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女神の誘惑

「……んあっ!? ああ、寝てたのね」


 気が付けばベッドに寝転んで天井を見上げていた。知らない天井……な訳は当然無く、アザエル学園に通う為に住み始めた屋敷の自室の天井。体のバネを使って飛び起き床に立つんだけれど体中が凝り固まった気がするわ。矢っ張り試験の為に何日も机に向かい続けた疲労が一気に来てるのね。


「慣れない事はするもんじゃないわ。後で熊でも狩りに行って体を解さなくちゃ。あっ、ヨダレ」


 鏡を見れば髪は跳ねて頬には枕の跡、口元は寝ヨダレ。仕方が無いので手櫛で直してそのまま手で拭く。これも全部勉強で疲れた影響よ。凶暴な野生のドラゴンを狩れって修行メニューだって此処まで疲れた事はなかったのに。


「さてと、オヤツの前に軽い運動で狩りに行くのは決定として、お昼ご飯は食べ足りなかったし厨房に忍び込んで……いや、絶対にメイド長が見張っているわ」


 試験が終わったのがお昼前で、屋敷に帰ってから半分寝た状態でご飯を食べたんだけれど眠いのが勝ったからおかわりはしなかったのよね。お陰でお兄ちゃんの倍位しか食べてないし、少し小腹が減っちゃった。


「うーん、どうにかして厨房に忍び込みたいけれど私が小腹空かせているのはバレてるだろうし、どうにかこうにかメイド長の目を誤魔化す方法は……絶対無理ね。諦めましょう。それだったらレナの部屋に遊びに行ってお菓子でも(勝手に)食べる方が良いわ。私も普段から常備しておこうかしら?」


 有るだけ食い尽くしてしまう私の姿を思い浮かべて即座に却下するんだけれど、考える程にお腹は減って行く。時計を見たら勉強疲れで寝落ちしちゃったのが一時間ちょっと前。こんな時間にメイドに軽食を頼めばお昼にちゃんと食べろってメイド長に叱られるし、三時まで我慢させられるわね。


「街で買い食い? あっ、お小遣い日前日だから全部使っちゃってる。お兄ちゃんは何か用事があるって言ってたし居ないから……」


 あーうー、考えて頭を使っていたら余計に甘い物が欲しくなって来ちゃったし、机にお菓子のストックの残りでもないかしら? 多分無いとは思うんだけれど一応探そうと引き出しを漁る。当然お菓子なんて出て来ず、代わりに出て来たのは花の香りがする丸薬だった。真っ赤なバラと同じ色だけれどこれって何かしら? ……飴玉みたいに甘かったかしらね?


「えっと、本当にこれって……あっ!」


 口の中に放り込んだら花の蜜の甘みが口の中に広まって幸せ気分。噛み砕いてしまいたいのを我慢して嘗めていたら何の薬か思い出した。そうだ。これってドライアドからお礼に貰った薬だわ。


「”少しの間だけ神様の嘘すら見抜ける”だったわよね? 今嘗めて良かったのかしら? まあ、嘗めてしまった物は仕方無いわね。甘い物が欲しかった所…だし……」


 プルートが言ってたけれど私に必要な物らしい。なら甘い物が欲しい時に発見したのは必要だって事よ。薬が手元にある時に嘘を見抜きたい相手と出会うとは限らないし、必要な時は必要な時で……あれ?


 気が付けば知らない間に見知らぬ所に居た。此処、何処かしら?


「私、また寝ちゃった? 夢を見てるのかも。どうせだったらお肉食べ放題の夢が良かったけれど、急に眠るだなんて勉強って本当に疲れるのね。それにしても妙な所だわ」


 真っ暗闇にプカプカ浮かんでいる感じで変な感覚。顔の近くに手を寄せても全く見えやしないし昼寝には良さそうなんだけれど、体を動かすのは難しそう。いや、水中戦の擬似的な特訓になるかしら? でも呼吸が出来るなら水中戦とは別物だし……。


「武器でも持ち込めたら良かったのに。でも私の夢なら好きに出来ないかしら? 武器出ろー。お肉出ろー。……出ないわね」


 この夢に来て一分程度だけれど既に飽きたわ。何も出来そうにないし、夢の中なのに眠くなりそう。もう寝ちゃおうかしら? じゃあ、お休み……。




「女…よ……。聖女よ、私の声が聞こえるな?」


「全く聞こえないから黙ってて。五月蠅くて眠れない」


 折角夢の中でウトウトと心地良かったのに背後から聞こえた声が邪魔して来たわ。だから聞こえない振りをしたんだけれど、”聞こえない”とか”五月蠅い”って言っているのに黙ってくれない。夢の中で迷惑掛けるだなんて誰かしら?



