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逆鱗

「はっ!?」


 何秒、何分僕は動きを止めていたのだろう? 頭に流れ込んで来たのは”ゲーム画面ですら見た事の無い記憶”。まるで自分が体験した事みたいに鮮明で、だけれども絶対に有り得ない内容。


 だって僕はゲーム通りのロノスじゃなく、前世の記憶を頼りにゲーム通りに行かない為に行動したロノスなんだから。でも、記憶から流れ込んで来た無力感も焦燥感も後悔も全部本物で、冷や汗が流れ鼓動が激しくなるのを感じた僕は膝を折る。


「キュ、キュイ!?」


「大……丈夫。ちょっと気分が悪いだけ」


 心配して擦り寄って来たポチの頭を撫でていたら落ち着いたけれど、それでも気持ち悪さと戸惑いは収まって居ないんだ。あれは本当に何だ?


 今は舞踏会前だし、レナスが死ぬ切っ掛けになった事件だって起こって居ないし、ポチだって居るし、何よりもアリアさんと僕達兄妹は仲良しだ。リアスは単純と言うべきか裏表が無いと言うべきか表面だけ取り繕うのが苦手で聖女らしい行動だって自覚が無いだけでボロが出まくって居る。


 時系列的にも内容的にも存在しない筈だから未来予知も有り得なくって……。


「もしかして僕じゃないロノスが体験した記憶? いや、でも僕が僕の記憶を取り戻したのは八歳だし、ゲームはあくまでゲームでしかないから……」


 幾ら考えてもそれらしい答えは出てくれず気持ち悪さだけが残る。これ、リアスに相談したら心配させるだけかな? でも、僕の様子が変だって野生の……鋭い直感で分かっちゃうんだよな。あの子、僕が大好きだしさ。


「……うーん、どうすれ、ばっ!?」


 起き上がって首を捻って考えても無駄みたいだ。相談する相手を選ぶのも一苦労だし、遠回しにするにしても内容が内容だし、幻覚系の魔法でも受けたと思われる可能性が有る。だとしたら潜伏していて今後も急に発症する可能性が有るとして仕事から遠ざけられる可能性だって……それは避けたい。


 だって複雑な書類仕事はリアスの苦手分野だからパンドラの負担が増えるだけで、裏の仕事は関わらせたくない。僕なら自分がそんなのの影響下に無いって分かるけれど、周囲からすれば信用すべきか迷う案件だ。僕だって他人なら迷う。


 唸って考えていた時、背後に感じたのは殺気。咄嗟に明烏を抜いて振り向きながら構えればアンリが氷のナイフを突き出して向かって来ていた。


「はあっ!? いや、どうして!?」


 俯いた姿勢のアンリからは表情が読み取れないけれど僕と彼女はライバルにして友人だ。例え祖国同士で何かあったとしてもこんな事態になるのは今じゃ無い。

 一体何でだと僕が呼び掛けるけれど、返って来たのはゾッとする反応だった。


「死ね」


 今まで何度も暗殺者と遭遇したし、ピンキリだったから殺気がだだ漏れのも暗殺は仕事だとして作業に徹して殺気なんて一切感じさせないのも居たけれど、今のアンリは前者の方。軍人としての教育を受けて育った彼女なら有り得ない。それにその声は冷たくって、瞳は真っ赤に染まっていたんだ。


「お前、もしかして……」


 アンリが倒したモンスターの名前は”テュラの目”。封印された闇の女神が外の世界との繋がりを作る為に創造した存在だ。その瞳の色とさっきの知らない記憶の中で見たテュラが見せた通信用の姿の目も今のアンリと同じ色。まさか……。


 僕の言葉にアンリは答えず、怪我なんて忘れたみたいにナイフを振り回して僕に襲い掛かり続ける。動きは正直言ってお粗末だ。ナイフの使い方なんて知りもしないのが丸分かりの素人の動き。


 正直言って楽勝……と言いたいけれど、動き方は素人でも動かしている肉体は鍛え上げられたアンリの物だ。小柄で軽くて柔軟ながら力強い。単純な身体能力は僕以上。その上で多分無理矢理強化しているっぽい。

