暗雲
だって片や姿は隠して静かにしているけれど気配は残っているし、もう片方は気配を隠せてはいるんだけれど、今度は隠し過ぎて気配の空白地帯が出来上がっている。多分後者は軍に所属していたけれど教師になってから実戦離れしているって感じかな?
うーん、アース王国の王家ってのは気配を察知する訓練とか受けない感じ? それともクヴァイル家が変なだけ? クヴァイル家出身の叔母上様も王子の教育には口を出せる範囲が有るだろうし……。
「どうした?」
「周りを気にしているだけだよ。盗み聞きが得意な人って居るものだからさ」
今周囲に隠れて居るのもそうだけれど、遠くでこっちの様子を観察すれば読唇術で会話は分かるし、風の魔法なら遠くから音を拾える。……なのにこの王子は不用心にも程があるよ。
「そうなのか? 周囲には誰も居ないみたいだが……」
周囲を見渡し首を捻る彼は本当に気が付いてないみたいだ。
「そう思うのかい? ……そっか」
「そんな事よりも本題に入りたい。俺も用事があってな。呼び出しておいて悪いが、誰か来るかも知れないし話を進めさせて欲しい」
いや、居るよ? 察知出来るって大っぴらに公言する気は無いから教えないけれど、君はもしかして侮らせる為に演じているのか? その上人の話を聞かないってのも。 あー、駄目だ。話していると心労が溜まって来た。さっさと終わらせよう……と言いたい所だけれど、彼が僕に教えて貰いたい事ってのは思い当たる事がある。
……アリアさんの事かな? ゲームでは禁断の逃避行をする位の仲になる二人だけれど、現実ではアリアさんからルクスへの好感度は悪いだろう。だって因縁ふっかけられて巻き込まれた決闘に敵として参加した上に母親の形見の首飾りを見た途端に敵意を向けて来た相手だ。
そんな経緯が有ったにも関わらず妹かも知れないと思ったら気になって、どうせアリアさんに関する事を父親から聞いたんだろう。
何もなかった風に振る舞うアリアさんだけれど王が人目を忍んで会いに来るだろうと見張りを付けていたから分かるんだ。
まあ、血の繋がりよりもどんな繋がりを持っているかが大切だと思う僕だけれど、同じ兄としての想いからなら……。
「……リアスは何が好みだ? 贈り物をしたい。兄のお前なら喜ぶ物が分かるだろう?」
……外したかぁ。そっか、君ってリアスに惚れたもんね。リアスからの好感度もアリアさん同様だし、可愛い妹にお前みたいなのが近付くのを許す気は無いけれど。手の平返しは政治の世界じゃ珍しくないんだけれど個人的な印象は別だから。
「君はもう少し立場を考えるべきだね。クヴァイル家とルメス家位の差なら兎も角、君の所とウチ位の関係なら不用意に噂される行動は避けないと互いに不利益だ。次期国王ならば下手に贈り物をすれば何を招くのか分かるだろう?」
「むぅ……」
分からない、って事は無いよね? 継母である叔母上様が嫌いなこのマザコンは出された指示を無視したりしてるって事だけどさ。うん、その程度の教育は1受けている筈。国王、息子にも母親の事で負い目があるって話だけれど。
ああ、それとも実母が息子を傀儡にしたくて教育を歪ませたのかも。
どっちにしても話は此処までだ。友好的なのも敵対的なのも大勢に盗み見されてる状態じゃねぇ。
「待て。未だ話は終わっていない」
「いや、終わりさ。そのリアスが待っているんだし早く戻らないと。それに……」
反対を向いて帰ろうとすればルクスが止めるべき手を伸ばすんだけれど、そんな動きじゃ僕は止められない。スルッと抜けて、隠れていた連中が逃げ出すよりも前に真横を通り過ぎた。
「驚いた。本当に盗み聞きをしてるのが居ただなんてさ」
「ひゃっ!」
足早に動いて逃げる暇を与えず、さも気が付いたのは今ですって感じで呟き、小さな悲鳴を聞き流して去る。ルクスが追いかけて来ようとしたんだけれど盗み聞きがバレて慌てたのか必死に弁明する連中に邪魔されていたよ。”これは違うんです。誤解です”ってね。だったら本当は何なのさって感じだし、ルクスが苛立っているのに気が付きなよ。
「……まあ、僕は助かるけどさ」
中には僕の方をチラチラ見ながら足止めしてるのもいるし、どっちの味方をすべきか迷っていない感じだね。彼は……ああ、リュボス聖王国のパーティーで見た顔だし聖王国の貴族か。あっちは王国の貴族なのに王子の不興よりも僕の手助けとか、王国にはもっとしっかりして貰わないと。……裏切り者は寝返った先でも信用されない物なのにさ。
「退けと言っている」
「お待ちを! 弁明をお聞き下さい、殿下!」
にしてもこれは王国内部で王族の権威が下がっているのか? 叔母上様が急速に改革を進め、王政を掌握した結果かもね。まあ、先代王妃のせいで一度落ち目になった以上は立て直しに仕方が無いんだけれど、背信者がすり寄って来るのは嫌だなあ……。
裏切り者は信用ならないよ。大義による物でもさ。一度裏切った奴は二度裏切る。そんなものだ。
「起こるとしたら政務官の足の引っ張り合いか跡目争い、反乱や内紛って所か。叔母上なら最終的にはどうにかするから心配ないけれど、それまでアース王国は大丈夫か? 先代王妃の悪影響がくすぶっているし、その内大きな騒ぎにならなければ良いけれどさ」
友人だって住んでいたり嫁いだりするし、四カ国のパワーバランスが大きく崩れるのも宜しくない。リアスの為にも無事を願うけれどさ。
「この世界の神様って信頼出来ないからね……」
おっと、盗聴に注意だ。それにメイド長はこの手の話に怒るからな。
不機嫌になったメイド長を思い浮かべ、少し身震いした。
この時の僕は知らなかったんだ。王国の空を覆う暗雲の大きさをね。




