第三章 第十節 ~ 命からがら ~
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「な、何が起きた……⁉」
「何か塔の上から落ちて来たぞ⁉」
もうもうと巻き上がる土煙を見つめながら、塔から伸びる獣道を歩いていた二人の男は、各々の疑問を口にした。
やがて、晴れゆく土煙の中から現れたものを見て男達は驚愕した。
「な⁉ ひ、人っ⁉」
現れたのは二つの人影。
一人は街でもよく見知ったウサ耳少女。
身体の至る所に生傷が刻まれ、衣服が泥と煤で汚れているが、動けない程ではなさそうだった。
肩で息をしつつも、はっきりとした瞳で辺りを見回している。
そして、もう一人。
こちらは見るからに重傷で、左腕があらぬ方向に折れ曲がり、全身が血で赤く染まっている。
均整の取れた顔は土気色で、一刻を争う状態であることを如実に示していた。
呆然とする男達を余所に、二人に真っ先に駆け寄る影があった。
「ミラちゃんにリオナちゃん⁉ 一体何があったと言うのだッ⁉」
≪サンディ≫のギルドマスター、ハイドルクセンだった。
丁度クエストで保護した遭難者を引き連れ、塔を降りて来たところだったらしい。
彼の姿を認めるや否や、
「ハ、ハイドさんっ‼‼ それが、突如現れたダンジョンボスから逃げる為に、ダンジョンの壁を壊して無理矢理脱出を……! いえ、そんなことよりリオナさんを……リオナさんを助けてくださいっ‼‼」
「ッ! わかった!」
リオナの姿を間近で確認したハイドルクセンは、瞬時に彼女の危篤を悟り、ポーチから上級回復ポーションを取り出した。
ミラと協力しつつ、何とか瓶の中の液体をリオナに飲ませる。
すると、彼女の傷は早送りのようにみるみるうちに癒え、ひしゃげた左腕も元の形へと戻っていった。
呼吸が規則性を取り戻し、表情が穏やかになる。
どうやら、回復は間に合ったようだ。
「……ふむ、もう心配は要らないだろう」
「リオナさん……よかった……っ! ありがとうございます、ハイドさん……!」
胸をなで下ろし、ヘナヘナとへたり込むミラ。
緊張の糸が途切れたのだろう。
彼女の姿を見て、ハイドルクセンは、
「……しかし、ミラちゃんもボロボロじゃないか! 君も早くポーションを……」
「いえ、私は大丈夫です。それより、早くリオナさんを街へ運びましょう。ハイドさんも、まだクエストの途中なのではないですか?」
「むう」
後ろでミラ達のやり取りを窺っていた男達に目を遣る。
彼らを街まで無事送り届けるのがハイドルクセンの受けたクエストだ。
冒険者として、ギルドマスターとして、ハイドルクセンには最後まで責任を持ってクエストを遂行する義務がある。
「すまない、ミラちゃん……。ギルドに戻ったら、直ぐにミラちゃんの治療とリオナちゃんのベッドを手配させよう」
「お気遣い感謝します」
すっと立ち上がり、服に付いた埃を軽く叩き落とすミラ。
ハイドルクセンもまた立ち上がり、眠ったままのリオナを抱え上げようとして、
「あ、その役目は私が」
「うん? しかし、こういうのは男の仕事だろう?」
「いえ、私に任せてください。――私が守りたいのです」
強い意思を赤い瞳に宿し、真っ直ぐ見つめてくるミラに、ハイドルクセンはふっと表情を綻ばせた。
「……強くなったね、ミラちゃん」
「……今はまだ、リオナさんに守られてばかりですけど……いつかはリオナさんにも頼ってもらえるくらい、強い冒険者になれたらと思います!」
「ああ、きっとなれるとも」
彼女の決意を内心でそっと応援しつつ、ハイドルクセンは踵を返す。
一同は夕陽のオレンジが照らす≪サンディ≫に向けて歩き出した。
落ちもの(2回目)




