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初期レベ廃人ゲーマーと獣人少女の異世界終焉遊戯<ワールズエンド・ゲーム>  作者: 安野蘊
第一巻 第四章 「その闘技場、激闘につき」
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第四章 第五節 ~ 復讐の獣 ~


     ☯


「……俺は、認めねえぞ……」


 その男は不意にそう低い声で(うな)ったかと思うと、観客達の頭を飛び越え、スタンとリングの上に降り立った。

 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)にハイドルクセンが足を止め、後ろにいるリオナ達を背に(かば)う。


「む?」


「オマエは……」


 その姿にリオナは見覚えがあった。


 男が被っていたフードを外す。

 茶色の短髪にイヌ耳が一対生えていた。

 黒い外套(がいとう)の下には安物の金属(よろい)を着け、腰に長剣を提げている。

 全身から立ち昇る闘気は、紛れもなく経験豊かな高レベル戦士のもの。


「やあ、ガダルス君じゃないか! 君も闘技場に来ていたのか!」


 ハイドルクセンが親しげな様子で声をかける。

 その一方で、リオナとミラは厳しい視線を男へと向けていた。


「くっ⁉」


「テメェ……」


 ガダルスと呼ばれた男は、昨日リオナ達が冒険者ギルドで会ったあの犬人族(クー・シー)だった。

 彼女達とガダルスとの間には因縁がある。

 昨日の出来事を思い出して、ミラは身震いしたが、それでも気丈にガダルスを(にら)みつけ、抵抗する意思を示していた。


 ガダルスは夕べ仲間達と共にミラを襲い、彼女を助けに来たリオナに倒されて、致命傷を負った。

 その時の傷が綺麗(きれい)さっぱり消えている以外は、彼の姿に大きな変化は見られない。

 ただ――


 長い刀傷のある鋭い目に、どんよりと濁った(くら)い光が宿っていた。

 それを見て、リオナは何か嫌な予感がしたが、これだけ大勢の目がある中でいきなり殴りかかるわけにもいかない。

 一()ず、相手の出方を(うかが)うことにした。


 そんないざこざがあったことなど知り得ないハイドルクセンは、彼らの間に漂う張りつめた空気など気にも留めず、実に爽やかにガダルスに話しかけた。


「いやはや、君とは結構久しぶりなような気もするが、こんな所で再会するなんてね。調子はどうだい? ちょっと前まで、君は≪サンディ≫の稼ぎ頭だったんだが……」


「……なあ、〝幻影〟さんよ。俺はそこの小娘共に用があるんだ。悪いが、ちょいとどいてくれねえかい?」


「………………」


 ハイドルクセンは人当たりの良い笑顔を浮かべながらも、彼の(まと)う異様な雰囲気に気が付いて、退くことはしなかった。

 万が一何かあった時に、彼は身を呈してでもリオナ達を守る覚悟を決めていた。


 ハイドルクセンに退く気がないのを悟ったガダルスは、苦笑して言った。


「……俺はよ……アンタのことは嫌いじゃなかったし、ギルドもまあ、それなりに楽しくやってたんだ。だからよォ、おとなしく退いてくれさえいりゃあ……こんなことする必要もなかったんだけどなァッ‼‼」


 ガダルスが語尾を荒げると同時に、ポーチから銀色のアクセサリーを取り出す。

 彼の行動をいち早く察知したハイドルクセンは、咄嗟(とっさ)にバインドの魔法を発動させた。


「≪ホーリーバインド≫ッ‼‼」


 光の鎖がガダルスの腕に巻きつく。だが、


「邪魔すんなアァッ‼‼」


 ガダルスは鎖が食い込むのも構わずに、力尽くで持っていたアクセサリーを地面に(たた)きつけた。

 肉が裂け、大量の血液が滴るも、当の本人は既に痛覚など忘れ去っていた。


 地面に落ちたアクセサリーは(まばゆ)い光を放ち、上空に不気味な魔法陣を映し出した。


「来い……来いよッ‼‼ 〝アークデーモン〟ッ‼‼」


 魔法陣の中心から何かの足が生えてくる。

 次に身体、次に腕。

 最後に頭が生えてくると、魔法陣が()き消え、得体の知れないモンスターがリングの上に舞い降りた。


「な、何ですか、アレっ⁉」


「〝召喚魔法〟だとッ⁉」


 MMORPGシェーンブルンに登場するクラスの中に、〝召喚術士〟がある。

 召喚術士はその名の通り、モンスターを従属させ、使役するクラスである。

 従属させたモンスターは普段アクセサリーの中に封印されていて、少量の魔力で封印を解き、モンスターを呼び出すという仕組みになっていた。


(ゲームでは当然、召喚術士しか召喚アクセサリーを使えない仕様になっていた。この異世界では、魔力さえあれば、クラスに縛られず自由にアクセサリーを使えるということか……)