「我の名はテュラ。闇の女神なり」


 あっ、何だクリア後の隠しボスか。舞踏会の日に接触して来なかったけれど、今頃私に接触して来たのはお兄ちゃんとアンリを襲ったって奴を使うのに力を消耗でもしていたんでしょ。


 ……よし! 無視してやりましょう。ぶん殴って鼻をへし折ってやりたいんだけれど何でか殴りたくないし、無視が一番ね。


「返事をせよ、聖女よ。人の頂点に立つに相応しき者よ」


 人の頂点って世界征服でもしろっての? そんなの毎日世界中の美味しい物が食べられて鬱陶しい問題に関わらなくて良いだけじゃない。ちょっと心が動いたけれど、そんなのお兄ちゃんに叱られちゃうわ。


「我に力を貸せ。そうすれば人の世の支配権は当然として願いも叶えてやろう。死者の復活すら可能だぞ」


 死者の復活? うーん、うっかり逃がしたら猫に食べられた小鳥のピーちゃん位かしら? 前世を思い出す前に可愛がってたのよね。お兄ちゃんにどうにかしてって駄々を捏ねたのは恥ずかしい思い出よ。


 んで、小鳥の為に闇の女神に協力しろとか神様の考えって分からないわ。頭がぺらっぺらの紙みたいなんじゃないの? 神だけに! 女神だけに!


「……ん? 何か……」


 小鳥以外に蘇らせたい存在? 両親……は違うわよね。二人の記憶なんて無いも当然だし、親の愛はレナスから貰ったわ。人を滅ぼそうとする女神に力を貸してまで会いたいかって言われても、別にって感じだし。


 ああ、でも普通は両親に会いたいって思うものなのかしら? 貴族なんて忙しい親より側に居る乳母とかの方が親密になりやすいし。でも女神にはそんなの分からないか。


 さて、此処まで考えたけれどどっちみち此奴には力を貸してたまるものですか。だってお兄ちゃんを襲ったのよ、お兄ちゃんを!


 薬の力かテュラが本当に願いを叶える気だってのは分かるんだけれど、別に願いなんて無いわ。



「……ふん。不甲斐ない兄を襲ったことを怒って居るのか? 普段から情けないだの頼りないだの言っておきながら、他者が危害を加えるのには我慢出来ぬか」


 ……はあ? 此奴、今なんって言ったの? お兄ちゃんを馬鹿にした? いやいや、凄く頼れる自慢のお兄ちゃんなんだけれど、何を根拠に言ってるのやら。


 流石お兄ちゃんを馬鹿にされたら腹が立つ。無視とか止めて言い返そうかしら? 凄く言い返したい。


 それかお願いの先払いで心が完全に折れて人間に手出ししなくなるまで殴らせて貰う? これ、結構良いかも。


 テュラに頼みたい事だなんてその程度。……うん、一つ有ると言えば有るんだけれど、少なくても此奴に頼んだら駄目。


 ”お姉ちゃんに会いたい”だなんて世界を滅ぼして叶える願いじゃないわ。だって私達みたいにお姉ちゃんまで転生していたらテュラのせいで死んじゃうかも知れないもの。


 嫌われてでも良いから会いたいけれど、私のせいで傷付くのは嫌。


「願いが浮かんだらしいな。その願い、叶えてやると言っている。我の復活に力を貸せ。そうすれば世界が手に入り、二度と会えぬ筈の会いたい者に会えるぞ」


 それにしてもむししてるってのに一方的にペラペラ鬱陶しいわ。社交界でも口説き文句や自分の自慢話ばっかり喋るのが居るけれど、それと同じレベルよ。無視続行に決定!



「会いたいのだろう? 幼き頃に死に別れた乳母に。レナスにな」


 うん? レナス、生きているけれど? あー、なんかお兄ちゃんが難しい話してて半分も分からなかったけれど、何となく正解っぽいわね。こうやって本人から話を聞いたら理解出来たわ。私達が記憶を取り戻す前の状態での未来、つまりゲーム通りの歴史を封印された状態で見たのよ、テュラって。


 情報収集はこの辺で良いかしらね? あー、早く戻りたいんだけれど話って続くの? 私が黙って聞いてるから続けるのなら歌でも歌って無視してるって伝えてやるわ。


 口ずさむのは前世で好きだった歌であり、お兄ちゃんが私が私だって気が付いてくれた切欠になった物。



「……その曲は」


 あら? 知らないに決まってるのに様子が変ね。妙に驚いて見えるわ。ちょっとからかってやりましょうか。



「貴女、この歌を知ってるの?」


「その歌、そして音程の外し方の癖。まさか、そんな……×××なの?」


「なん…で……」


 テュラが口にした名前。それはお兄ちゃん以外が知る筈のない……私の前世での名前だった。

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