第一章 第一節 ~ リリアンズ・テーラー ~
☯
「ごめんくださ~い!」
ギィと軋む木の扉を開けたミラの背中に続いて、リオナは店内へと足を踏み入れた。
店内は日が差さない為に薄暗く、注意しなければその辺の段差に躓いてしまいそうになる。
建物自体かなり古いのか、木目の走る床板を踏むと、ギシギシと悲鳴を上げながら僅かに沈んだ。
換気のされていない部屋の空気はやや埃っぽく、商品が展示されていなければ、廃屋と間違えそうだった。
「……本当に営業してんのか?」
「こんにちは~! リリアンさん、いらっしゃいますか~?」
カウンターの奥に向かって大声で呼びかけるミラ。
しかし、その声に対する反応はない。
「う~ん、おかしいですね……留守でしょうか?」
「……いや、そんなことはなさそうだぜ? 見ろ。僅かだが、埃の積もった床の上に足跡が付いてる」
「……あ、本当です」
「埃の積もり具合から察するに……つい十分前くらいってトコか」
夜目の効く鋭い金眼で睨みながら、リオナが言う。
その足跡を辿って、店内をスタスタと歩き回った。
「……ここか?」
足跡は入り口から見て左側にある扉へと続いていた。
足跡の主はこの先の部屋に入って行ったらしい。
「……よし」
部屋の中に何が待ち受けているのかは未知数である。
リオナは何があっても即座に動けるよう集中力を高めると、意を決して、渾身の裏回し蹴りで扉を蹴破った。
ドガアアァァァアアンッ‼‼という派手な音と共に扉は吹き飛ばされ、積もっていた埃がもうもうと舞った。
「お、開いた」
「『お、開いた』じゃないですよ⁉ 一体何をやってくれちゃってんですかリオナさん⁉」
「仕方ねえだろ? 鍵かかってるっぽかったし」
「鍵がかかってるなら普通開けないでしょう⁉」
生粋の問題児である彼女の前に、木の扉などひのきのぼう並みに無力だった。
遮るものの無くなった無防備な入り口を、ミラは涙ながらにくぐり抜けた。
「うぅ……弁償費いくらになることやら……」
「まあそんなにしょげるなよ。おかげでほら、目的のヤツは見つけられただろ?」
リオナが指し示す先には、これだけの騒ぎであるにも関わらず、作業台に突っ伏してスヤスヤと寝息を立てている鳥人族の女性の姿があった。
「はぁ……まったく、この人は……」
ウサ耳ごとがっくりと項垂れてから、ミラは眠っている女性の元へ歩み寄り、身体を揺さぶりながら声をかけた。
「起きてください、リリアンさん! 営業時間中でしょう? お客さんが来ましたよー!」
「ムニャ……もう歌しか聞こえない……」
「リリアンさん、何の夢を見ていることやら……。いえ、兎に角起きてくださいー! 服買いに来たんですよー‼」
何度呼びかけてみても、彼女からの反応はない。
ミラも少し強めに揺さぶってみたり、ウサ耳でポフポフ叩いてみたりしたのだが、まるで起きる素振りを見せなかった。
「……へんじがない。ただのしかばねのようだ」
「……勝手に殺さないでもらえます?」
呆れるミラにケラケラと笑うリオナ。
しかし、流石にリオナもそろそろ時間の無駄と思い始めたので、
「どいてな」
「え?」
リオナはおもむろに眠りこける女性の前に立ち、ふぅーと長い息を吐くと、
「――≪白式・旋風脚≫ッ‼」
左足を軸に腰の捻りを入れ、更に膝の関節にも捻りを入れた渾身の回し蹴りを彼女に叩き込んだ。
突っ伏していた作業台から引き剥がされ、座っていた椅子と共に宙に投げ出される鳥人族の女性。
芸術的な放物線を描きながら、彼女は床上に落下していった。
「ひいいぃぃぃぃっ⁉ リ、リオナさん、何てことをっ⁉」
後頭部から落下していった彼女を、ミラが戦々恐々とした顔で見つめる前で、リオナはじっと彼女の様子を眺めていた。
