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母の呟き

 試験も終わって生徒達は羽を伸ばす為にさっさと学園から去って行く。だが、普段と比べて閑散としていても人は残っているものだ。これから試験の採点が待っている教師陣、特に一年生の担当は臨海学校の準備もあるので忙しい。そして忙しいのは教師だけではなくて一部の生徒も同じ。学生の代表である生徒会のメンバーも多忙を極めているものだ。


「会長! 追試間違い無しの生徒が怒っています! ”私を誰だと思っている!”だそうです」


「試験を受けずに遊びほうけた上に酔って大喧嘩した馬鹿だと言ってやれ。曲がりなりにもこの学園の生徒なら家の地位は関係無い。生徒は平等だと知っているだろうに。建て前だけで形骸化しているとはいえな。それでも実家が何とか言って来たら教師に回せ。と言うか、担任ではなく生徒会に文句を言って来ている時点でお察しだ。大事にされたくないのだろうさ」


「あの~、校庭で決闘騒ぎが。痴情のもつれらしくって……」


「止めろ! 校内での申請無しの決闘は禁止だ。何処かの馬鹿共が手続きとか無しでやったがな! それも入学早々に!」


 その馬鹿は会長であるジョセフ・クローニンの従姉妹であり、アザエル学園が在るアース王国の王子である。生徒会のメンバーはそれが分かっているが敢えて指摘しない。机の上に積まれた書類の山、そして山。生徒会の仕事は教師の補助の他に教師の介入無しに生徒間のトラブルを解決する事。あくまでも生徒間のトラブルで済ますのだ。

 そして例年ならば自重して問題を起こす生徒は少ないし、貴族の家だけあって後々の問題となる事から教師が裏で解決して来たのだが、どうも今年は問題が多い。


「この3ヶ月余りの間に去年一年分より問題発生件数が多いだと……」


「会長! メーガネ書記が倒れました!」


「寝かせてやれ。起きたら寝た時間の分仕事を与える。……ぐっ。何で私が生徒会長になった途端にこんなに問題が山積みになるんだ?」


「まるで物語が始まったみたいですよね。王子とか大公とか伝説級の属性使いが入学して来るとか」


「……不穏な事は口にするな。もしその通りになれば今後も問題が多発するって事だ。……胃が壊れるぞ」


「もう半分壊れてます。最近の胃薬って凄いですね……」


「ああ、恨めしい程にな……」


「仮にこの世界が物語なら尺稼ぎの一幕しか出番の無いモブが良いです」


「激しく同意だ」


 生徒会メンバーは揃って遠い目で空を見上げる。雲一つ存在しない青い空。翼を持っていれば窓から飛び出したい気分だった。




「会長! 試験が終わって気が緩んだ馬鹿共が酒場で酔って大喧嘩だそうです!」


「警備隊が動くより前に鎮圧するぞ。……本当に胃が痛い。この世に神の救いは無いのだろうか。ああ、リュキ様。どうか私に平穏を……」


 だが現実は非常である。風属性の魔法ならば飛行が可能な者も居るのだろうが、先程潰れた書記だけが風属性。そして問題は今後も起き続ける。尚、彼が祈った対象である女神リュキが創り出した存在と切り捨てた悪心こそが今後起きる問題の原因であるのだが、胃の為にも知らない方が良いだろう。



「……恋人でも居れば少しはマシだったのだろうがな」


「まあ、多忙ですので破局は目に見えていますがね。実際にそれを体験したから分かります」


「そうか、そうだよな……」


 どちらにしても彼の胃はダメージを受け続けるのではあるが。この後、本当に警備隊が到着するよりも早く生徒会メンバーの手によって馬鹿な生徒達は鎮圧されるのだが、鬱憤を晴らす為かその気迫や凄まじい物だったらしい。尚、当然ながら書類作業はストップしたので戻るなり死んだ目になる。






「……さて、お前達に言うべき事はこの程度だな。ふふん。中々有意義な時間であったぞ」


「まあ、そうでしょうね、母上」


 女王様に弄くられるだけ弄くられたレキアが不満そうにして、女王様はそれさえも面白そうに眺めている。この親子、立場上は勿論だけれど、こう云った面でも力関係がハッキリしているんだよな。端から見ているだけなら面白いんだけれどね。


