明が遅れてごめんね? 妖精が人の肩に乗るのって愛情表現の方でも強い方なの。”好き好き大好き愛してる”って語り掛け続けるのと同じだから」


「う、うん……」


 話を聞く前は何となく提案する軽い認識だったのに、こうやって詳しく提案されると途端に恥ずかしくなって来た。だって僕達って手を握ってのデートでさえ未だやってないのに、最後の方まで一気に進もうと言ったのと同じなんだから……。


「私、ヴァールがす…好き。で、でも今は恥ずかしい…から……。肩に乗るのはもうちょっと待って…くれる?」


 恥ずかしそうに目を逸らすニーアと同じく僕も顔を真っ直ぐ見詰める事が出来ない状態で頷く。



「その内、君の家族に挨拶をしに行こう。アース王国の貴族が嫌われていても関係無いよ。僕達は愛し合っているんだから」


「ヴァール……」


 どんな困難が試練として立ちふさがっても僕とニーアなら乗り越えられる、本当に心の底から思っていた。そしてターニアまで一緒に向かう決意をしたのがつい先日。何でも神様の眷属に手助けをしてくれる約束を結んで貰い勇気が出たとか。



 僕も父から”そろそろ婚約者を決めねばならぬ”と言われ焦っていた所だ。どうせ行き遅れの凄い年上だろう。妖精との関係を考えれば反対は目に見えていて、僕達が和気和解の切っ掛けになれるとも思わない。だから黙ったまま一緒に来て、許しを得たら実家に別れの挨拶をする……その予定だったのに。



「僕はどうすれば良いんだ?」


 ニーアはお姫様だ。だからターニアと縁を切るのは無理だろう。僕なら可能だ。でも、肝心要の許しが得られるのか迷いが生じていた。二人で逃げる? ははっ! そんなの絶対無理だ。僕じゃニーアを守ってあげられない……。


 実家は外交官……但し立場が下の下。辺境の立場が低い貴族相手の所に行かされるような立場で、貴族としての地位が低い相手にもペコペコしている姿を見るのが苦痛だった。家の地位が地位だからか領地も貧しく、同年代が既に将来の結婚相手を決めている中、自分だけ見つからないのが屈辱だったんだ。何時か周りを見返せるだけの相手を見付けたかった。


 だから鬱憤を晴らす為に出た先でモンスターに襲われた時、怖かった。こんな惨めなまま生涯を終えるのかって。

そして 彼女に出会った……。




 命を救って貰った時、彼女の儚げな美しさに惹かれた。別れた後も彼女が忘れられなかった。言葉を交わして更に想いは募った。この歳まで婚約者が決まらない事がコンプレックスで、彼女のような王族と婚約出来れば周りを見返せると思った。妖精と王国の関係修復を期待されて地位向上だって可能だとも思っていた。


 こんな筈じゃなかった。もっと上手く行くはずだった。ああ、どうして駄目なんだ? このままじゃ笑い物だ。……邪魔する人さえ居なければ、それこそニーア以外の王族が……はっ!



「僕は何を恐ろしい事を……」


 自分の思考が行き着いた結論に怯える。周りが望む将来の障害になっているのなら、その障害を取り除けば良いだなんて。


「いや、しかし……」


 心配そうに僕を見つめる愛しい彼女の顔を見ていると、落ち込む姿を見せたくないと思って来た。家と懇意にしていた先代王妃のやらかしのせいで肩身が狭い思いをするだけの人生で終わるのを助けてくれたニーア。幼い頃から忌み嫌っているアース王国の貴族である僕と仲良くなってくれたニーア。そして、結婚が僕の人生に栄光をもたらしてくれるであろうニーア。


「ああ、僕は勘違いをしていたよ」


「ヴァール?」


「気にしないで。君と一緒になりたいって気持ちが強くなっただけだからさ」


 ターニアに来る為、僕と彼女は初めてキスをした。妖精として未熟らしい彼女の祝福は力のある同族と違って何か特殊な力を付与してはくれないけれど、恥ずかしそうに口元を隠すニーアは可愛かった。


 さっきから僕は何を考えていた? 自分の事ばかりじゃないか。それじゃ駄目だ。僕が考えるべきはニーアの幸せだ。ニーアの幸せな結婚の為、それの障害になる物を取り除く、それが正しいんだ。


 惚れた相手の為、愛しい人の幸せの為、邪魔な物を排除する、それが間違いな筈が無いのだから……。


 自分が何をすべきかは分かったけれど、それはどうやって行うのかは分からない。さて、どうするべきかと悩んだ時、ニーアのドレスの一部分が淡く光る。確かターニアに来る直前に領域内部で見付けたチラシ。願いを叶えるという文字と共にリンゴに巻き付く蛇が描かれていて、ニーア曰わく神の力を僅かに感じるらしい。


 そんな物が急に光ったと思えば僕は見知らぬ空間に立っていた。周囲一面が真っ白で地平線の果てまで続いている。そしてこの空間に居るのは僕だけじゃなく、見知らぬ少女。


「にょほほほほ! よくぞ私様を呼び出したのじゃ。我が名はサマエル。光の女神リュキ様直属の配下じゃ。さて、早速であるが願いを叶えてやろう。ささっ! 改めて願いを口にするのじゃ!」


 彼女からは神の配下と云うのを信じてしまう何かがある。僕は全く疑う事無く願いを口にした。ニーアの幸せな結婚の邪魔を全て消して欲しいと。





「良いじゃろう。では……死ね」


「へ?」


 あれ? 何で僕の胸に何かが突き刺さって……。


 急に感じた激痛。胸元を見れば純白の角らしき物が刺さっている。




「何じゃ、気が付かなかったか? お主こそがニーアとやらの幸せにとって最大の邪魔。ほれ、願いは叶えたし……私様の部下が復活する為の生け贄にしてやろう。復活せよ……あれ? 奴の名前って何だっけ?」


 薄れゆく意識の中で思う。よりにもよってこんなのに殺されて終わるのかと……。

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