茨の道の恋
何と言うべきか、妖精族とアース王国との間の問題って根深いんだよなあ。レキアの末の妹であるニーアとアース王国貴族だというヴァールの恋を巡っての問題に対し、黙っていた事に本気で怒っているレキアの姿を眺めながら僕は居心地の悪さを感じていた。
「……うーん、この部外者感。いや、実際に部外者なんだけれど」
ヴァールが同国の貴族だったならクヴァイル家として何らかの関わりを持つんだろうけれど、彼はアース王国の貴族であり、ニーアだって祖国と仲が良い妖精族のお姫様だけれど僕とは顔見知り程度。長女であるレキアとは友達だけれど、友達の妹と外国の貴族の周囲から反対される恋に対して首を突っ込む訳にも行かない。
「あ、あの。君って確か王妃様の甥っ子の……」
「ああ、そうだね。確かに叔母上様が現王妃だけれど、其方は上級生?」
「う、うん。三年生です……」
叱りつけるレキアと落ち込んだ様子で時折言い訳をするニーア。その勢いに圧されたのか一度は口を開いたヴァールも所在無さそうにして、完全に蚊帳の外だった僕に話し掛ける程にその勢いは凄まじい。まあ、レキアの迫力が凄いだけでニーアの方は気弱な態度なだけなんだけれど、此処で口を挟めないと彼の恋は難しそうだ。
「会話に入らないの?」
「え、えっと、入る隙が無いというか……」
彼の顔は確か舞踏会で一度見ている。ダンスの合間に挨拶に来ていた貴族の中、何人かの後ろの方で固まって挨拶していたグループの一人だ。つまりは貴族としての地位はそれほど高くない。うーん、大丈夫かな? これは恋の障害は妖精族の持つアース王国貴族への敵愾心だけじゃ済まないんだけれど……。
「不躾な質問だし、答えたくなければ別に良いんだけれど、実家の方は君とニーアの恋については……いや、その態度で大体分かった。言えてすらないのか」
僕に問い掛けにヴァールが返した反応は無言で俯くという物。この時点で丸分かりなんだけれど、反対するのは妖精族だけじゃないって事だ。三百年前のやらかしから妖精族に嫌われたアース王国の貴族だけれど、そのせいで酷い目に遭うものだから妖精族には苦手意識を持っている。大公家のフリートですらそうなんだし、父親のお供で向かった帝国で暫く通い詰めるって事は外交官の役目も持っている一族だろう。
「……分かっています。家族からは反対されるって。貴族の結婚って本人同士以外に家同士の契約でもあるから。ニーアと二人で妖精族とアース王国の関係を変えられるとも思っていないし……」
思えないって事に情けないとは思わない。なにせ長年続いて互いの心に染み着いた軋轢だ。王族の一人が恋に落ちたから今日からは仲良く手に手を取って、とは行くはずがない。下手すればお姫様がアース王国貴族に誑かされたって余計に嫌われるだけだ。それが分かっているから今まで黙っていたけれど、今日は決心し、個人だけでも受け入れて貰いたいって所かな?