 動く度に体が悲鳴を上げているのを感じる。これは長くなれば彼女の方が不味い事になりそうだぞ。


「ピー!?」


 主による突然の凶行に驚いたのか呆然としていたタマだけれども我に返ったんだろう。其れと同時に野生の勘なのか異変にも気が付いたらしい。動く度に傷口から血が流れ落ちるし、突き出た枝を気にせず飛び回るから肌が傷付くけれども直ぐに癒える。


 其れが何かは分からないけれど、今のアンリはアンリじゃないって悟ったタマが見せたのは怒り。全身の羽毛を逆立て強烈な電撃を放ってでも止めるべく動く。……本当はアンリに攻撃するだなんて凄く辛いだろうにさ。



 その電撃は怒りによって放たれた物だけれども威力自体はそれ程じゃなく、痺れさせて動きを封じる為の物だ。当たりさえすれば大きな隙が発生するそれは近距離から放たれた事で回避は困難だろう。


 だけど……。


「す、素手で電撃を弾いただって!?」


 アンリは虫でも払いのけるかの様な動きで電撃を軽く弾く。電撃に触れた部分は軽い火傷を負った上に電気が絡みついていたけれど軽く手を振っただけで何事も無かったかの様な状態へと戻る。

 

「……鬱陶しい。お前から消えろ」


「ピ?」


 アンリの視線が僕から外れてタマの方に向けられ、そのまま言葉と同時に氷の槍が放たれた。

 操られていると理解していても、タマはアンリが自分に攻撃を仕掛けただなんて理解出来ていない。

 不味い! あれは確実にタマを殺す威力だ!


「……む?」


「お前、いい加減にしろよ。よりにもよってアンリにタマを殺させようとするだなんて。アンリにとってタマは家族なんだ!」


 ギリギリだけれども間に合った。偶に届く前に氷の槍は魔法発動前の状態に戻って霧散。それでも込められた魔力の量から干渉が難しくて時を操作するのに手間取った。

 タマの羽毛の表面に軽く血が滲んでいる。傷としては浅いけれど、その傷を付けたのが自分だとアンリが知ったらどんなに辛いだろう。僕がリアスやポチを傷付けるのと同じ事だ。


 だから此奴は許せない。急に現れてアンリを操って友達や相棒に攻撃させるだなんて許しちゃいけないんだ。


「……ふむ。今のは私の魔法の時を操ったのか。妙だ。貴様、そんな事が出来たのか?」


「可能だからやったんだけど? お前が僕の何を知っているって言うんだ。知った様な口を叩くな!」


 僕の魔法を見抜き少しだけ不思議そうにするアンリ。真っ赤に光る瞳に値踏みされるみたいで不愉快だけれど、其れと同時に僕は焦るも感じていた。


 ……不味い。アンリを操作している魔法を解除出来ない。


 時を操って相手の魔法を消し去るこの魔法の他、時属性の魔法はそれ程万能って訳じゃない。相手の意識の有無や高い魔力量による干渉、距離によって変わって来る。


 今回の場合、アンリを操る魔力の糸みたいな物は感知出来ても干渉が難しそうで、干渉を悟られずに一気に解除する機会を伺って居たんだけれども思う様には行きそうになかった。


「貴様、私が何者か理解しての言動だな? それに何かを狙っている。ああ、厄介だ。私の目的の為にはお前が邪魔だ。お前さえ居なければ計画は順調に進むのだからな」


「其れは結構な評価だね。ああ、女神様に其処まで言われるだなんて光栄で涙が出そうだ。光栄ついでにお願いしたいんだけれど、永遠に独りぼっちで封印されていてくれないかな?」


「……ほざけ。私が独りぼっちだと? そんな筈が無い! この世界に私一人だけの筈があってたまるか! 貴様なんかに、兄妹一緒に居られる貴様なんかに何が分かる!」


 おっと、ダメ元で挑発したら思いの外効果が有ったみたいだけれど、何か様子が変だ。泣きそうな声に聞こえるし、同情すべき相手じゃ無いのに僕まで悲しくなって……。


 テュラの予想外の反応に思いも寄らぬ感想を抱いた僕は足元が闇に覆われたのに直前まで気が付かなかった。


「しまったっ!」


 咄嗟に動くけれど間に合わず僕は闇に包まれる。体に異変は無いけれど、一体何をされて……まさかっ!





「気が付いたらしいな。僅かな時間ではあるが貴様の”時”を封じさせて貰った。では、私の願いの為に死ね」




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