第一章 第七節 ~ 犬人族の男達 ~
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カウンターは三つ並んでおり、左から順に冒険者登録(初期設定)、ストーリークエスト、イベントクエストと役割が分かれていた。
ゲームでは全て同じグラフィックのモブがそこに立っていたのだが、ここでは別々の女性が各カウンターに立っていた。
そのカウンターの一つ、真ん中のストーリークエスト用のカウンターに先客の姿があった。
鋼の鎧を着用し、腰に剣を提げた男達が四人。
いずれも40代前後といった外見で、イヌ耳とイヌ尻尾を生やしている。
〝犬人族〟という種族だ。
その内の一人、リーダー格らしき男が、カウンターに立つ女性に詰め寄っている。
「な・ん・で、アイツらには紹介して、俺達には紹介できねえんだよッ‼‼」
「で、ですから……先程も申しましたように、クエストの受注は先着順でして……」
「んなもん知ったことかッ‼ 俺達はなぁ、毎日毎日汗水どころか血まで流してギルドに稼ぎを納めてやってんだよォ! 一体誰のお陰でここをやっていけてると思ってんだァ?」
「そ、それは……」
「それによ、コイツはお前らにとっても悪くねえ話なんだぜ? アイツらと俺達とじゃ、レベル差は天と地程もある。どうだ? 俺達に任せりゃ、アイツらの倍は稼いできてやるよ」
そうだそうだ、と囃し立てる仲間達。
ガラの悪そうな男達の視線に睨まれ、カウンターの女性はたじろいでいた。
それでも首を縦に振らない女性に業を煮やした男は、バンッ!と机を叩き、声を荒げた。
「つべこべ言ってんじゃねえッ‼‼ とっととそのクエストを寄越しやがれェッ‼‼」
「いい加減にしなさいあなた達っ‼‼」
「誰だぁッ⁉」
見ると、先程まで隣にいたはずのミラが一瞬にして男達の前に駆け寄り、ウサ耳を逆立たせて、憤怒の視線で男達を睨みつけていた。
彼女の身の丈の倍はあろうかという巨躯の男達を前に、彼女は一歩も退くことなく、気丈に吠え掛かっている。
「クエストの受注は早い者勝ち――ギルドで定められたルールでしょうっ⁉ 最低限のルールすら守らず何が冒険者ですかっ⁉」
「おおっと⁉ これはこれはミラちゃんじゃねえか! こんなトコで何してるんだァ?」
「話を聞きなさいっ‼‼」
男達が彼女に気付くと、途端に彼らは揃って嘲りの表情を顔に浮かべ、彼女を見下すように笑いかけた。
ミラは男達の態度に殊更憤慨し、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「ギルドがやっていけるのは、冒険者が多額の税を納めてくれる為……それは認めましょう。ですが、それとこれとは話が別。ギルドの定めたルールを守らない者は、不法者として処罰対象となります。場合によっては、冒険者の資格が永久に凍結されることも……」
「それがどうした?」
「っ⁉」
男はニヤニヤと底意地の悪そうな笑みを浮かべ、
「聞いたぜ? 最近魔族の動きが活発になってるそうじゃねえか。噂では、魔王が迫っているなんて話もあるみたいだな?」
「そ、そうですが、それが……?」
一体何の関係が。
そう言おうとしたミラに、男はとびっきり邪悪な笑顔を見せ、
「そんな強敵に立ち向かうには、俺達冒険者の力が必要なわけだ。万一魔王や魔族が街に攻め入って来たりでもしたら、この街は大変なことになるもんなァ? ……わかるか? ギルドは魔王に対抗する戦力を確保する為にも、滅多なことじゃ冒険者の資格停止なんて処分はできないんだよ」
「っ⁉」
勝ち誇ったような顔をして、男は続ける。
「そういうわけだから、ギルドも多少の好き勝手は許してくれるのさ。あーあー、まったく冒険者に過ごしやすい世の中になったこって! 魔王様様だな!」
わははは、と下品な笑い声を上げる男達。
ミラは何も言い返せず、唇を噛んで俯いていた。
ひとしきり笑い終えた男達は、
「……ま、別にいいんだぜ? 俺達を処罰しても。そん時は、お前が獣人族を滅亡させたことになるけどな」
