第二章 第十二節 ~ 混戦① ~
☯
リオナの前に立ち塞がったのは、一本の鉈を携えた牛頭の怪人〝ミノタウロス〟だった。
第12層以降に出現し、高い攻撃力と防御力を誇る要注意モンスターのうちの一体。
並外れた腕力から繰り出される一撃は、岩盤すら砕く威力と言われている。
(こんだけのデカブツ相手となると、半端な攻撃じゃ意味が無え。なら……)
「≪白式・翔龍脚≫ッ‼‼」
姿勢を低くして懐に潜り込み、死角から全力のハイキックでミノタウロスの顎を打ち抜いた。
苦悶の声を上げたミノタウロスは、身をのけ反らせてどうと地面に倒れ伏す。
そのまま次の敵に取り掛かろうとしたリオナだったが、
「ゥ……ウオオォォォォオオオオォォォォォオオオオオオ――――ッ‼‼」
「おっと、この程度じゃあ倒れねえか。流石の耐久力だな!」
身を起こし、反撃とばかりに振り下ろされたミノタウロスの鉈を、リオナはバックステップで華麗に回避した。
更に、壁に張りついていた〝ブラックスパイダー〟の飛ばしてきた糸を、手にした片手剣で切り裂いた。
(本来なら、周りのザコから倒していくのが定石なんだが……)
ミノタウロスの方をチラと窺う。
赤い目を滾らせ、鼻息を荒くする牛頭の怪人は今にもリオナに飛びかかってきそうで、とてもじゃないが背を向けることを許してくれそうになかった。
(……しゃあねえな。なら、うまいことヤツらの攻撃を誘導して……!)
作戦を考えついたリオナは、突如ミノタウロス目掛けて疾駆した。
必要なのは、視野の広さと判断力と想像力。
混戦なら混戦なりの戦い方があることをリオナは熟知していた。
「フッ!」
ミノタウロスに向かって力任せに剣を振るう。
当然鉈で弾かれ、反撃の横薙ぎが飛んで来る。
それに合わせてリオナは地面をゴロゴロと転がり、大きく開かれたミノタウロスの股下を抜けた。
「よし!」
そのままミノタウロスの方には見向きもせず、壁に張りついたスパイダーの元へ一直線に走り出す。
股下を抜かれたことに一瞬驚き、呆けていたミノタウロスだったが、すぐに反転し、リオナの背中を追い始めた。
見た目に反して敏捷性はそこそこ高く、リオナとの距離は徐々に縮まっていく。
「ウオオオオォォォッ‼‼」
「ハ! やっぱり追って来やがったなッ!」
洞窟全体を揺るがすような重い足音が迫るのを背後に感じながら、リオナは剣を構えた。
攻撃の意思を悟ったスパイダーは、彼女を迎撃すべく、粘性の糸を口から吐き出す。
それと同時に、間合いを詰めたミノタウロスが大上段に鉈を振りかぶった。
(ここだッ!)
リオナは足を止めず、そのままスライディングする形で、飛来する蜘蛛の糸を躱した。
躱された蜘蛛の糸は、鉈を振りかぶったミノタウロスの腕に巻きつき、その動きを封じて〝バインド状態〟にした。
「ウオッ⁉」
「そこだッ‼‼」
唐突に進行方向のベクトルを変えたリオナが、剣でミノタウロスの心臓を貫く。
コアを破壊され、生命活動を停止させたミノタウロスは、黒い粒子となって消えていった。
その結果を見ることもなく、リオナはポーチから取り出した〝火の結晶〟をスパイダーに投げつけ、周りの個体ごとモンスターを焼き払っていた。
(まずはこんなところか)
周囲一帯のモンスターが消滅したことを確認すると、リオナはその場から飛び退いた。
それとほぼ同時に、リオナのいた地面から鋭い角が飛び出した。
そして、その周りの土がボコッと捲れ上がり、下からその角の持ち主が姿を現す。
(今度は〝モグー〟か。地面の下から角や爪で攻撃してくる土竜型モンスター……)
冷静にモンスターの正体を見極めながら、右往左往して広場内を駆け回る。
彼女の動きを追うように、無数の角や爪が地下から襲って来た。
それだけでなく、今度は空間を浮遊していた幽霊みたいなモンスター達が、一斉に青白い炎でリオナに攻撃してきた。
(〝ナイトクロウラー〟まで来やがったかッ! こいつぁちと面倒だな!)