 じゃあ、話し合いも終わったし、次はニーアとヴァールの番かな? 重圧を掛けた状態でヴァールの分の椅子を用意してないとか地味な嫌がらせしていたし、さっきハッキリと仲を認めないと口にしたからなあ、女王様。何を言われるのか予想出来るから同情しちゃうよ。僕は取りなす気は一切無いんだけれど。



「さて、では……軽い酒宴を始めようか」


「これは予想出来なかった……」


 女王様が指を鳴らせば目の前に現れる軽食と飲み物。ちゃんとレキアの分は妖精サイズになっていて、更に僕の分のグラスにはお酒じゃなくてアイスティーが注がれている。女王様のは少し離れても酒気が漂う程に強いお酒みたいだけれど。あっ、レキアのもだ。妖精ってお酒に強いの?


「母上、ニーア達は……」


「待たせておけば良い。それよりも偶には気晴らしに付き合え。女王という立場も楽ではないのでな。娘やその将来の夫候補と交流を深めるのも悪くあるまい。……それに普段なら”酒を飲むから下がれ”と命令も出来ぬしな」


「は、はあ……」


 愚痴を言いながら女王様はグラスの中の酒を一気に飲み干す。テーブルに叩きつけると中身は並々と注がれた状態に戻っていた。グラスの力? それとも女王様の魔法? 


「諦めるしかないか。母上が言い出したら従うしかない。ロノス、貴様にも迷惑を掛けるな。……夫候補というのは忘れてくれ」


「レキアが望むならそうするよ。悪い気はしないけれどね」


 さて、どっちにしろ付き合わない訳には行かない状況だし、ニーア達の事は忘れよう。


「そうか、悪い気はせぬか……」


「うん、しないね」


 それはそうと実際の話、レキアと結婚するのは政治的な面では悪くない。個人的な面では……嫌では無いんだけれど、今は友達として見ているからなあ。急にそれを結婚相手として見るのは難しいよ。気心は知れているし、可愛いし、本当に悪い気はしないんだけれどさ。


「私も貴様なら悪い気はせぬ。……言っておくが今直ぐ結婚したいとか、そんな意味では無いからな」


「くくく。相変わらずだな、娘よ。ほれ、次はこの酒を飲め。強い酒だぞ」


「いや、妾も酒は好きですが、そこまで強い酒は好みでは……」


「余の酒が飲めぬのか? 肩に止まる意味を喋っても良いのだぞ?」


 あ~あ、女王様ったら酔っ払ってもいないのに絡み酒だよ。これは酒の席での勢いが混じっているな。レキアの周囲を相当度数が強そうなグラスが舞っているし、レキアも困った様子だ。やれやれ……。


「女王様、その事については話さないってお話じゃ?」


 レキアが大変そうだし、僕は止めるべく間に入る。これで矛先が僕に向いたら困るんだけれど、友達の窮地を見捨てるのは駄目だ。眺めてたら面白くって、放置を選んだ所で特に被害も出ない時は除くけれど。例えばフリートがチェルシーに怒られている時とか。


「冗談だ。ふふん、ちゃんと庇えるな。ニーア達とは大違いだ」


 割って入った僕の姿に女王様は満足そうにしながらナッツを摘まみお酒で流し込む。一口飲む毎に匂いが変わっているから中身が違うんだろうけれど、口の中で味が混ざったりしないのかな?


 それはそうと”ちゃんと庇えるな”か。あー、うん、確かに重圧を受けて飛んでいるニーアを掴まらせるとか、椅子が無い事にもっと怒るとか、細かい所を上げれば次々に出て来る。


「……もしかして嫌がらせの意味って」


「さてな。余は酒の席で呟いているだけだ。これを二人が聞けたとしても知った事ではないが、ついでに一言。……惚れた女との仲を認めて貰えぬだろうからと家族を捨てる決断をしたような者に家族を任せる気にはなれぬ。簡単に諦める根性無しがどうやって愛する者を守るのだ?」


 その呟きは僕達ではなく、此処に居ない誰かに語りかけるようだった……。

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