第三章 第四節 ~ 逆境の猛獣 ~
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「グオオオォォォォォォォオオオオオォォォォオオオオオオオ――――ッ‼‼‼‼」
リオナが殺気を放つと同時、ウォーリアはけたたましい雄叫びを上げながら、リオナに突っ込んで来た。
その足は速く、瞬きの間にリオナの目の前へと現れる。
リーチの長い腕を鞭のように振るい、横薙ぎにリオナの胴を狙ってきた。
「よっ、と」
ウォーリアの攻撃に対し、リオナは姿勢を低くしてこれを躱した。
そして、間を置かず起き上がる力をバネにして跳び上がり、ウォーリアの頭部に回し蹴りを打ち込む。
「オラッ‼‼」
「グギャッ⁉」
洗練された一撃に、ウォーリアが僅かによろめく。
攻撃は有効なようだ。
(よしよし! ウォーリアは攻撃力と敏捷性に優れている反面、防御はそこまで硬くない。今のオレの攻撃力でも、どうにかダメージは通せるな……!)
確かな手応えを感じ、内心でガッツポーズをするリオナ。
よろめいたウォーリアの鳩尾に、今度は渾身のハイキックを叩き込んだ。
「ギエッ⁉」
「ハッ! 人体の急所はテメェにも効くみてえだな、山羊男ッ‼‼ ……いや、山羊女か?」
などと冗談めかしながら、勢いづいたリオナは次々とウォーリアへ打撃を与えていく。
怯まないので反撃はされるが、それらの攻撃パターンは既にゲームで知り尽くしている。当たることはない。
(最初の削りは順調……。この辺で――)
相手の攻撃を誘う為に、ウォーリアの間合いにわざと一歩深く踏み込む。
狙い通り、ウォーリアが手拳で素早い突きを放ってきた。
それを左にいなして躱し、ウォーリアの腕を掻いくぐって、懐に入り込む。
好機と悟ったリオナは、両手をウォーリアの腰回りに当て、
「≪腰心砕手――ッ⁉」
武技を繰り出そうとして、慌ててその場から跳躍する。
右後方から、大剣の刃が迫っていたのだ。
咄嗟に大剣を回避して着地したリオナは、その持ち主を鋭い目で睨みつつ、吐き捨てるように言った。
「オイコラ、お楽しみの最中に横槍入れてくるたあ、どういう了見だボス猿!」
「フ、貴様こそ、この俺を差し置いて二人でお楽しみとは、なかなかいい度胸じゃねえか」
睨み合うリオナとドモス。
彼には先程十分なダメージを与えたはずだが、まるで手負いとは思えない風貌で、両手に大剣を構えていた。
対して、リオナは外傷こそないものの、筋肉には度重なる連戦で疲労が蓄積し、HPはドモスの一撃で残りあと僅かという状態である。
回復アイテムは持っているが、ドモスとウォーリアを同時に相手にして、使用する隙があるとは思えない。
回復が望めない以上、一撃たりとも攻撃を受けることは許されない。
もうこれ以上ない程の窮地に、リオナは、
「……このオレが、ここまで追い詰められるとはな。ヤベェ、ヤベェなオイ………………チョーワクワクするッ‼‼」
活き活きしていた。
有り得ない程活き活きしていた。
どうやら、追い詰められる程燃えるタイプらしい。
リオナの闘志が死んでいないのを見て、ドモスは満足そうに笑った。
「そうだ、それでこそ俺が見込んだ獲物だ……! いくぞッ‼‼」
ドモスが変わらぬ速度と迫力で、大剣を手に迫る。
その後ろから、手刀を構えたウォーリアも一緒に迫って来た。
「ぬうらぁッ‼‼」
ドモスが大剣を力任せに叩きつける。
それが地面をも砕く威力であることは、身を以て体験済みだ。
なら、後方か上空に身を投げ出して躱す必要があるのだが、その隙に弾丸の如き速度で迫るウォーリアの手刀が身を貫くだろう。
どちらに逃げようと死。
そう判断したリオナは、
「せいッ!」
足を地に留め、ドモスの振り下ろす大剣に、真正面から拳を突き出した。
当然、刃の付いている方に、である。
そんなことをすれば、リオナの華奢な肉体など真っ二つに斬り裂かれ、血と肉の花を咲かせることは必定だ。
通常の思考を持つ人間ならば、まず及びもしないであろう狂気の沙汰である。
不可避の運命を悟り、自ら死を選んだのかと思われたが……
ドモスの剣とリオナの拳がかち合う。
その瞬間、まるで金属同士がぶつかったかのような硬質な音を立てて、ドモスの剣が弾き返された。
