第二章 第十節 ~ さらなる奥地を目指して ~
☯
嫌な気配の消えたボス部屋で、ミラがホッと息を吐いた。
倒れた石柱に割れた地面が、激しい戦いのあったことを物語っている。
この戦いで誰一人欠けることなく生存できたことを、心の底から嬉しく思った。
武器を収めたリオナが、軽薄な笑みを浮かべて近寄って来た。
「終わったな」
「そうですね……。でも、リオナさん? さっきわざと鋏の間合いで戦っていたでしょう? リオナさんは一撃でも攻撃を喰らえば致命傷になり得るのですから、ああいう危険なことはもう二度と……」
「別にいいじゃねえか。普通に勝ったってつまらねえだろ? パターンのわかり切ってる相手だったんだし、どうせなら完封勝利して……」
「そういう慢心がダンジョンでの死に繋がるのです! 私としてはリオナさんを死なせるわけにはいかないのですよ! 世界の命運がかかっているということをお忘れですか⁉」
「勝手にかけたのはオマエだろ」
そうして言い合う二人の間に、赤褐色の三角耳がぴょこんと生えた。
「まーまー、お姉さん達! ボスは倒せたんだからいいじゃないか! ほら、収穫もこんなにたくさん……‼‼」
リィがスコーピオンからドロップした大きな魔晶石を両手で抱え上げた。
僅かな光を反射し、紫色の燐光を放つ様子は、モンスターから採れたとは思えない美しさだ。
「こんだけ大きければ、換金して10万ロンドくらいにはなるんじゃないかな? 普通なら5~6人のパーティーで山分けするトコだけど、アタイ達はたったの三人! 一人3万ロンド以上の儲けになるよ!」
「オイ、何ナチュラルに三人で山分けしようとしてんだ。オマエ、報酬は無くていいって言ってたろ」
「うぅー、そんな殺生なこと言わないでおくれよー! 確かに、報酬はタダでもいいとは言ったけど、こんだけの収穫があると多少は欲しくなっちゃうんだよー‼‼」
「ふふ、心配しなくても、ちゃんと報酬はお支払いしますよ」
「本当かい⁉ 約束! 約束だからね‼‼」
ケラケラと笑い合う一同。ボスが倒れ、平和な時間が戻って来た感じだ。
飛び跳ねて喜んでいたリィは、それから瞳を輝かせて言った。
「……それにしても、お姉さん達すごかったねえ! あのギガスコーピオンをたった二人で倒しちゃうなんてさ! こんなに強い冒険者、アタイ初めて見たよ!」
「どうもありがとうございます! ……実は、こちらのリオナさんはまだ初期レベルで、今日が初めてのダンジョン攻略だったのです。なので、クリアできるかどうか不安だったのですが……。無事ボスのフロアまで辿り着けてホッとしているのですよ!」
「……へえ、初期レベル、ね……。それはすごいねえ!」
「何だ? ミラ、オマエ、オレのこと信用してなかったのかよ?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが……!」
「ハン! オレがこの程度のダンジョンでくたばるわけねえだろ? こんなの蠕動運動にもなりゃしねえよ!」
犬歯を剝き出しにして獰猛に笑うリオナ。
いくらレベル1に戻されたとは言え、ゲームをやり込んだ彼女にとって、適正レベル15程度のボスなど相手にならなかった。
彼女に睨まれそうになったミラは、慌てて話を切り上げた。
「さ、さて! 目的のフロアまではクリアできたわけですし、今日はこの辺りにして帰りましょうか!」
「そうだな。不完全燃焼ではあるが、今日は大した準備をして来てないし、続きはまた今度にするか」
「……おや、もう帰ってしまうのかい?」
「え?」
リィがミラの瞳を真っ直ぐ見て、言った。
「お姉さん達の実力なら、まだまだ先まで進めるだろう? もっとたくさん稼いで行ったらどうだい?」
「で、ですが、今日は第10層までの予定でしたから……」
「勿論、アタイも全力でサポートするとも! 正直、これ程の実力者に同行できる機会は稀でね。アタイもこの機会に、存分に稼いでおきたいのさ!」
「そんなこと言われましても……」
「大丈夫、お姉さん達なら絶対行ける! 第22層まで行ったことのあるアタイが保証するよ!」
薄い胸をトンと張り、自信ありげに笑うリィ。
彼女の期待の視線に、ミラは戸惑った。
(ど、どうしましょう……。第15層までならどうにか行けるかもしれませんが、そこから先は中級者向けのフロアです。レベルは兎も角、人数が……)
中級者向けのフロアになると、それまでと比べて出現するモンスターの種類がガラリと変わり、遭遇率も大幅に高くなる。
適正レベルは20以上となっているが、それよりも、十分なパーティー人数がいなければ、頻繁に襲い来るモンスターを倒し切ることができず、数で押し切られてしまう。
その危険性を、ミラはよく理解していた。
安全が第一の彼女は、この先に進むことに断固反対である。
しかし、それをリィにどう伝えたものか……
悩んでいるうちに、リオナが口を開いた。
「まあ、いいんじゃねえのか? 道中でドロップアイテムも入手できたし、もうちょい進む分には、問題ねえだろ」
「そ、そんな、危険です! ダンジョンマップすら持って来てないのに……」
「マップならここに入ってるさ」
トントンと自分の金髪の頭を人差し指で叩くリオナ。
彼女はこの世界に来たばかりだし、ダンジョン内部のことなど知らないはずだが、どうしてか、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
(……考えてみれば、宝箱やトラップの在り処を知っていたのも……)
理屈はわからないが、彼女はダンジョン内の構造を熟知している。
それを前提に攻略の仕方をシミュレートした結果、第15層――頑張れば、第20層のボスまでは辿り着けるかもしれない、とミラは脳内で結論づけた。
「……はぁ……わかりました。もう少しだけ進んでみましょう」
「やったー‼‼」
「へ、そう来なくちゃあな!」
「ただし! 私が危険だと判断したら、その時点で引き返しますからね! これだけは絶対に守ってください‼」
渋々といった様子で、第10層から先への進出を決める。
自分も知らない場所ではないし、何かあってもすぐ逃げればよい。大した問題は起こらないはず――とこの時のミラは思っていた。
果たして、鬼が出るか蛇が出るか、はたまた未知のモンスターが飛び出すか。
一同は秘めたる覚悟を胸に、≪ランブの塔≫第11層へと足を踏み入れた。
そうして沼に嵌まっていく……
ギャンブルで失敗する人の典型例ですね