炎の掠ったリオナの金髪が、数本千切れて燃え落ちた。
弾速は遅いが、まともに喰らえばレベル1の肉体など簡単に燃え尽きるだろう。
恐らく、足を止めた瞬間に死ぬ。
それを直感的に感じ取ったリオナは、ひたすらに広場中を走り回り、敵の猛攻を躱し続けた。
(……さてどうする? ナイトクロウラーは〝物理攻撃無効〟の特性を持ってるから、剣や打撃じゃ倒せねえ。魔法で攻撃するしかないが、結晶の残り数は心もとないし、ミラはミラで手が離せそうにないし……)
打つ手無し。
そんな言葉、生粋の廃人ゲーマーたる彼女の辞書には載っていない。
「おっと⁉」
考えごとをしながら走り回っていたリオナの眼前に、突然木の棒みたいなものが突き出された。
咄嗟に気付いて大きく跳躍し、その持ち主を鋭い視線で睨みつける。
(……〝ドルイド〟までいたのか。魔術師クラスなのに、何故か杖での物理攻撃――通称〝杖ペチ〟しかしてこねえヘボモンスター)
ドルイドは攻撃力が低い。
当然、その杖ペチも一桁台のダメージしか喰らわず、はっきり言って、いないに等しいモンスターなのだが……
(……いや待てよ? ひょっとしたら、こいつぁ使えるかも)
一つの可能性に思い当たったリオナは、急にドルイドの方へと反転した。
「≪秘剣の四・断想≫ッ‼‼」
人の動体視力を超えた超高速の剣でドルイドを斬りつける。
人の形をしたモンスターは、上半身と下半身を分断されて消滅した。
(……違う、倒しちゃあ意味が無え。この程度で死ぬとなると、今度はもうちょい浅めを狙って……)
先程と同じ技を、別のドルイドに向かって放つ。
今度はダメージを与え過ぎないよう、間合いを調整して、剣の先端だけで斬りつけた。
肩から脇にかけて刀傷を負ったドルイドは、半歩ノックバックして膝を突いた。
が、消滅はしていない。
十分なダメージは入ったが、HPを削り切るには至らなかったようだ。
(今度はどうだ?)
相変わらず飛んで来るナイトクロウラーの炎やモグーの爪をやり過ごしながら、斬りつけたドルイドの様子をじっと窺う。
暫く沈黙していたドルイドだったが、やがて立ち上がると、両手に持っていた杖を正眼に構え直した。そして、
ドルイドの足下に魔法陣が浮かび上がると、杖の先端に光が収束し、それはバスケットボール大の大きさになってリオナ目掛けて撃ち出された。
眩く輝くその球体は、軌道上の岩や土塊を消滅させ、攻撃力を有していることが窺える。
光属性魔法≪グリッターソウル≫。
威力と速度を兼ね備えた、初級魔法の中でも特に使いやすい定番の魔法の一つだ。
しかし、杖ペチしかしてこないはずのドルイドが、何故魔法を使ってきたのか。
実は、ドルイドは残りHPが半分を切ると、杖ペチから魔法攻撃に行動パターンをシフトさせる。
もっとも、防御もHPも低い為に、一撃で倒してしまうことが多く、ドルイドの行動パターンの変化に気が付くプレイヤーは少ない。
リオナも実際にドルイドと遭遇するまで、完全に忘れ去っていたデータである。
飛来する光弾に対し、リオナはその進行方向に正面から相対し、手に持つ片手剣を構えた。
避けるのは簡単だが、今回の目的はそこではない。別の狙いが彼女にはある。
リオナは瞳を細め、ギリギリまでドルイドの魔法を引きつけると、
「せい!」
片手剣を両手でフルスイングし、さながら四番バッターのようなフォームで光弾を打ち返した。
剣の腹で殴られた光弾は、進行のベクトルを変えて明後日の方向へ飛んで行く。
光弾が浮遊していたナイトクロウラーに直撃し、巻き込まれた数体のモンスターが「キー……」と鳴き声を上げて消滅していった。