くつくつと陰気な笑いを浮かべながら、男達はミラの脇をすり抜けて去って行く。
ミラと男達のやり取りを眺めていたカウンターの女性も、何も言えずに黙りこくっていた。
ミラは尚もウサ耳を震わせて俯いていたが、突然キッと顔を上げ、去って行く男達の背中を睨んで、静かに言った。
「……いいでしょう。あなた方の弾劾裁判をギルドに請求しておきます」
「……何?」
男達が振り返る。
鋭い敵意を秘めた視線を前に、ミラは毅然とした態度で言い放つ。
「……ですが、獣人族を滅亡させるつもりもありません。私は……」
ミラはそこで一つ息を吸い込み、一瞬だけリオンの方をチラリと見て、
「……私は、世界を救う英雄を異世界より召喚したのですから……!」
その言葉に、周囲が言葉を失う。
時が止まったかのような静寂が辺りを包む。
唖然とした表情でミラの顔をまじまじと見つめた男達は、次の瞬間、
「……っぷ! どわっはははははッ! い、異世界ぃ? 召喚ん? ぶは! こらァ傑作だ! あの真面目で堅物のミラが妄想に憑りつかれやがった‼‼」
「んなっ⁉」
これっぽっちもミラの言葉を信じていない男達は、地団太を踏み、目元に涙まで浮かべて盛大に笑い転げている。
ミラはそんな男達に一層腹を立て、
「ほ、本当ですっ‼‼ そちらにいる金髪の方こそ……!」
「ああん?」
男達が胡乱な目でリオンを見遣る。
彼女の姿をその目に映すと、
「……! ほほう……これはこれは、とんでもねえ上玉が近くに潜んでいたモンだ。こぉんなきれーな姉ちゃんが英雄ねェ? どおれェ……」
男はそう言うと、無遠慮にその手をリオンの豊満な胸に伸ばしてきた。
リオンは伸びてきたその男の手首を掴み、実に不機嫌そうな目で男を睨むと、吐き捨てるように言った。
「……悪いが、そいつは有料オプションだ」
「こりゃ失敬」
男は伸ばした手を引き戻しつつ、値踏みするかのような視線で、リオンの身体をねめ回した。
ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべ、それから、やはり侮蔑を込めた声で、
「ま、この嬢ちゃんが俺達のレベルの半分でもありゃ、信じてやるよ!」
そのまま下卑た笑い声を上げながら、今度こそ男達は去って行った。
その背中をギリと歯噛みしながら、ミラは見つめていた。
リオンはそんなミラに、不機嫌さを隠さない声音で話しかけた。
「ったく……面倒なことしやがって。オレは面倒事にまで首を突っ込む気はねえぞ?」
「そ、それは……」
ミラは感情に任せて男達に突っかかっていったことが恥ずかしくなり、ウサ耳を萎れさせて俯いた。
彼女の行動は、リオンのことを顧みない短絡的なものだった。
結果として、全く無関係のリオンまで迷惑を被ってしまった。
それがいたたまれなくて、彼女は巣穴があれば入ってしまいたくなった。
リオンは金髪の後ろ髪をボリボリと掻きつつ、溜息を吐いた。
(……感情豊かなのは面白いが、怒りやすいのはいただけないな)
冷静さを失ってしまうようでは、今後いくつものトラブルの種となる可能性が高い。
彼女と行動を共にする上で、そんな面倒に巻き込まれるのだけは御免だ。
小さくなる彼女を責める気にもなれず、結局リオンは意識して話題を転じることにした。
「……ほら、いつまでそうしてんだ。冒険者登録の為にここまで来たんだろ?」
「……そうですね」
「………………」
はぁ、ともう一度だけ溜息を吐いたリオンは、
「……昼飯は肉がいい」
「?」
リオンの意図がわからず、キョトンと首を傾げたミラがリオンの方を見る。
リオンはニヤリと口の端を吊り上げると、
「一階の食堂の話だよ。冒険者登録すれば使えるんだろ?」
「はい」
「ならさっさと済ませちまおう。いい加減腹が減った」
「……ふふ、わかりました。こちらですよ」
まだいくらかいつもの元気が無いものの調子を取り戻した彼女に促され、リオンは一番左のカウンターの前に立った。
名前すら貰えなかった小物臭の予感……




