エピローグ1 ~ 終わりと始まりの予感 ~
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「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……」
ガダルスは、≪サンディ≫の裏路地を息を切らして走っていた。
裏路地は日が差さず、道も複雑な為に、普通の人は滅多に立ち入らない。
しかし、彼らドモスファミリーにとっては、正しく自分の庭みたいなものだった。
身を潜め、追手が迫って来るのをやり過ごす。
「何処に行ったッ⁉」
「こうも薄暗いと、犬一匹探すのも一苦労だな」
「無駄口叩いてないで気を引き締めろ! ギルドマスターからの指令だ。絶対に捕まえるぞッ‼‼」
重厚な足音が遠ざかっていく。
幸い、彼らに見つかることはなかったようだ。
「はぁ、はぁ……クソッ……!」
闘技場の周りには、案の定多数の冒険者が待ち構えていた。
どうにか彼らの包囲網を突破し、裏路地に逃げ込んだものの、自分の体力は既に限界を迎えつつある。
捕まるのも時間の問題と思えた。
(チクショウチクショウチクショウチクショウチクショウチクショウッ‼‼ 俺が……この俺が、あんなルーキーに、また……ッ‼‼)
苛立ちのあまり、拳を民家の石壁に打ちつける。
レベル50戦士の怪力が、分厚い石壁に罅を入れた。
(このままで……このままで済むと思うなよッ⁉ 体勢を立て直して、必ずこの屈辱に対する報復を……ッ‼‼)
ガダルスが激しい復讐心を燃やす。
その背後から、ザリ……と砂利を踏みしめる音が聞こえた。
(見つかったッ⁉)
「こんのクソがあああぁッ‼‼」
反射的に腰の長剣を引き抜き、足音の主に振り下ろす。
しかし、その刃が届くことはなかった。
「全く……惨めだな」
「ッ⁉」
ガダルスは慌てて振り下ろした剣を止めた。
地の底から響いてくるような低い声で口を開いたのは、彼がよく知る人物だった。
「ボ、ボス……!」
「……ふん」
ガダルスは先程までの怒りの形相から一転、顔を真っ青にした。
引き抜いた剣を放り捨て、額が割れんばかりの勢いで平伏する。
「も、申し訳ありません、ボスッ‼‼ 一度ならず、二度までも初期レベルのルーキーにノされるなどッ‼‼」
「………………」
「次こそ……次こそはッ‼ あの不愉快極まるルーキーを仕留めて御覧に入れますッ‼ だからどうか……どうか、此度だけはお許しをッ‼‼」
「………………」
ボスと呼ばれた大男は、地にひれ伏すガダルスになど、見向きもしなかった。
その瞳は、何処か興味深そうに、闘技場の方へと向いている。
そんな彼の様子など知り得ないガダルスは、額を地面に擦り付けた姿勢のまま、ガクガクと震えていた。
「………………」
「……おい」
「ッ! は、はいッ!」
そこで大男は、ようやく足元にあるガダルスの後頭部を見た。
「……『負けは許されねえ』……そう言ったな。なんで俺達が負けるわけにはいかねえか、わかるか?」
「そ、それは……」
震えるガダルスは必死に言葉を紡ぎ出そうとするも、頭が上手く回らず、質問の答えが見つからなかった。
彼が迷っているうちに、大男は続けた。
「……俺達は雑種だ。金も地位も親も、何も無え俺達は、血統書ぶら下げた箱庭育ちの純血に舐められたらおしまいなんだよ。俺達は、何があっても勝ち続けなきゃならねえんだ」
そう言った大男は、無骨な手のひらでガダルスの頭をガシッと掴み上げた。
頭蓋を擦り潰さんばかりの怪力に、ガダルスは思わず悲鳴を上げる。
「あがががががッ⁉」
「……お前にはがっかりだ。アークデーモンの召喚アクセサリーまで預けてやったのに、二度も恥曝しやがって」
「あぎいッ⁉ ボ、ボス……お許し……」
ガダルスの懇願が言い終わる前に、大男の手がガダルスの頭を握り潰した。
鮮血と脳漿を撒き散らし、痙攣を繰り返した後、ダランと四肢の力が抜ける。
頭の失った死体を、大男は石畳の路上に無造作に投げ捨てた。
かつてこの街一を誇った戦士は、こうして呆気なく死んでいった。
血溜まりがジワジワと広がっていくのを、大男は無感動な瞳で眺めていた。
そのまま踵を返し、路地裏の闇に溶け込むようにして、そっと姿を消す。
その途中に見えた獰猛な笑みを見た者は、誰もいなかった。
(……〝アンネームドルーキー〟リオナ、か……。なかなか、楽しませてくれそうじゃねえか……!)
自前でスイカジュースでも作れそうな握力だな




