第二章 第四節 ~ 蠢く大群 ~
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見た目の純白さとは裏腹に、中はゴツゴツした無骨な岩が無数に連なる洞窟となっていた。
外からの光は一切差さず、頼りになるのは岩のあちこちに生えた光る苔と、夜目の効く自らの瞳だけ。
死角は多く、何処にモンスターが潜んでいるのか、一目ではわからない。
一瞬にして変わり果てた景色に、リオナは喜色の笑みを浮かべた。
「いいぜいいぜ! 雰囲気出て来たなあッ!」
「あはは、ライオンのお姉さんは勇敢だねぇ! 怖くないのかい?」
「怖いわけねえだろ? 寧ろ、さっさと強敵と戦いたくてウズウズしてんだ!」
「ほぉー、そりゃ頼もしい! きっと、お姉さんの望みはすぐに叶うよ」
「もう、お二人共! 既にダンジョン内部なのですから、もう少し緊張感を持って……と言いたいところですが、この辺りは私も何度も来ていますし、大したモンスターも出ないので、安心していいですよ」
適度の緊張は保ちつつ、軽口を叩きながら奥へと進む。
あまりガチガチに警戒していても、いざという時に身体が動かなくなってしまうだけだ。
程よい緊張とリラックス。
ダンジョン攻略に対する気構えを、一同はよく理解していた。
分厚いダンジョンの天蓋を見つめながら、リオナは言った。
「……そういや、さっきこのダンジョンのフロア数は100層だって言ってたが、頂上まで登り詰めたヤツがいんのか?」
「はい! つい一か月程前に、前人未到の第100層まで辿り着き、見事ボスモンスターを倒して、頂上の景色をその目に納めた方がいらっしゃるのですよ! 名前は、確か……〝シアン〟さん、とおっしゃいましたか?」
「アタイも知ってるよ! 噂だと、世にも珍しい赤髪碧眼の狼人族の男性で、誰にでも優しく、誠実な人なんだって。ただ、照屋さんなのか、街を訪れてもすぐに次の街へと旅立ってしまって、なかなか実物にお目にかかれないみたいだね」
(……赤髪碧眼の狼人族……?)
「へえ、〝幻の冒険者〟ってか……。そいつが倒したっていうボスの情報とかはねえのか?」
「ええ……シアンさんは頂上で出会ったボスについて一切語らず、そのまま別の街へ颯爽と旅立って行ったそうです。ボスの情報が出回れば、今後の攻略に大きく貢献すると思ったのですが……」
「オイオイ、ダンジョンってのは自分の目で確かめて、何度も試行錯誤しながらクリアを目指すモンだろ? ネタバレなんてナンセンスだぜ」
「ほほー、やっぱり強いお姉さんの考えることは違うねえ!」
「それは……まあ、一理ありますが……。でも! やはり安全に攻略できるに越したことはありません! 今回だって、ちゃんとマップを用意した上で、最短ルートを辿って、第10層を目指しているのですから」
「……だが、モンスターの出現ポイントまでは予測できねえだろ?」
リオナが鋭い視線を向ける。
前方の岩の陰から、無数の虫型モンスターがカサカサと現れた。
「……〝スペースアント〟ですか。見た目は気持ち悪いですが、攻撃力も防御力もありませんし、単なる雑魚です。早々に蹴散らしてしまいましょう!」
ミラがムーンダガーを引き抜く。
総勢二十体程のモンスターが迫って来るが、ミラは全く臆した様子はなかった。
「早速こいつの斬れ味を試す時が来たか!」
リオナも装備していた新品の片手剣を引き抜く。
あまり頼れる武器ではないが、多少攻撃力の足しにはなる。
アントの防御力を突破するくらいは余裕だろう。
「ア、アタイは戦えないし、後ろで隠れてるからねッ⁉」
その言葉通り、リィは胸元で両手をギュッと組みながら、一目散に背を向けて向こうの岩陰に身を隠した。
大きなバックパックを背負っている所為で動きは鈍いが、アントに捕まる程ではない。
戦える者だけが残された空間に、張りつめた空気が満ちる。
アントの集団は発達した大顎をシャコシャコと動かし、獲物を喰らわんと距離を縮めてくる。
ミラとリオナは互いに頷き合い、アントの集団へと駆け出した。
「≪ムーンショット≫!」
ミラがアント目掛けて魔法を放つ。
一発では倒れないが、何十発と放たれる散弾に身を撃たれたアント達は、次々と黒い粒子になって消えていった。
それだけで、二十体程いたアントの集団は半数くらい消滅した。
「せい!」
その向こうで、リオナが横薙ぎに剣を繰り出す。
柔らかなアントの身体は上下半分に分かたれ、消滅していった。
その流れのまま二閃、三閃……と続けざまに剣を振り、合計八体のアントを切り伏せる。
獰猛な笑みを浮かべ、剣に付いたアントの血を振り払った。
「さて……」
次の獲物に取り掛かろうと辺りを見渡す。
その背後から、ひっそりと迫っていたアントの一体が、リオナに向かって飛びかかった。
「キシャアアァァァ――――ッ‼‼」
「! ≪ムーンフラワー≫っ‼‼」
ミラが咄嗟に魔法を発動させる。
飛びかかってきたアントの身体が凍りつき、その動きを止めた。
体表を氷で覆われたアントは、氷結によるスリップダメージを受け、HPが0になると同時に、粉々に砕け散った。
その後ろから、アントの亡骸を盾に隠れていたもう一体のアントが、最後の足掻きと言わんばかりに、リオナに飛びつき攻撃を仕掛けた。
が、
「甘えな」
リオナに噛みつこうと大きく開けた口の中に、リオナの剣が突き込まれる。
コアを破壊され、生命活動を停止させたアントが、黒い粒子となって消滅した。
それを最後に、ダンジョンは再び静寂の気配を取り戻した。
「……今ので終わりみたいですね」
「だな」
「……ですが、リオナさん。いくら格下の相手とは言え、油断するとさっきみたいに背後から襲われますよ? 今回は私がいたからよいものの、今後は……」
「いや、別に気付いてたが? オマエの助けなんざ要らなかったし」
「っ、そ、そうですか! それならいいですっ! もう、勝手にやっててくださいっ!」
そっぽを向くミラに、苦笑するリオナ。
ダンジョンでの初戦を終えた彼女達の下に、隠れていたリィが駆け寄って来た。
「やあやあやあ! やっぱりお姉さん達とっても強いんだねえ! アタイの目に狂いはなかったよ!」
「ふふ、それはどうも。リィさんもお怪我はありませんか?」
「ああ、平気さ! この通りピンピンしてるよ!」
三本の尻尾をパタパタと振って無事をアピールするリィ。
それから、紫色の結晶や針などの素材が散らばる地面を見渡し、
「それじゃあ、ドロップしたアイテムはアタイが責任を持って回収するからね! お姉さん達はこのままこの調子でビシバシ稼いでおくれよ!」
「やれやれ、調子のいいヤツだぜ」
アントから採れた素材をリィが漏れなく回収し、一同は目標の第10層を目指して、再びダンジョンを進み始めた。
二十体って、言う程大群でもなくないか……?