「よしよし! これならイケそうだな!」
敵の魔法を剣で弾き返し、別の敵に当ててダメージを与える。
ゲームでは味方への攻撃がない為にできなかったことだが、この異世界での自由度が段違いであることは検証済みだ。
思いつきでやってみたが、存外上手くいったことにリオナは内心でほくそ笑んだ。
「っしゃあ‼‼ どんどんいくぜッ⁉」
そこら中のドルイドというドルイドに手加減した剣技を喰らわせる。
HPが半分以下になったドルイド達が、次々と魔法を撃ち始めた。
それら全てを剣で打ち返し、浮遊するナイトクロウラーに寸分違わず命中させていく。
闇属性のナイトクロウラーに光属性の魔法は効果抜群だ。
当たった端から短い悲鳴と紫色の魔晶石を残し、消滅していく。
それらを凄惨な笑みで見つめながら、
「そうら、どんどん撃って来いッ! ヘイヘーイ! ピッチャーびびってるゥ!」
剣を振り回し、ドルイド達を挑発するリオナ。
そうして夢中になっているところへ、地中からモグーの角が飛び出して来た。
「っと、そういやこいつらもいるんだったな。しつこいのも飽きたし、いい加減くたばってろッ! ≪秘剣の三・蝶舞≫‼‼」
体内で作り出した振動を、剣を通じて足元の地面に流す。
固い岩盤を伝って行った振動は、モグー達の体内で爆発し、彼らの身体を内側から破壊した。
邪魔者のいなくなった広場で、リオナは剣によるフルスイングを再開した。
彼女を狙い、ドルイド達の魔法も激しさを増すが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、正確に光弾を打ち返していく。
パワ○ロなんかにスカウトされれば、間違いなく最強キャラとして降臨しそうだ。
気付けば、宙を縦横無尽に漂っていたナイトクロウラーの群れは、一匹残らず消滅していた。
「……ん? もう終わりか? 的が無いんじゃあ、ゲームセットだな」
リオナは剣を下ろして振り返り、
「じゃ、オマエらはもう用済みだ」
残っていたドルイド達の身体へ、無造作に剣を突き込んだ。
元々HPの減っていたドルイド達はあっさりと倒され、黒い霧となって霧散していった。
「……さて」
地面一帯に散らばる魔晶石からゆっくりと目を離し、顔を上げる。
広場には、まだ百体を超えるモンスターが不気味に蠢いていた。
(流石はモンスターハウス! 敵の数が半端ねえ……!)
そのモンスターの群れの一部がリオナに気が付き、涎を垂らしながらにじり寄って来た。
(……竜人族のオレだったら、範囲攻撃で一発だったんだがな)
大量のモンスターを一撃で葬り去る快感は、どのゲームにおいても極上である。
大技を放ち、後に残されたドロップアイテムだけが散らばる光景を見ると、何とも言えない爽快感が胸を満たす。
これ程の高揚感を感じられる体験は、そうそう他にあるものではない。
――だが、今はそれ以上に、
(レベル1の能力で、この絶対的に不利な状況をどう打開するか。どんな作戦を立て、どんな動きをすれば、最小限の行動で最大限の効果を得られるか――それを考える方が、よっぽど面白いッ‼‼)
大技を放つだけの脳死プレイより、知謀と戦略を尽くした技巧プレイ。
その緊張感だけが、今のリオナを突き動かしていた。
「いいぜいいぜ、面白くなってきやがったなあッ! 一発で楽にしてやっから、死んでるヤツまでかかって来なッ‼‼」
自然と口の端に獰猛な笑みが浮かぶのを感じながら、リオナは再びモンスターの群れに飛び込んで行った。
99人……どころかそもそも人ですらない壁




