変わりだした物語
「ええっ!? テュラがアンリの体を操って襲って来たぁっ!?」
「しーっ! 声が大きい!」
任務終了後、今後の行動について話し合う兄妹会議で今回の一件を話したんだけれど、リアスったら他の人に万が一にでも聞かれたら面倒だって忘れたのかな? 僕もリアスが襲われたって知ったら冷静じゃ居られないんだろうけれどさ。
大声で叫ぶリアス口を塞いで周囲の気配を探るけれど大きなアクビをしたポチが迷惑そうに視線をリアスに向けるだけ。夜鶴なら気配を殺せるだろうけれど彼女が僕達の会話を盗み聞きする理由は無いから大丈夫だ。
「それで続けるよ?」
リアスの口を塞いだまま人差し指を自分の唇に当てて静かにするのを再確認、頷いたので手を離す。
「それで怪我してない?」
「うん、大丈夫さ」
本当は軽い凍傷になってたけれど回復魔法で癒したし、トラウマが蘇っただけで今回の仕事も無傷で帰還だ。お祖父様から仕事が回って来た当初は少ないとはいえ怪我をして帰って来る僕を涙目で心配して騒ぐリアスを宥めるのが大変だったよな。
”自分も一緒に仕事をする”って駄々を捏ねてさ。……絶対に嫌だから僕一人でどんな仕事だってして来たんじゃないか。
「……そう」
あ~、これは見抜かれてるな。僕の嘘に最初は騙されていたリアスも年々学習しているのか今回みたいに疑いの眼差しを向けて来る。でも、僕が落ち込んでいる時以外は言及しない。本当にこの子は……。
「ちょっとお兄ちゃん。私、もう十六なんだけれど?」
「その十六がレナスにはベタベタ甘えているじゃないか。僕だって可愛い妹を甘やかしたくなったんだよ」
そんな妹が可愛いから頭を撫でてしまったら恥ずかしそうに抗議するけれど、撫でる手を振り払おうとはしないし悪い気分じゃ無いんだろう。じゃあ少しの間継続させて貰おうかな? 流石に貴族が人前で十六の妹を甘やかすとか堂々とは出来ないんだからさ。
「もう少しリアスを甘やかしたいんだよね、個人的にはさ」
「もー! そんな事よりも明烏を使ったんでしょ? お祖父様は何か言わなかった?」
「……使わなかったって報告したよ。流石に闇の女神に狙われてるだなんて馬鹿正直に報告したらどんな事になるのやら」
「まあ、お祖父様だものね。確実に動きにくくなるのは間違い無いわよ。……私達は強いけれど、それでも今はレナスに匹敵する相手と戦うのはキツいわ」
ゲームにおいてリアスが歪む理由となった暗殺未遂事件はお祖父様の手による物だ。僕達が前世の記憶を取り戻して行った行動の結果か起きはしなかったけれど、あのお祖父様だからなあ。
ゲームとは違うから、だなんて安心出来ないし、実は僕達に向けられるであろう刺客からも僕には一言あったんだ。
「親方様の命令であらばロノス君とリアスちゃんでも始末します。でも、お二人は優しく殺してあげますね。その後で親方様の孫を殺した罰として諸々の引継を終わらせたら私も後を追いますから」
”マオ・ニュ”、レナスと同格の強さを持つ彼女の相棒で、普段は凄く優しいんだけれどスイッチを切り替えたら優しい態度のまま悪魔に変貌する。
因みに僕のトラウマである逆レイプ未遂事件の犯人を半殺しにしたのも彼女だ。仮にも幼い頃から知っている子が相手だったのに容赦が無かったからな。
正直言って犯人が僕の正室候補だとお祖父様から聞いてなかったら教育としての攻撃じゃなくて見敵必殺的なノリで首を跳ねていたと思う。……別のトラウマが僕に植え付けられていそうだな。
「ちょっと大丈夫? 遠い目をしていたけれど……」
「う、うん。大丈夫だけれど……本当にどうする? テュラが接触して来ても交渉を退けて、後は他の誰かに接触していないか調べるって話だったけどさ」
まあ、我ながら長期戦になりそうで面倒な方針だとは思うよ。だって相手は無理に僕達が生きている間に行う必要は無いんだからさ。封印解除に必要なのは”闇属性でしか解けない封印をされている神獣の撃破”と”光属性の力”だ。人とは時間感覚が違う筈の神だから”次の機会を待つか”ってなる可能性だって考えられる。
”何故私に従わない。諦めるなど不快だ”ってなる可能性だって考えられるけれど、出来れば待ってくれる方が良いや。
神様ってプライドが高いイメージだし、そうなる可能性は捨てきれない。……面倒だ。
