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現実は無情

「はーい! それでは効きもしない媚薬を嗅いで思い込みで暴走した馬鹿の裁判を初めてまーす! はい、拍手ー!」


「わーわー! ぱちぱちー!」


 私は今、山の中で正座をさせられて自分の分体に囲まれているのだが、この茶番は一体何なのだろうか? いや、此処で下らないと切って捨てて抜け出すわけにも行かない空気だ。その気になれば全員私の中に戻すのも可能だが、それを許さない何かを感じさせた。


 ……所でお前達、本当に元私? 主と過ごした年月で何が有れば此処まで元の性格と隔離するのだろう? 寧ろ私にこんな風になる要素が有っただの驚きでしかない。驚く事だけで、別段嬉しくは無いけれど。寧ろ悲しい。そうか。私って実はこんな感じだったのか。



 知りたくなかった、いや、今まで目をそらし続けた現実だが、受け入れなくとも時は進む。


「それじゃあ判決……有罪!」


「おい、これは裁判ではなかったのか? 茶番であろうと裁判だというからには……」


「茶番だから別に構うまい? 裁判など口実、貴様を問い詰める為だ、本体」


 暴君だ。腕組みをして見下ろしてくる分体には一切の慈悲が無い。他のは何だかんだで遊び半分の感じだが、此奴は私の冷酷な部分が強く出たのやも知れんな。どうせだったら真面目な部分も強く出て欲しかった!


 出ている奴は全員真面目組なのだろう。そうに決まっている。そうであって欲しい。


 しかし意図が分からぬ。確かに私は主に……駄目だ、詳しく思い出そうとすると恥ずかしさが込み上げて来て堪らない。


 頭に浮かぶのは理性を忘れ獣の如く主を貪る己の姿。奉仕だの何だの口にした事をかなぐり捨て、自らの情欲に突き動かされて腰を……きゅう。


「寝るな!」


「はっ!?」


 今、気絶していた? 僅か一瞬だろうがその間に夜の事が思い出される。主を求めて攻め続け、数度逆転されるも競り勝った。其処は人の身とそうでない者の違いだろうが、支配されるのも支配するのも悪くなく、夢見心地だった。

 その記憶は分体にも還元される筈だが、一体何を……はっ!?



 ま、まさか此奴達、|混ぜなかった事を恨んでいるのか《・・・・・・・・・・・・・・・・》!?


「貴様等、まさかっ!」


 我々は決して暇ではない。主の警護に情報収集、時に敵対した者に警告をするのも仕事の内だ。この場に居ない者で最低限の職務は果たせるだろうが、それでもこれ程の数が集まる等と到底見過ごせない。


 此処は叱責すべきと睨むも向こうも睨んで来ていた。


「何だ? その場の空気と勢いで主を押し倒し、我に返った途端に恥ずかしさから逃げ出した本体」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 それを言われれば反論の余地は無いが此処までの事をする程の事か? 記憶の追体験が可能な以上、主との甘い夜の事だって体験出来るだろうに。


 私からすれば分体の動機が理解不能だが、そんな私の思考は分体には筒抜けらしく、大きな溜め息を吐かれた。


 糞っ! どうも劣勢だ。神の加護でもあればどうにかなるやも知れんし、今からでも信仰心を持つべきか? 


「……これだから本体は困る。この純情ムッツリ助平がっ!」


 怒りのままに叫ぶ分体。凄く酷い。


「わ、私とお前達は元々一つだったのだぞ!? 其処まで言うか!?」


「足りない位だ、このエロ忍者! 確かに我等は汝であり汝は我等。夜鶴は個にして多だ。だが、幾ら追体験可能だとしてもその最中にも自らの感覚から情報が入って来る。つまり主に抱かれるのに集中出来ないから次からは混ぜろ!」


「結局はそれか!」


 ぐっ! 何を考えているのかと思いきや、まさかエロい事を考えていたとは、この夜鶴一生の不覚!

 しかし、次は、か。つまりは再び主に迫るのか? それとも迫られるのか? あの媚薬による思い込みも無いのに?