「君、家を出るの?」
「……はい。家には弟も居ますし、v未だ婚約者も居ませんから」
「下手すれば妖精に連れ去られたって思われるよ?」
「……はい」
想定済みか。家を出て、何とかターニアの民に受け入れて貰った後は妖精の領域で暮らす予定って所だったのかな? 街での反応からして茨の道じゃなくって有刺鉄線(電流付き)の道って所だけどさ。
「まあ、僕からはこれ以上何も言う気は無いし、此処から先は君達の問題だ。だから反対も手助けもしない。それだけの困難だって分かっていた筈だからね」
実際はニーアを庇って話に割り込めない時点で覚悟に疑いの余地有りだけれど、僕が口を挟む事じゃない。恋は盲目、今の二人に何を言っても馬の耳に念仏って奴だ。まあ、これから引き裂かれるのか、それとも恋を貫くのか、それは二人の問題だ。
……ニーアが次期女王になれば強引にでも結婚が可能なんだけれど、能力以前にヴァールとの恋がそれを邪魔する。
「皮肉な話だよ」
恋の障害を無理矢理にでも突破する方法が有っても、それを達成する為の障害がその恋なんだからさ。さて、姉妹の話もそろそろ終わりみたいだ。今はレキアがニーアをだきしめ、ニーアが泣きながら謝っているし。
「……あのお姉さんが女王になれば二人の恋を認めて貰えるのでしょうか」
「さあね。レキアは確かに姉妹愛が強い子だけれど、同時に王族としての誇りも強い。個人的な感情を優先するかどうかは分からないさ」
いい加減アース王国との仲を改善する時期と彼女が考え、叔母上様が王妃である事を理由にしても抱き続けた敵愾心は簡単には消えない。何せ幼い頃から教わり、警告の魔法さえ反応する相手だ。時間が掛かりそうだね。
「さて、城の方から迎えが来たみたいだし話は此処までだけれど、一応言っておこう。僕はレキアの味方だ。君達のせいで彼女が傷付くのなら敵と見なす可能性は否定しないよ」
わざわざ言う事じゃないし、心に仕舞って置くべきと分かっている言葉だ。でも、言っておかなければ駄目だとも思う。遠目に妖精騎士の姿を捉えつつ投げ掛けた言葉に対し、ヴァールは黙ったままだった。……此処で無言か。これは本当に苦労しそうだな。
ヴァールは家を捨てる覚悟を決めたって言っているけれど、いざニーアの家族と対面すれば決意を伝える為に強く出れていないし、ニーアはニーアで覚悟が足りていない。自分達だけの問題だと……っと、いけないいけない。
今回は関わり合いにならない予定だったのに、顔見知りな上に友達の妹が関わっているからついつい心配しちゃってるよ。僕は僕で決意がグラグラだなって思っていた頃に騎士達が到着した。
「レキア姫、ニーア姫。そしてオベロン候補候補の方々。女王様の命令によってお迎えに上がりました」
現れたのは甲冑を身に纏い、兜とバイザーで頭を守った妖精の女騎士達。彼女達が囲むのは僕達四人が乗っても余裕な暗いに大きい馬車。質感リアルなカボチャの馬車で、馬が居ないのに動く上に宙に浮いていたその車体を地面に下ろし、扉を開けて座るように誘った。
「所で扉が変わっているね……」
地面に垂直に開くカボチャの馬車の扉。確かガルウイングだっけ?
「母上の趣味だ。何か文句でも?」
「いや、別に……」
内装は普通に豪華だ。それにしてもカボチャかあ。この大陸には醤油がないから長い間煮付けを食べてないんだよね。偶に裏で流れる桃幻郷産のでレナスが作ってくれたっけ。前世ではお姉ちゃんがカボチャ嫌いだから滅多に作ってくれなかった。
ヴァールへの敵意は感じないけれど、騎士としての滅私奉公なのか隠しているだけなのか分からない。
「レキア、そういえば足は大丈夫?」
ニーアと話している最中も抱き締めた時も座りっぱなしだった彼女だけれど、ターニアに来てからずっとお姫様抱っこをしていたのは足を捻ったからだ。だから心配したのだけれど、知られたくないだろうから小声で訊ねれば無言で両手を伸ばされる。
あー、はいはい。お姫様抱っこ継続って事だね。妹やお迎えの騎士達の前でまで続ける事よりも足を捻って歩けなかった事を知られる方が屈辱なのか、僕にこうして抱っこされる事に抵抗が無いのかは分からないけれど一度引き受けたからには続けさせては貰うよ。
「ちょっと失礼。今日はこうやって運んでデートする約束だったんだ。女王様の御前までは続けさせて貰うよ」
一応説明。心なしかレキアは嬉しそうだ。何故だろう?
「はっ!」
流石騎士、一切動揺を見せはしないな。僕がレキアをお姫様抱っこで運んでも無反応。背後でニーアが驚いているけれど。
「あ、姉上!? だ、大胆です。私も何時か……」
「分かったよ、ニーア。何時か必ず」
そりゃ威厳のある尊敬していた姉が人前でお姫様抱っこされていたら驚くよね。僕もレナスが旦那さんにされていたら……あっ、駄目だ。あの人の場合はしている姿しか浮かばない。
うん、それにしても本当の事を言いだし辛い。どうやって説明すべきだろう? 説明、しなくて良いか。する方が恥ずかしいしさ。
「では、参りましょう」
僕達が座ったのを確認すると妖精騎士達と共に馬車は宙に浮く。今から向かうのはターニアの中心であり、その威光と実際の光で国を照らす女王の城。球状の国の中心に浮かぶ光の玉に向かって行った。
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