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初期レベ廃人ゲーマーと獣人少女の異世界終焉遊戯<ワールズエンド・ゲーム>  作者: 安野蘊
第二巻 第三章 「その異形、最凶につき」
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第三章 第九節 ~ 夏虫、火中に ~


     ☯


「――ぁあああああぁぁぁああああっ‼‼」


 なりふり構わず倒れるように身を右方向へ投げ出す。

 直後、ミラ達が立っていた場所に、ウォーリアの鋭い手刀が突き込まれていた。


「グッ⁉」


 避けられると思っていなかったのか、ウォーリアが動揺した声を漏らした。

 更に、勢い余ったウォーリアは攻撃の手を止められず、崩れた天井の瓦礫(がれき)の山に突っ込んだ。




 その瞬間、瓦礫の山が大爆発を起こし、炎の中からウォーリアの甲高い悲鳴が上がった。




「ギィアアアアァァァァアアアアアァァァァァアアアアアアア――――ッ‼‼‼‼」


「っ!」


 (つんざ)くような咆哮(ほうこう)にウサ耳を塞ぎつつ、ミラは呆然(ぼうぜん)と揺らめく炎を見つめていた。


「な……一体何が……?」


「……最初の爆発で不発だった〝火の結晶〟がウォーリアの攻撃で破壊されたんだ」


 第20層の天井には、ドモス達が大量の〝火の結晶〟を仕込んでいた。

 それらを誘爆させて天井を落とすのがドモス達の計画だったわけだが、流石(さすが)に全ての結晶を爆発させるには至らなかったらしい。


 爆発せずに残っていた結晶をウォーリアに破壊させ、連鎖的に大爆発を引き起こして、ウォーリアを自爆させるというのがリオナの考えた策だった。


「流石のアイツも、これで(しばら)くは動けねえだろ」


「な、なるほど。考えましたね……」


 だが、リオナの策はそれだけではない。


「……壁、見てみろ」


「壁?」


 爆炎の向こう側、ダンジョンの内壁を見()る。


 そこに大きな亀裂が入り、その向こうに日の暮れつつある空と≪サンディ≫の街並みが(のぞ)いていた。

 今の爆発でダンジョンの壁に穴が空いたのだ。


 その亀裂に向かって歩きつつ、


「……あそこから飛び降りるぞ」


「……え?」


 リオナの言葉にウサ耳を疑う。


 彼女達がいるのは、≪ランブの塔≫の第20層だ。地上まで軽く100m以上の高さがある。

 そんな高所から飛び降りれば、生身の人間などひとたまりもないだろう。


「しょ、正気ですかっ⁉」


 といつもなら言うところだが、今だけはその言葉を飲み込んだ。


 ウォーリアにはそれなりのダメージを与えたとは言え、未だ倒すには至っていない。

 ドモスは健在だし、リオナは重傷。速やかにこの場を離脱する必要がある。

 だが、下層へ下る階段は瓦礫で塞がれ、脱出アイテムの入ったポーチは盗賊に奪取されたまま。

 ダンジョンに空いた穴から飛び降りる以外に、脱出の方法が思いつかなかった。


 着地のことを考えるのは後回しにして、ミラはヨタヨタと歩くリオナの後を追った。


「……何処(どこ)へ行く気だ?」


 二人の前にドモスが立ちはだかる。

 二振りの大剣を構え、彼女達を牽制(けんせい)した。


「ど、どいてくださいっ‼‼」


「どかぬッ‼‼」


 ミラが必死の形相でダガーを構える。

 ウォーリアも強敵だが、この男もまた間違いなく実力者の一人。

 憤怒と焦燥と恐怖が胸中を駆け巡り、ミラの身体を震わせた。


(急がないと、リオナさんが危ないのに……っ‼‼)


 震えるミラの目の前で、くすんだ金色がふわりと揺れた。


「下がってな。オレじゃねえとアイツの相手は務まんねえ」


「な……む、無茶ですよっ‼‼ そんなボロボロの身体で……っ!」


「安心しろ。ちょっと隙を作るだけさ」


 そう言って、ドモスと対峙(たいじ)するリオナ。

 だが、その重心は定まっていない。

 今にも倒れそうな彼女に、ミラはもう気が気でなかった。


「フッ、またその娘を(かば)うのか?」


「……うるせぇ」


「……そうか。なら、二人まとめて逝くがいいッ‼‼」


 怒号と共に、ドモスが疾駆する。

 リオナは瀕死(ひんし)だが、それでも逆転の一手を狙うのが彼女の性格だということを、ドモスは既に理解していた。

 堅実に、確実に、彼女の命を奪う全力の一撃をドモスは見舞った。


 幾度となくリオナの命を狙ってきた凶刃。

 その脅威が再び彼女に迫る。

 ≪(から)(ころも)≫のような回避技は、今の状態のリオナには難しい。

 防御しようにも、防御力が圧倒的に足りていない。


 襲い来る刃に対し、リオナは、


「――≪フェイクアウト≫」


 襲い来る刃ではなく、剣を振るうドモスの眼前に、中指と親指を合わせた右手を伸ばす。

 そして――


 中指を親指の付け根目指して振り下ろし、パチンと一拍。


 攻撃という程の攻撃ではない。

 それどころか、ドモスに触れてすらいない。

 音と気配と(かす)かなそよ風が起きただけ。


 フィンガースナップ――所謂(いわゆる)〝指パッチン〟というやつである。


 攻撃力も追加効果も何も持たないただの悪戯(いたずら)