「むむむむ、無理だぁっ! とても私にはそんなはしたない真似などっ!」


「主に跨がって自分の胸を弄っていた奴が何を言う」


「主にすり寄って何度も甘えてたよね」


 全力での拒否はあっさり切り捨てられる。確かにそんな感じの事はしたけれど、自分と同じ顔の口から言われると流石に……。


 反論を潰され困り果てる私。その肩に優しく手が置かれ、誘惑の囁きが行われた。


「それに主だって年頃だし、一度味を知ってしまったなら……」


「我等があり集まれば連携して事に当たれる。様々な格好や方法が可能だっ!」


「変な相手に引っ掛かるよりも私達が相手をすべきかと。ほら、拒否する理由は見当たらない。全ては忠義故ですよ、本体」


 むっ、そうか。私が楽しむのではなく、主の為ならば致し方ない……のか? とそうと決まれば主秘蔵の本から好きな傾向を探ろう。


 詭弁? まさかそんな。


「確か大勢で迫った時だけれど網タイツだけのに視線が一番長く集まっていた気がするな」


 言いくるめられているだけと分かっていても誘惑は私の心に甘く染み渡る。そして一人が出した情報に分体達が沸き立ち私がそちらを見た時だ。何かが高速で迫って来たのは。


 気が付けたのは顔を向けていた私だけで、分体達は話に夢中で気が付くのに一瞬だけ遅れる。空気を切り裂きながら進む物体から響く轟音。気が付かない筈が無いが、気付けた時にはもう遅い。


 咄嗟に背後に跳んで回避した時、僅かに遅れて回避に移行した分体達の背後に飛来した物が着弾、地面に大穴を開ける程の威力で周囲に破壊をもたらした余波で全員吹っ飛ばされて頭から地面に刺さっている。……うん、自分とまるっきり同じ姿なだけに見るのが辛いな。


「しかし一体誰が何を……槍? いや、違う。あれは……矢だ」


 着弾の拍子に近くに居た者数名を吹っ飛ばし地面にクレーターを作る程の威力にも関わらず穴の中央に深々と刺さったその物体は折れていない。長い棒状の物体で先端が刃故に槍と思ったが、よくよく見れば矢羽根が付いている上に手紙が結わえ付けられていた。


 つまりは誰かが私達にメッセージがあって飛ばしたのだろうが、この様な事が可能な人物に思い当たるのは三人。


 先ずは世界最強クラスの戦士であろうレナス殿とマオ・ニュ殿だが、レナス殿ならば手紙を書いて矢で飛ばす等という手段よりも走って向かって口で伝える方を選ぶだろう。手紙を書くのを面倒だと思うタイプだし。

 マオ・ニュ殿は……基本的には常識人故に却下。目的の為ならばどの様な手段も選ぶ彼女であってもこの様な方法を選ぶ理由は無いだろう。


 ならば残るは一人。お二人には劣るものの……但し刀の扱いを除いて、ギヌスの民の中でも最強格の一人。ならばこの程度は朝飯前だ。



「……うーむ、矢張り彼女か。では、手紙は私達ではなくて主に宛てて書いた物だな。偶々私達を発見したから迷わず撃ったという所か……」


 いや、主に被害が出ずに良かったと言えば良かったのだが、分体達の今の姿を見ると複雑な気分になって来る。

 逆さまになって気絶し、褌をさらけ出しての痙攣。凄くみっともない。


「神よ。これは主を襲った罰ですか? ……途中からは主も私を組み敷いたりしたのに」


 矢張り私は道具だし、信仰心とかは不要だ、うん!



「さて、読むとしよう。……読めるかな?」


 本来なら私が先に読むのは憚られるが、結わえて飛ばしたせいで紙はボロボロで、更に酒やらツマミの物だろうソースが付いている。お酒を飲みながら書いたのだろう。その状態で矢を放ったのか。こんな威力の……。


「酔っ払った状態で書いたなら普段より……」


 この手紙を送って来たであろう風来坊の悪筆を思いだし、一気に解読する自信を失う。寧ろ暗号の方が読みやすいと確信していた……。


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