 そんなのチートだろうと思ったが、今更そんな文句を垂れていても仕方ない。

 現れたモンスターを注視し、戦闘態勢に入る。


 モンスターは人型に近いモデルをしていた。

 頭があり、胴体があり、手足があって二足歩行をしている。

 人間と違う点と言えば、肌が全体的に紫色なところと、頭の上に角、そして、尾てい骨の辺りに巨大な尻尾を生やし、手足に鋭い爪が並んでいるところだろうか。

 全長は3m程で、普通の人間の倍はデカかった。


 ハイドルクセンは突如現れた巨躯(きょく)のモンスターに面を食らいながらも、腰からサーベルを引き抜き、ガダルスに突きつけた。


「ガダルス君ッ‼‼ 一体何をやっているんだッ⁉」


「ハ、ハハ……俺にはもう、こうするしかねえんだよッ‼‼」


 ガダルスは血を吐くような声でそう叫ぶと、纏っていた外套を脱ぎ捨て、ついでにグローブも脱ぎ捨てて、ゴツゴツとした左手を(あら)わにした。

 その手の甲に彫られた刺青(いれずみ)を見て、ハイドルクセンは絶句した。


「なッ⁉ それは〝ドモスファミリー〟の紋章ッ⁉」


「? 何だ、そのドモスファミリーってのは?」


 ゲームでは登場しなかった未知の単語に、リオナが疑問を唱える。

 リオナの疑問に答えたのは、リオナの後ろでハイドルクセンと同じように絶句し、目を見開いていたミラだ。

 声にやや動揺が混ざりながらも、淡々とした口調で説明する。


「……ドモスファミリーというのは、≪サンディ≫を中心に活動する盗賊集団の名前です。拠点の位置、構成員の数、共に不明で、各地の至る所に出没しては、冒険者が得た稼ぎを根こそぎ奪っていくのです。時には、死者が出ることも……」


 殺人や強盗等の秩序を乱す行為は、ギルドの規定で禁止されている。

 それを真っ向から破り、不法な行為を繰り返しているのがドモスファミリーという一団だった。


「要は犯罪者集団ってことか」


「……そうですね。ギルドでも(たま)にお尋ね者クエストが出て、組織の下っ端が捕まることはあるのですが……。まさかガダルスさんが……」


 ギルド一の戦士が盗賊団のメンバー。

 そんな一大スキャンダルに、ミラは相当なショックを受けていた。

 その一方で、ハイドルクセンは冷静な表情を保ってガダルスに問うた。


「……いつからだい?」


「最初からだよ。俺はボスから命令を受けてギルドに潜入していたスパイだ。ギルドの貯蓄、セキュリティ、所属する冒険者のレベル、貼り出されたクエストの内容……あらゆる情報をファミリーにリークしていたのさ」


「……なるほど。君達が妙に雲隠れが上手だったのは、君がギルドの情報を漏洩(ろうえい)させていたから……そういうことだね?」


「それだけじゃない。ギルドでの色んな騒動には、高確率で俺が絡んでいるんだぜ? クエストの内容を捏造(ねつぞう)したり、有りもしない(うそ)っぱちを冒険者に流し込んだりなァ……」


 クツクツと陰気に笑うガダルス。

 そこにいるのは、野心に(あふ)れた冒険者ではなく、正真正銘ギルドの裏切り者だった。


 ハイドルクセンは覚悟を決め、サーベルを構えながら、最後の質問をした。


「……最後に問おう。ギルドで大人しく罪を償う気は?」


「ハッ、あるわけねえだろッ‼‼ ボスから命令された時点で、とっくに腹は決まってんだよォッ‼‼ やれッ! アークデーモンッ‼‼」


 デーモンが奇声を上げる。

 思わず耳を塞いでしまいそうになる不快な音が闘技場中に響いた。

 観客達が悲鳴を上げ、頭を抱えてその場に(うずくま)る。


 しかし、ハイドルクセンは臆することなく、気丈にデーモンを睨みつけて対峙(たいじ)した。

 前を向いたまま、後ろに庇うリオナ達に向かって叫ぶ。


「リオナちゃん! ミラちゃん! ここは私に任せて、君達は早く避難をッ‼‼」


「あん? 何言ってんだ?」


 リオナがハイドルクセンの横に並び立つ。


「オレも戦うに決まってんだろ?」


「な……! だが、君は今し方試合したばかりで……」


 ハイドルクセンの逆隣に、ミラが歩み寄る。


「大丈夫です。リオナさんは()(かく)、私はダメージを受けていません。まだ戦えます!」


 二人の爛々(らんらん)と輝く瞳を見て、ハイドルクセンはそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 不敵な笑みを浮かべ、再びデーモンに鋭い視線を向ける。


「……そうか、とても頼もしいよ。だが、無茶はしないでくれたまえよ!」


「ハンッ! 誰に向かって物言ってやがるッ⁉」


「お二人の足を引っ張るような真似(まね)はしませんともっ‼‼」


 リオナ、ミラ、ハイドルクセンの激しい闘気を感じ取り、デーモンは雄叫びを上げて襲いかかってきた。

 それを迎え撃つべく、三人は互いに頷き、倒すべき敵に向かって同時に駆け出した。


「さあ、パーティーの始まりだッ‼‼」



遂に名前を貰えた小物

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