ミラとリオナがじっと見つめる中、大の字になって寝そべっていた彼女が軽く身じろぎしたかと思うと、長い睫毛の生えた瞼をそっと開き、その奥に覗いた眠り眼をしょぼつかせながら、ゆっくりとスロー再生の如き緩慢な動作で、豊満な胸部を備えた上半身を起こ
「これでも起きねえとか、ある意味大物だなコイツ」
「……珍しく、リオナさんと同じことを思っていたのですよ……」
――身を起こすという展開にはならず、女性は相変わらず眠りこけたままだった。
幸せそうな寝顔を見せる女性に、二人して呆れた視線を送る。
これ以上は無駄だと悟り、もう諦めて帰ろうかと二人が踵を返した――
その時だった。
「ん……んんう? ……ハッ! わたくしとしたことが大事な仕事中に眠り込んでしまいました! ……あれ? でもわたくしはどうして床の上なんかで寝てるのでしょう? 確か作業台に座って布地を裁断しようとしたら少しウトウトし出してしまってちょこっとだけ休憩しようとしてそのまま台に突っ伏してそこで意識がなくなって気付いたら床の上で熟睡中……。う~んおかしいです! わたくし寝相の良さには自信があったのですが!」
バッと飛び起きたかと思うと、女性はそんな意味も内容も益体も全く無い無駄な言葉を、無駄に美しいソプラノの声でまくし立てた。
その間、僅か十秒。恐るべき滑舌と寝覚めの良さである。
リオナが感心して彼女を見つめていると、それに気付いた彼女の碧色の瞳と目が合った。
先程の早口言葉とは一転、たっぷり六十秒程使ってリオナの姿を爪先からネコ耳の先までねめまわした女性は、
「キャーーーーーーーーーーっ‼‼‼‼ なんてお綺麗な方‼‼ ひょっとして天使? それとも女神様? いやどちらでも構いません! 嗚呼わたくしは今日この日の為に生まれてきたのですね‼ 正に天にも昇る心地! いや寧ろ昇天してしまいそうですぅ~‼‼」
「勝手に逝くんじゃねえ」
今まで色んな物を見てきたリオナだったが、これ程奇怪な生物は見たことがなかった。
「……何なんだ、コイツは? 宇宙人か、未来人か、超能力者か?」
「いえ、鳥人族です……少なくとも、生物学上は」
くるくると踊るように回る彼女を見つめながら、ミラは額を抑えて呻いた。
すると、彼女の姿を認めた生物学上鳥人族の女性は、
「あらミラちゃん久しぶり~! 元気にしてた? あ! もしかしてこちらのお方はミラちゃんのお連れさん? もうどうして早く紹介してくれなかったのよー! ミラちゃんのいけず! イジワル! スケコマシ!」
「ちょ、ちょっとお待ちをっ⁉ 確かにこの方は私の知り合いですが、どうして私がそこまで言われなければならないのですっ⁉」
ミラの抗議の声を、目の前の女性は全く聞いていないようだった。
再び熱の篭った視線をリオナに向け、穴が空くほどじっと見つめてくる。
注目されるのは慣れているが、こうも露骨にジロジロと見られると、多少なりとも居心地の悪さを感じる。
「……オイ、ミラ。本当にこんなヤツが、イチオシの服屋なのか?」
「あら〝服屋〟とはちょっと違いますねぇ~! わたくしの店はそんじょそこらで流行っている既製品の安物を売る服屋とはわけが違いますよー! なんたってわたくしは世界でたった一つのその人に合ったその人の為だけの衣服を一から作り上げる〝仕立て屋〟――」
そこで、鳥人族の女性は色とりどりの美しい羽をバッと広げると、くるくると鮮やかなステップを踏み、そこに立てかけてあった店の看板を指し示して、言った。
「――ようこそ〝リリアンズ・テーラー〟へ! 本日はどのようなご注文でしょう?」
服なんてブ○クオフで十分でしょ




