第二章 第二節 ~ 運び屋のリィ ~
☯
「遂に……遂にこの時がやって来たなッ!」
「楽しそうですね、リオナさん!」
店を出た二人は、街中にある噴水広場――先日、彼らが〝青のクリスタル〟で転移した辺りを歩いていた。
全身をダンジョン攻略用の装備で固め、ポーチには薬草を始めとする戦闘用アイテムが一杯に詰まっている。
闘志を漲らせ、瞳に鋭い光を宿らせる彼らの姿は、傍から見れば、誰もが冒険者とわかるだろう。
傷一つ無い真新しい装備に身を包んだリオナは、
「……しかし、やっぱ動きにくいな、コレ」
「すぐ慣れますよ。ダンジョンではいつ敵に襲われるかわからないのですから、いつでもきちんと防備を固めてですね……」
「あーわかったわかった、その話はもう何回も聞いた。いい加減この耳にタコができそうだぜ」
ネコ耳をいじりながら、面倒臭そうに言う。
そんな彼女の態度にミラは憤激しかけたが、実力者の彼女ならもう理解してくれているだろうと思って、口を噤んだ。
代わりに、ミラはダンジョンに入る前の注意事項を確認した。
「……さて、今回私達が挑戦する≪ランブの塔≫ですが、構成フロア数は100層、適正レベルは140以上とされています。……もっとも、それは90層を越えた最上層フロアの話であって、下層に潜る分には、レベル1の初心者であっても問題ありません。
上階に進むにつれて、モンスターのレベルは高くなり、経路も複雑になるので、難易度はどんどん上がっていきます。その分ドロップするアイテムやお金も多いのですが、今回は様子見ということで、第10層までの攻略を目指していきましょう」
「第10層って言うと、ボスモンスターがいるフロアか」
「はい。先日も申し上げた通り、通常、ボスモンスターの討伐は六人程度のパーティーで挑むものですが、第10層のボスはそこまで強くありませんし、私とリオナさんの二人でも、どうにか倒せるでしょう。万一倒せずとも、逃げることは可能ですし」
「ま、オレに限って敗北なんざ有り得ねえけどな」
自信に満ちた表情でニヤリと笑うリオナに、ミラもクスリと笑った。
「第10層までのフロアは探索し尽くされていますから、新たな宝箱なんかは見つからないでしょうが、冒険者デビューにはもってこいのダンジョンです! まずは冒険者としてのキャリアを積んで、レベルアップを目指すのですよ!」
ウサッ!とウサ耳を伸ばし、ムン!と気合を入れるミラ。リオナの初めてのダンジョン攻略に、若干興奮しているようだ。
(ダンジョン、か……。生のダンジョンってどんな感じなんだろうな? やっぱ、こっちの持ち物を根こそぎおにぎりに変えてくるような害悪モンスターがいたり、盗みを働こうとしたらメチャクソ強え店主に追いかけられたりとかすんのかな……!)
リオナもまた、期待に胸を膨らませた。
ゲームではもう何回も攻略したダンジョンだが、そこに生身で潜り込めるという新たな感動に、鼓動が速まるのを隠しきれなかった。
駆け出したくなる衝動を必死に抑え、ミラと共に、早速ダンジョンに向かって足を踏み――出そうとしたところに、背後から声をかけられた。
「やあ、そこのお姉さん達!」
「ん? ミラ、何か言ったか?」
「いや、どう考えても私達以外の誰かでしょう……」
一ボケかましつつ、二人で振り返ってみると、
そこには薄汚れただぼだぼのローブに身を包み、背中に大きなバックパックを背負った12、3歳くらいの少女が立っていた。
赤褐色の三角耳をピコピコと動かし、ふさふさな三本の尻尾が後ろでパタパタと揺れている。
大きな瞳でじっと見上げくるその仕草から、年相応の人懐っこさが窺えた。
「……〝狐人族〟の子供? ミラの知り合いか?」
「いえ、初対面だと思いますが……」
キョトンとした視線を向ける二人の前で、少女はニィーと無邪気な笑顔を作って言った。
「お姉さん達! ひょっとしてその恰好は、これからダンジョン探索に向かおうって腹じゃないかい?」
「ええ、まあ、その通りですけど……」
ミラの返答に、瞳を輝かせた少女は、
「だったら〝運び屋〟は必要ないかい? 装備のスペアからドロップアイテムから昼食のお弁当まで何でも運んじゃうよ! 勿論預けてもらったアイテムは全身全霊で死守する! お姉さん達は荷物のことを気にせずに、安心してダンジョンに集中できるってわけ!」
