第二章 第十五節 ~ 簒奪者の影 ~
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ハイドルクセンの言う依頼人は、次のフロアですぐに見つかった。
二人共疲労困憊で、装備も道具もドロップアイテムも丸々一式失っていたが、命に別状はないようだった。
ハイドルクセンはそのまま「彼らを送り届ける」と言って、リオナ達と別れることとなった。
彼を先頭に隊列を組んだハイドルクセンは、
「では、この先も気を付けて探索してくれたまえ! 私が言うことではないかもしれないが、ここから先は特に凶悪なモンスター達が待ち受けている。危険を感じたら、無理せずすぐに脱出を……」
「ええ、十分に承知しています。〝青のクリスタル〟はこの前誰かさんに使われてしまいましたが、脱出用のアイテムは他にも用意していますし、有事の際の備えは万全です!」
「……そうだね、ミラちゃんは経験豊富な熟練の冒険者だし、リオナちゃんの実力もよくわかっている。……だがね、そうしてダンジョン探索で帰らぬ人となった友を、私は何人も知っている。殉職した彼らの遺留品を探してダンジョンに潜るのは――辛いことだ」
影の差すハイドルクセンの横顔は、これまで見たどの表情より沈鬱で、彼の悲哀が滲み出ていた。
いつも何処か冗談めかした口調の彼だが、この時ばかりは、亡くなった同胞を悼む気持ちがひしひしと伝わって来た。
「……っと、いけないいけない。あまり辛気臭い雰囲気にしてしまうのも、これから冒険に向かう戦士達に失礼だね」
「い、いえ、そんなことは……」
優しく微笑んだハイドルクセンが、不意に声のトーンを落とし、ミラ達にだけ聞こえる声で言った。
「……実は、ここ最近ダンジョンで例の盗賊団の目撃情報が確認されていてね」
「……え?」
例の盗賊団と言うのは、リオナ達がつい三日前にも戦った〝ドモスファミリー〟のことだろう。
思わぬところで飛び出したその単語に、ミラは赤目を丸くする。
「……まあ、単なる偶然だとは思うのだが、引っかかる部分もあってね。彼らの状態――武器も防具も消費アイテムも綺麗に無くなっている割には、外傷があまり見当たらない。モンスターにやられたのだとしたら、普通もっと徹底的に蹂躙されると思わないかい?」
「……あ」
ハイドルクセンに促され、救助の依頼人の姿を見遣る。
確かに、彼の指摘する通り、物的被害の割に身体的被害が少ないように思えた。
それはまるで、初めから冒険者の所持するアイテムだけを狙われていたかのような――
「……私の考え過ぎかもしれないがね。一応、用心はしておいてくれたまえ」
「……わかりました」
ごくりと息を呑み、頷くミラ。
リオナは聞いているのかいないのかわからない態度で、「ああ」と生返事するだけだった。
下の第15層へと消えていくハイドルクセンの尻尾を見送ってから、ミラはリオナに相対した。
「リオナさん、先程の話……」
「……そうだな」
リオナはある一点を見つめ、
「ミラの素敵ウサ耳を如何にして弄り倒すかという永遠の難題について……」
「そうですそうです私の素敵ウサ耳を……ってそんな話はしていませんよっ!」
「ん? そうだったか?」
素のリアクションでとぼけるリオナに、ミラはがっくりと項垂れた。
「もう、リオナさん! ちゃんとお話聞いてました?」
「当然だ。ミラの素敵丸尻尾を如何にして弄り倒すかという永遠の難題について……」
「そうですそうです私の素敵丸尻尾を……っていい加減にしてくださいっ‼‼」
堪らずミラのウサ耳攻撃が繰り出された。
スパアァァアンという快音を金髪の頭で受け止めたリオナは、今度こそ真面目な顔で、
「わあってるよ。ミラの素敵毛並みを……」
全部言い終わることもなく、再びスパパアァァアン!と最早無言となったウサ耳攻撃が飛んで来た。
「……はぁ……リオナさんに期待した私が愚かでした……」
「そうむくれるなって! ちょっとした冗談だからよ!」
「時と場合というものがあるでしょうっ⁉ 全く……こっちは真面目な話をしようと思ってたのに……」
「安心しろ。ちゃんとこの耳で聞いてたさ――この前のヤツらのことだろ?」
リオナの声に真剣さが戻り、ミラはピクリとウサ耳を震わせた。
「……犯罪者集団、ねえ。お尋ね者クエストも出回るってこたあ、それはもう言葉では言い表せないような非道の限りを尽くす素敵に愉快に下衆なヤツらで、徹底的に潰しちまっても全く咎められず寧ろ方々から感謝感激雨あられされるような、そんな外道の集団ってことでいいんだよなあ?」
「ひょ、表現は兎も角、捕まえれば賞金が出るのは間違いないですね」
キラキラと金眼を輝かせ、獲物を前にした肉食獣の顔で凄惨に笑うリオナに、ミラは気圧されたように答える。
だが、次には彼女を窘めるように、
「ですが、捕まえるだけです! 仮令犯罪者であっても、やむを得ない場合を除き、無暗に殺すことは許されません! 犯罪者はきちんとギルドの執り行う裁判にて、妥当な罪を言い渡されなければならないのですっ!」
語気を強め、リオナのネコ耳にしっかりと言い聞かせる。
そうでもしないと、暴走した彼女による血塗れの猛獣ショーが始まりかねない。
お尋ね者を捕まえようとして、逆に彼女の方が犯罪者になってしまったのでは、今後の魔王討伐にも影響が出て来る。
(世界を救う為にも、リオナさんの凶行は私が止めなくては……!)
決意を固め、薄い唇を引き締めるミラ。
それから、一転して心配そうな表情を浮かべ、二人の後ろでずっと俯いていたリィに振り返った。
「リィさん……大丈夫ですか?」
「……へ? な、何がだい?」
「……いえ、その……ハイドさんと出会ってから、ずっと様子がおかしくていらっしゃいましたから……」
「大丈夫、ちょっとびっくりしちゃっただけだから……! いやーアタイなんかがギルドマスターに会う機会があるなんてー……!」
「……本当に何でもありませんか? もしご気分が優れないようなら、今すぐ撤退を……」
「それはダメだよっ‼‼」
途端に声を荒げ、必死の形相でミラの瞳を見つめるリィ。
「折角ここまで来れたんだ。こんな所で引き返すわけにはいかないよ! お姉さん達ならきっともっとたっぷり稼げるってアタイ信じてるんだ!」
「そ、そう言われましても……」
リィの強い言葉に、ミラはたじろぎながら答える。
あまりの必死さに、多少の違和感を覚えずにはいられなかった。
(『きちんとご飯は食べている』とリオナさんはおっしゃっていましたが、それ以外にも、何か金銭的に困っている理由が……?)
「……そこまでおっしゃるのであれば探索は続けますが、何かあればすぐ私かリオナさんに言ってくださいね?」
「わかったよ」
釈然としないまま、渋々パーティーの先頭を歩き出す。
ここから先の中級者向けフロアの危険度は、これまでのフロアの比ではない。
リィに対して注意を払いつつ、より慎重に歩を進めていく必要がある。
(何も起きないといいのですけど……)
不安げな表情を押し殺しながら歩くミラと、その尻尾を追いかけながら重いバックパックを揺らすリィ。
二人のやり取りを黙って見ていたリオナは、彼女達の後ろで、何か面白いことが起きそうだと、薄い笑みを浮かべていた。
永遠の難題(哲学)