正直言って前者の方を強く望むよ。復活させた上で倒さないと驚異は無くならないし、何時か僕達の代わりに利用されるのが出て来るんだろう。でもさ、忌諱されている闇属性じゃなく崇拝される光属性の使い手が記録に残ってないのはそれだけ現れないって事だろうし、僕達が寿命で死んだずっと後の可能性が高いんだし、危ない橋は渡りたくない。
僕はさ、”魔王が復活したから倒して来るのだ、勇者よ!”ってノリで送り出されて素直に従う自己犠牲精神が凄まじい主人公みたいなタイプじゃないんだ。
世界の為に、捧げよ、血。捧げよ、魂。捧げよ、人生。ああ、馬鹿馬鹿しい。
所詮個人にとって世界ってのは自分を取り巻く周囲だ。名前も顔も知らない他人、更に子や孫の代でも生涯関わる事がないまま人生を終えるであろう人の為に危険を犯せない。
「リアス、今後どうすべきか分かっているね?」
「売られた喧嘩は買えば良いのよね? わかっているわ!」
「あっ、うん。神獣将は復活しているし、リュキの悪心の復活は防げないって前提で動いた方が良さそうだから正解で良いや。復活前に三人とも倒すのが一番だけれどさ」
「神獣の封印場所や三人の拠点が分かったら待ち伏せなり乗り込むなり出来るのにね。それを考えると今日逃したのは惜しかったわ」
拳を握りしめて自信満々のリアスを見ていると頼りになりそうなのに不安になって来るなあ。
「一応神獣は光属性だし、君の魔法は効果がそれ程でもないんだから無茶は駄目だよ。貴族なんだし使える戦力を有効活用しないと」
「……えー」
「文句言わないの! 相変わらずレナスの影響で戦闘が好きなんだから困るよ」
僕がしっかりしないと。僕はお兄ちゃんで、お兄ちゃんは妹を護る存在だ。その為だったら自分がどれだけ汚れたって構うものか。
「それより神獣将で思い出したんだけれど、ラドゥーンが起こした問題を解決したって言ったでしょ?」
「ああ、報告は受けてるよ。ちゃんとプルートが報告書を纏めてくれたからさ。……正直言ってリアスの説明じゃ半分も伝わらなかった」
「え? 私が何だって?」
「何でもない何でもない」
「そっか!」
……危なかった。どうも今日は失言が多いな。そして素直に信じる姿は可愛いけれど、リアスの脳筋が心配だ。僕、何やってるんだろう……。
てか、さっきので誤魔化せるってのは僕への信頼からだよね? 其処まで単純だからじゃないよね?
うん、信頼故だと思おう。そう思いたい……。
「それでお礼を貰ったんだけれど、巨乳になる薬じゃなかったのよ。騙すなんて酷いと思わない? 私は全力で暴れられて結構スッキリしたから良いけれど、レナやプルートは大変そうだったのに」
少し不満そうなリアスだけれど報告書では一度もそんな薬だって言っていないし、リアスだって確かめてない筈だけれど……。
「あー、うん。そーだね。酷いね」
何が酷いかは口にしない。だってリアスは大切な可愛い妹だから。
「まあ、プルートによれば必要となる薬なんでしょ? 彼女の予知能力を信じて携帯していなよ。薬入れにでも入れてさ」
「うん。お兄ちゃんが言うなら間違い無いもの。そうしておくわね」
こうやって素直で可愛いんだけれど少し喧嘩っ早い上に短気な妹は僕と違って主人公寄りの性格だ。他人でも困ってる人を見捨てられず、取捨選択大の苦手。取り敢えず戦いで解決可能なら戦ってみる。
……うん、本当に困った。暴走をくい止めて守らないといけないんだから。僕だけで大丈夫かな?
「矢っ張りお姉ちゃんが居てくれたら助かるのにね」
「うん。ゲームの知識だって段違いだし、絶対頼りになったのに。でも、こっちに来るって事はあの事故で一緒に死んじゃったって事だし、私は来ていて欲しいのと欲しくないのが半々かな?」
「……そっか。そうだよね。それに来ていたとしても互いに相手が分からないかも知れないし、僕達って悪役だったから変な先入観を向けられたら……」
あの事故の瞬間、あの人は僕達を庇おうと抱き締めた。幼い僕達の世話を焼いて守ってくれていたのはお姉ちゃんで、今の人生もあの人が話した知識が役に立っている。
「矢っ張り帝国のあのダンジョンに行く方法を考えないと。忘れてしまった部分を思い出して、お姉ちゃんがくれた知識を無駄にしない為にもさ」
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