自覚はあるけど溺愛は止めない
本日も二回目
突然だけれど僕には弱点が存在するんだ。
本来貴族なら弱点は隠し通すか克服するのが模範なんだろうけれど、こればっかりはどうにもならない。
「寒っ! レキア、この領域の季節って今だけ夏にならない?」
僕の弱点、それは冷え症だ。
いや、リュボス聖王国とかが有る大陸って元々北国だし、春でも中々暖かくなってはくれない。
結果、夏以外はコート無しじゃ過ごせない僕なんだけれど、今進んでいる道は見事な迄に雪道で、木々には雪化粧がされていた。
幾ら妖精の領域が外と摂理が全く違う空間とはいえ、ちょっと進んだだけで普通の森が白一色になってるんだから嫌になるし、僕の肩に座っている管理者に文句の一つも言いたくなるさ。
「妾は優秀だから可能だが、貴様が快適に過ごす為に力を奮う義理は無かろう?」
まあ、期待はしなかったし口に出したらだけだけれど、こうも帰ってくる反応の内容が予想が的中した物だと少し嫌になるよ。
しかもさっきから何が言いたいのか髪を掻き上げながらチラチラ見て来ているし、妖精って本当に理解が不能だ。
リアスなんて凄く分かりやすいのにさ。
・・・・・・ちょっと成長に共なって単純になり過ぎる気もするし、僕が支えてあげないとね。
やれやれ、手の掛かる妹だよ。
手が掛かる、か。
歳が離れていたから僕達の面倒は大変だっただろうに、お姉ちゃんは一生懸命やってくれていた。
あの人も来ているのかな?
例え転生してからの人生の方が長くても、僕にとってお姉ちゃんが大切な家族なのは変わらない。
会えるのなら会いたいよ・・・・・・。
「……おい。先程から耐えてやっているが、何か私に関して気が付く事は無いのか?」
「さあ? 髪型を変えたのと、ドレスが今まで見た事の無い奴な以外は全然分からないや。似合うんじゃないかな? 君って悪態さえ無ければ綺麗寄りの美少女だし」
何を言いたいのかは分からないけれど、痺れを切らした様子のレキアが耳を掴んで怒鳴って来たから思った事を口にはしたものの……これ、多分”人間如きに誉められても嬉しくはない”とか言って来るパターンだろうな、多分そうだ。
実際、こういった事にはリアスの方が鋭いから何度か誉めた事が有るけれど毎回そうだったんだから。
「……」
どうせ罵倒でもされるのかと思って辟易しながら数分が経過、肩に止まっているから分からないけれどレキアは妙に静かだ。
どうも変だって言うか、この子ってゲームでも僕達に力を貸すけれど詳しい理由はお姉ちゃんから聞いていないんだよね。
設定資料集とかに乗ってるらしいけれど、別に興味が無いから読んでないし、そもそもゲームの僕と今の僕が別物な以上はレキアだって別物扱いで良い筈だし。
「……面倒だなぁ」
レキアの扱いもそうだけれど、目の前で木々に群がっているモンスターの群れだって僕を憂鬱にさせる。
見た目は根っ子で歩く大きめの切り株だけれど、断面には鋭利な牙を持つ巨大な口で、赤紫色の舌が見ていて気持ち悪い。太い根っ子が鞭みたいに振るわれる度に打撃を受けた大木の表面がえぐり取られ、破片が口の中に入る度にモンスターは大きさを増して行った。
「”ウッドゾンビ”だね。確か二年前も大量発生させて叱られてなかった?」
「やかましい! あの時の反省を糧にして妾だって頑張って来たが、どうも近頃妙なのだ! 領域内の力が不安定になっている」
僕の指摘に対し、レキアは肩から飛び上がって見下ろしながら叫んで来る。
怒鳴るのは分かっていたから指で耳栓をしたけれど、それでも五月蠅いや。
この子、直ぐに怒るんだから苦手なんだよね。
でも今こうして怒る理由には賛同するんだ。
「まあ、確かにね。幾ら外の常識が通じないのがこの場所でも流石に変だ」
何度も妖精の領域に修行で訪れている僕だからこそ気が付いた違和感。
幾ら何でも度を超した環境の変化にモンスターの大量発生と、レキアが任されたこの場所が特に管理が難しくても彼女なら本来は此処までの事態には陥るはずが無い。
彼女、凄く偉そうだけれど努力家だし実力が伴っているのは確かなんだ。
常日頃から努力をして、自力で可能な事は全部やったのに思い通りに事が運ばないなんて、自己評価高めの彼女には耐え難いだろうさ。
知り合いではあるし力にはなりたいけれど、妖精の領域については素人だからね。
仮に頼るなら僕じゃなくて、経験豊富な専門家をお勧めするよ。
「原因究明は本職に任せるとして、今はあれの始末をしようか。さっきも言ったけれど、君が困っているからって女王様に報酬を先払いで貰ったしさ」
多分あの人は何か異変が起きているのは把握しているけれど、レキアが助けを求めて来ない限りは直接手を出さない気なんだろう。
もしもの時に人に頼れるかどうかも必要な力だし、僕達に依頼を出したのは痺れを切らしたって所かな?