 そんなモノが目の前の強敵に通じるはずもない。

 実戦を経験した者ならば、まず考えもしないであろう無意味で常識外れな行動。


 だからこそ、今正にこの場所、この瞬間、大剣を振り下ろさんとするドモスを相手に、リオナの指パッチンは絶妙に刺さった。

 誰も考えない、予想だにしないその行動の衝撃が、〝攻撃〟に傾いていたドモスの意識の合間を縫い、最も効果的なタイミングで爆発する。

 結果、意表を突かれたドモスは完全にその身を強張(こわば)らせ、動きを止めていた。


「ッ⁉」


「……人間ってのは、予想外の現象に対して脆弱(ぜいじゃく)な生き物だ。こんな子供騙しの悪戯でも、時と場合によっちゃあ、こんだけのスタン効果がある。ま、一回きりの曲芸だがな」


 動けないドモスに、ふらつきながらも渾身(こんしん)の回し蹴りを(たた)き込む。

 力任せにドモスの巨体を蹴り飛ばし、距離を開けさせた。

 ダメージはそれ程ないだろうが、逃げる時間を稼げればそれで十分。


 ドモスの脅威を弾き返したリオナは、激しく吐血しながら膝を突いた。


「ゴッ⁉ ガハッ……!」


「リオナさんっ‼‼」


 ミラが慌ててリオナの肩を支えに走る。

 今の回し蹴りの衝撃で、傷が深まったのかもしれない。

 リオナが身を削ってドモスを撃退したお陰で、どうにか逃げられるだけの時間は稼ぐことができた。


(ウォーリアはまだ動いていない……。今のうちに……!)


 荒い息を吐くリオナを支えながら、ダンジョンの壁に空いた亀裂を懸命に目指す。

 足下の定まらないリオナに引っ張られてバランスを崩しながらも、そこへ至る最短距離を真っ直ぐに進む。

 無限にも思えたその距離をどうにか歩き切り、二人は亀裂の(ふち)辿(たど)り着いた。


 ヒョオ……と風が鳴く。

 高度が高い所為(せい)か、初夏の風は少し冷たく感じた。

 ずっと真下の地面に広がる草原の緑を見て、ミラはゴクリと息を()んだ。


(……ここから飛び降りるしか、もう他に方法はない……!)


 ミラの肩に覆い被さるように体重を預けていたリオナが、僅かに口を開いた。


「……オイ、ミラ」


「何ですか、リオナさん⁉」


「……後は……ッハァ……任せる、ぞ……」


 そこでリオナはぐったりと意識を失った。


「……はいっ……!」


 ミラはリオナの言葉に力強く返事をすると、動かない彼女をしっかりと抱き締め、亀裂から塔の外へと身を投げ出した。


 足場という支えを失い、重力が二人を眼下の地面へと引き寄せ始める。

 ゴオゴオという風の音がウサ耳を打ち、緑の平原がぐんぐんと迫る。

 このまま何もしなければ、あの固い地面に叩きつけられ、呆気(あっけ)なくこの命は(つい)えるだろう。


(リオナさんはあの海岸で私を助けてくれました……! だから、次は私がリオナさんを助ける番です……!)


 確固たる意思を胸に、ダガーを引き抜く。

 絶対に助ける――その決意だけを宿して、ミラは魔法を唱えた。


「≪グラヴィエーション・ワールド≫――っ‼‼」


 ミラの落下予定地点、その半径5m程に水色の魔法陣が現れる。

 術者の周囲の重力を局地的に弱める魔法≪グラヴィエーション・ワールド≫。

 落下の勢いを完全に0にすることはできないが、自分がカバーすれば、上手く着地はできるはず。


 失敗すれば、リオナの命に関わる。

 これ程までに魔法の操作に集中したことはなかった。

 誰かを抱えながら飛び降りたことなんてないから、成功するかどうかは未知数……


(……いえ! リオナさんなら、こんな時でも自分の力を信じて疑わないはず……! お願いです、私にもほんの少しだけその勇気を……!)


「ううぅぅあああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああああああ――――っ‼‼」


 数秒後、二人は激しい土煙を巻き上げながら、塔の麓の草地に着地した。



ひも無しバンジー(無料。但し、場合によっては命で支払って頂くことがございます)

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