「ほう、運び屋ねえ……この世界には、そんな役職まであるのか」
「そうですね。運び屋は冒険者の荷物全般を管理する役割としてパーティーに同行し、ダンジョン探索で得られた収穫の一、二割を報酬として支払われる……というのが通例となっています。しかし……」
そこで、ミラは訝しげにチラリと少女を見遣り、
「こんなに小さな子供で、しかも女の子が運び屋をやっているというのは、かなり珍しいケースですね……」
「あはは……やっぱりそう思うよね。……アタイはさ、幼少の時にダンジョンで両親を亡くして以来、ずっと一人なんだ。アタイはあんまり戦えないし、でも、稼がなきゃ生きていくことはできない。それで、自分にもできることは何だろうって考えて、運び屋をやってるってわけさ!」
「そ、そんな……。ごめんなさい、嫌な話をさせてしまって!」
「ああ、気にしないでおくれ! もう過去のことだし、アタイだってもう十分に一人で生きていける! お姉さんが気に病むことじゃないさ!」
ショボくれるミラに、三本の尻尾をパタパタ振って慌てる少女。
それから、彼女を励ますように、努めて声を明るくして言った。
「そういうわけだから、お姉さん! アタイを雇ってみないかい? 必ずお姉さん達の役に立ってみせるよ!」
少女の自信に満ちた表情からは、彼女がこれまで過酷な環境に身を置きながらも、強く生き抜いてきたことがひしひしと感じられた。
潤んでいた瞳を拭い、優しい微笑みを作ったミラは、リオナの瞳をじっと見つめ、視線だけで訴えた。
「リオナさん……!」
「ああ」
ミラの意図を汲み取り、力強く頷いたリオナは、
「だが断るッ‼‼」
「若干読めていた展開ではありますけど、なんでですかあぁーーーーっ⁉」
「さすがお姉さん! アタイたちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ! でも本当にアタイもピンチなんだ。このままだと、今日の晩御飯にもありつけなくて、餓死しちゃいそうだよ……」
「ほら、こう言ってますし、私達で何とかしてあげませんと……!」
「騙されんな。こいつ、ちゃんと飯は食ってるぞ。血色も脂肪と筋肉の付き方も健康そのものだ。栄養失調なら、もっとガリガリに痩せてたり、腹が膨れてたりするモンだ」
「え? そうなのですか……?」
「おや、バレちまったかい。けど、仕事が無いのは本当なんだ。暇で暇で暇死しそうだから、退屈しのぎに連れてっておくれよ!」
「よしリオナさん無視してさっさと行ってしまいましょう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
さらりと手のひらと踵を返して先に進もうとするミラ達の前に、少女が慌てて回り込む。
キツネ耳を伏せ、クゥーンと甘えた声を出しながら、
「ちゃ、ちゃんと仕事はするから! 何だったら、お試し期間ってことで報酬は一割……いやタダでもいい! クーリングオフも可‼‼ 途中で見捨てられたって囮にされたって尻尾をモフられたって文句は言わないし! ね? ね? 頼むよォ……」
仔犬のような瞳で見つめられ、ミラは「うぐ……」とたじろいだ。
逸らされることのない視線に、心の奥底の何かが掻き乱される。
拳を握り、歯を食いしばって、必死に誘惑と葛藤と良心の呵責に抗っていた彼女だったが、
「~~~~~~! わ、わかりましたっ! 同行を許可しますからっ‼ そんな目で見つめないでください~~っ‼‼」
「あうあうあうあう……」と頭を抱える彼女の隣で、してやったりとでも言うかのような顔で、少女がパチンとウインクした。
「じゃあ決まりだね! アタイは〝リィ〟って言うんだ。お姉さん達は?」
「オレはリオナ。で、こいつはミラだ。オマエなかなかいい性格してんな、狐ロリ!」
「いや~、それほどでもないよ~!」
三本の尻尾をパタパタと振り乱しながら、リィは悪びれることなく笑った。
悩みの種が一つ増えたことに、ミラは「はぁー……」と深い溜息を吐いた。
こうして、リオナ達は狐人族の少女リィを加えた三人のパーティーで、ダンジョン≪ランブの塔≫へ挑むこととなった。
いえ、決して怪しいブツを運んでいるわけではないですよ?
……たぶん