こりゃ随分と一人で何とかするって意地を張っていたね。
「……報酬か。母上の事だ。余程の物を出したのだろうな」
「うん。”余に可能な物なら何でも良い。何なら娘の誰かを嫁にするか?”って言われたから……」
「よよよ、嫁だとっ!? 私が貴様のかっ!?」
余程嫌なのかレキアは顔を真っ赤にして叫んでいた。
失敬な奴だね。
「話の流れからしてそうだろうね。ああ、安心して良いよ。別のにしたから……」
「……そ、そうか」
あっ、少し落ち込んだ?
この状況で落ち込む理由は……成る程ね。
「誰にだって勘違いは有るし、それで叫んだからってそんなに恥ずかしがる事は無いって。妖精族の姫様としてはどうかと思うけどさ」
「……して、貴様は母上に何を要求した? 断ったのは身の程を弁えた結果だとして、本来与れぬ至上の名誉の代わりなのだ。当然ながら余程の物なのだろうな?」
どうやら僕の慰めはお気に召さないらしく少し不機嫌だ。
それにしてもレキアだって王族だろうけれど、僕だって父方の従兄弟が自国の王で、叔母が同盟国の王妃なんだけど?
だからお祖父様も家柄よりも実力重視で結婚相手を選ぶ様に言って来ているんだ。
相手の家柄とかはクヴァイル家の力でどうとでもなるとかでさ。
「ポチとお喋りが出来るようにして貰ったんだ。……え? 何で怒ってるのさ?」
だからレキアとの結婚という政略結婚としては上々の物よりも個人的な利益を優先させて貰ったよ。
溺愛するペットと話せるだなんて飼い主からすれば凄い幸せだものね。
……なのにレキアは何故か不機嫌そうだ。
嫌っている相手との結婚は嫌だけど、ペットとのお喋りの方を優先させたのは気に入らないって所だろう。
ウッドゾンビ達を指差して叫ぶ彼女は怒り心頭だ。
「さっさと連中を滅せよ。貴様ならば楽だろう!」
「あっ、既に準備は済んでいるよ。ほら、こっちにおいで。僕に掴まっていないと危ないよ?」
「危ない? ふんっ! 何を言うかと思いきや貴様程度に掴まらずとも……いや、偶には戯れも良かろう」
僕の言葉に怒鳴ろうとしたレキアだけれど、顎に手を当てて少し考えた後で肩に再び乗ると首に手を回して来た。
……絞め殺す気かな?
「それでは見せてみよ。基本属性四つでも伝説に名を残す闇や光ですらない、貴様が唯一無二の使い手である”時”属性の力をな!」
「あっ、気付かれた」
先程からずっと叫んだりしているし、幾ら鈍い連中でも僕達に気が付かない筈がなく、ゆっくりとした動きだけれど百匹に届きそうな程の群れが僕達に向かってやって来た。
既に被害にあって薙ぎ倒された大木を乗り越え、まるでアリの大群を思わせる光景だ。
その群れの中心に突如野球ボール大の黒い球体が出現し、周囲の空気が急激に流れ込み始める。
「ぬおっ!? す、吸い込まれる!?」
「だから危ないって言ったのに。……ほら、此処にでも入っていなよ」
体が小さくて軽いレキアは嵐の日みたいに強い風に乗って飛ばされそうになり、僕の襟首に掴まって上下に激しく揺れ動いていたので優しく掴むと襟口からコートの中に入れて顔だけ出させる。
「今は我慢して。文句だったら後で聞くからさ」
「う、うむ……」
場所が場所だけに表情は見えないけれど、どうやら怒ってはいないらしい。
「それであれは何なのだ? 闇と風の合わせ技……ではないな」
「魔法ってのは生まれ持った属性という画材で描く絵画みたいな物だし、赤い絵の具がなければ真っ赤な夕焼け空は描けない。あれは時間を停止させて光すら通さない空間だよ。その周囲の空気の時間を高速で戻せば指定場所を通過した空気が戻り、時間停止によって押し出されずに圧縮される。そして解放すれば……」
圧縮された空気は一気に解放され凄まじい衝撃が周囲に広がって行く。僕の前方の空気の時間を停止させて盾にすれば僕達を避ける様にして地面がえぐり取られていた。
「……やり過ぎだ、阿呆が」
「大丈夫。後で時間を戻せば良いだけさ。……植物はちょっと今の僕じゃ無理だけどさ」
あっ、これは怒られるパターンだ。
レキアは僕のコートの中からモゾモゾ動きながら這い出して頬をペチペチと地味に痛い威力で叩いて来た上に、最後には頭突きをしようとして顔面を打ってたけれどさ。
「……今のは忘れろ。間違っても貴様の頬に口付けしてなど居ないぞ。それと……今度何かあれば私と結婚出来るなどと自惚れるでないぞ」
「分かってるって。……ねぇ、ちょっと気になったんだけれど僕達が来るよりも前に依頼した相手って何者? この領域に閉じこもっている君に接触出来るってただ者ではないよね?」
「……さてな。どうやら軽い神の気配を持っていたし、どこぞの神の眷属がお忍びで遊ぶ費用を稼いで来いとでも命じられたのだろうさ。確か”ネペンテス商会”と名乗ったぞ」
……ウツボカズラか。
変な名前の商会だけれど……何処かで聞いた覚えがあるし、前世のだとするとゲームに出ていたのかな?
「さて、さっさと木の実を集めるぞ」
どうやらレキアは最初の目的を忘れていなかったらしく、再び僕の指を掴んで引っ張り始めた……。