「ぬうんッ⁉」
これにはさしものドモスも驚愕を隠せない。
≪空衣≫で受け流された時も驚きはしたが、まさか真正面から弾き返されるとは……
「――≪金式剛体術・玉鋼≫! 気力と筋力を一点に集中させ、その部分だけ肉体の強度を格段に跳ね上げる体術だ。その身で味わってみなッ!」
言うや、リオナは握ったままの拳をドモスの腹に捻じ込んだ。
「ぐうッ⁉」
ドモスが呻く。
彼女の言う通り、彼女の拳はとても人の肉体とは思えない程硬質化していた。
まるで砲丸を喰らったかのようだ。
そのまま腹を抑え、後退するドモスと入れ替わるように、今度はウォーリアがリオナに肉薄してきた。
構えた手刀を一息に三度も振るい、リオナの逃げ道を塞ぐ。
が、それも全て≪玉鋼≫で受け止め、カウンターとばかりに鉄のように重い掌底突きを喰らわせた。
「グ……グオオオオオォォォォォッ⁉」
顎を打ち抜かれながらも、それでも懸命に足を止め、拳を振るうウォーリア。
上半身を捻じるようにして、しなる右腕を横から叩きつけ――るように見せかけて、本命は尻尾による薙ぎ払いである。
「何ッ⁉」
ゲームにはなかったモンスターのフェイント攻撃に、リオナは、
「――な~んてな! 見切ってるぜッ!」
全く動じず、振り回される尻尾を踵落としで踏みつけた。
「グアッ⁉」
「ハアッ‼‼」
無防備に空いた背中に、今度こそ≪腰心砕手拳≫が入る。
モンスター相手に効果を発揮する技ではないが、身体の内側に確実にダメージを与えられる。
防御の薄い箇所に強い衝撃を受け、ウォーリアはよろめきながら吹っ飛んだ。
「ハッ! 二人になったからって勝てるとでも思ったかよッ⁉」
同時に攻めてきた二人を撃退し、獰猛に吠えるリオナ。
彼女は第15層のモンスターハウスを軽々捻り潰した実力者なのである。
一人が二人になったところで、彼女にとっては増えた内に入らなかった。
(……とは言え、ミラが早えトコ脱出手段を見つけてくれねえと……。いくらオレでも、この戦いはちょいと分が悪ィ……)
相手に悟られないよう、ひっそりと上がった息を整える。
低レベルの肉体を酷使してきた所為で、体力の限界が近いのだ。
いざという時の為に、奥の手はあるのだが……
(……チートみたいで、使いたくねえしなあ……)
そんなことを考えるリオナの前で、吹き飛ばしたドモス達がむくりと身を起こした。
これまでの戦いで、向こうも確実に弱ってはいるが、決定打とはなっていない。
このまま戦い続ければ、先に力尽きるのはリオナの可能性が高かった。
(……あんまり悠長にもしてられねえか)
相手が完全に体勢を整える前に追撃を仕掛けようとするリオナだったが、ウォーリアの様子がおかしいのを見て、慌てて駆け出そうとする足を止めた。
(アレは……)
ウォーリアがゆっくりと二本足で身体を支える。
しかし、完全には立ち上がらず、背中を丸めて俯いたかと思うと、
「グ……グ……グアアオオォォォォォオアアアオオォォオオオ――――ッ‼‼‼‼」
部屋全体を揺るがす凄まじい咆哮を上げながら、勢いよく身を起こした。
身体の色が青から赤へと変わり、全身の筋肉が隆起して熱を帯びている。
三つの禍々しい瞳には不気味な光が宿り、更なる醜悪さを醸し出していた。
(……アオヤギのHPが半分を切ったか。面倒なのはここからだな……ッ!)
その変化に対し、リオナはゲームの知識を頼りに、対処法を考える。
ここから先はより厳しい戦いになるであろうことを腹に据え、ギュッと拳を握り直した。
「……フ、流石の貴様でも、コイツのこの姿には恐怖を覚えるようだな」
「……馬鹿言え。アオヤギがアカヤギになったところで、このオレがビビるわけねえだろ?」
意識的に口角を吊り上げ、笑ってみせる。
無論恐怖など感じないが、不安と懸念はある。
それらを無理矢理飲み込み、首の骨をコキコキと鳴らしてから、リオナはドモス達に突貫して行った。
果たして、ミラが脱出手段を見つけるのが先か、リオナが倒れるのが先か。
緊迫する戦いに、リオナは心地良い冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
アオヤギさんからお手紙着いた♪
アカヤギさんたら読まずに裂いた♪




