第三章 第八節 ~ リオナ VS バキュア② ~
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リオナの雰囲気が変わる。
いや、雰囲気だけではない。
構えやステップの踏み方、呼吸法まで変わっていた。
それらの変化は、遠目から見ている観客達にはわからなかったが、数々の実戦を乗り越えて来たバキュアは、瞳に警戒の色を宿した。
(……何か別の手が来る!)
ひっそりと緊張を高め、迎撃の構えを取るバキュアに対し、リオナは、
「そんじゃ……いくぜッ⁉」
彼女の身体から、ブワッ!と風にも似た闘気が吹き上がるのと同時、リオナはバキュアの懐に潜り込んでいた。
「ッ⁉」
そこから繰り出される強烈なアッパーを、バキュアは背中を反らしてどうにか躱した。
反撃とばかりに、上から拳を打ち下ろそうとする。が、
「まだまだッ!」
リオナの攻撃は続き、バキュアは受けに回らざるを得なくなった。
ジャブ、ジャブ、ジャブ、右フック、左フック――に見せかけて左ボディが飛んで来る。
既視感のある攻撃に、バキュアが奥歯を噛んだ。
(ま、まさか……!)
次に繰り出される攻撃は予想がついている。
バキュアは大きく身をのけ反らせ……
「残念、そうはいかないんだな!」
「なんッ⁉」
バキュアの予想では、次は渾身の右キックのはずだった。
しかし、リオナが繰り出してきたのは、左肩によるタックルだった。
いくら小柄で女性で初期レベルとは言え、リオナは獅子人族だ。
頑強な肉体から発揮される怪力は、体勢の崩れた猫人族如きに受け止められるものではない。
バキュアは2、3m程ノックバックした。
追撃を恐れたバキュアは、そのまま後ろに跳んで大きく距離を開ける。
ダメージは大したことないが、それよりも内心の動揺が激しかった。
仕切り直し後からのリオナの動き――あれは間違いなく……
「……まさか、貴様も〝ガロ流拳術〟の使い手だったとは」
「あん? オレはそんな格闘術知らねえぜ? 今日初めて見た」
「何だとッ⁉ 先程の連続攻撃、あれはまさしく我が流派直伝≪崩城≫ではないかッ⁉」
「ほう、そんな大層な名前付いてたのか、あの技」
リオナはケラケラと笑いつつ、
「安心しろ。アレはテメェの技を見て自分なりに改良しただけで、テメェの技そのものじゃねえ。敵の技を盗んでそっくりそのまま使うなんて、芸が無いにも程があるからな」
「改良……だと?」
バキュアが首を振る。
「有り得ん……ガロ流拳術は、歴代の師範達が数百年の年月を重ね、改良に改良を重ねてきた由緒正しき古武術だ。それが、ガロ流の〝ガ〟の字も知らぬ若造に、たった数度の立ち合いで洗練されるなど……」
「だから、自分なりにって言ったろ? オレが使えばまあまあ強えが、他のヤツには使い辛い。そういうハンパな改造しか、オレにはできねえよ」
肩を竦めて言うリオナに対して、バキュアはまだ信じられないとでも言いたげだ。
自分が何年、何十年と人生を賭けて修練してきた武術が、こうもあっさり使いこなされるなんて……
(……ま、今回は既に似た格闘技を体得していた、ってのも理由の一つなんだがな)
ガロ流拳術は、現実世界で言うボクシングに近い動きだった。
ボクシングその物とは若干違っていたが、身体の使い方はそう大きく変わらない。
基本となる土台があれば、見様見真似でもどうにかなるものだ。
再びリオナが攻め込む。
既にバキュアの動きを見切っているリオナは、彼がどういうガードをするのか、どういうカウンターを狙ってくるのか、手に取るようにわかる。
彼と同じ呼吸、彼と同じ歩法、彼と同じ体捌きで、着実に体勢を崩しにかかる。
目に見えて形勢が逆転し始めた。
レベル1のルーキーが、一道場の達人を圧倒するという有り得ない展開に、観客は我が目を疑った。
呼吸すらも止めて、彼らは二人の戦いに見入っていた。
「な、なあ……あの子、バキュアを押してないか⁉」
「いいぞー‼‼ もっと攻めろーーっ‼‼」
「……くっ! あまり、調子に乗るなよ‼」
バキュアが崩れた体勢から、右によるブローを繰り出す。
型には無い、彼独自の反撃技だったが、それすらもあっさりリオナに読み切られた。
「そいつは悪手だな。その体勢からじゃ、もう回避もできねえだろ?」
リオナの右ストレートがバキュアの鳩尾に吸い込まれる。
彼女の言った通り、バキュアはもう回避も防御もできる体勢にない。
この一撃は喰らうしかなかった。
(だが、所詮はレベル1の攻撃だ! そんな致命傷には……)
ならないはず――
バキュアのその希望は、次の瞬間には絶望へと変わっていた。
「ごはあッ⁉」
重い衝撃と共に胃液が逆流して来そうになるのを必死に堪える。
どうにか間合いを開けて二撃目は避けたものの、受けたダメージが予想以上に大きい。
呼吸が詰まり、バキュアは思わず膝を突いてしまった。
「ぐぅ、馬鹿な……たかが初期レベルのレベル1に、ここまでの攻撃力があるはずが……」
「ふむ……」
それは敵を打ち据えたリオナ自身も疑問に思っていた。
リオナのレベルは冒険開始直後のレベル1。
あれからレベル50の冒険者を一人倒したりもしたが、流石にその程度でレベルが上がったり、ポイントを得たりはしていないだろう。
加えて言えば、今回はあの犬人族に使ったような特別な武術も使っていない。
にも関わらず、拳に返って来た感触は、確かに敵を倒したと感じられるものだった。
攻撃力が低いのに、敵に大ダメージを与えることができた理由。
それは――
(……〝クリティカルヒット〟ってヤツかな。本来は確率で発生する運要素だが、どうやらこめかみとか鳩尾とか、人体の急所を狙うことで確実に発生させられるらしい。流石は異世界。ファンタジーでも現実ってか)
クリティカルヒットになると、相手の防御力強化を無視して大ダメージを与えることができる。
つまり、レベルの低い今のリオナでも、相手にダメージを与えることができるということだ。
段々この異世界での戦い方がわかってきたことに満足しつつ、リオナは肩で息をするバキュアに向かって言った。
「ほら、どうした? まだ戦えるだろ? 出し惜しみしてねえで、さっさとテメェの全力を見せてみろよ」
リオナの挑発的な態度に、バキュアが歯噛みする。
しかし、高貴な武人だけあって、感情を表に出すようなことはしなかった。
代わりに、バキュアはダメージを受けた身体を庇いながらゆっくりと立ち上がり、鋭い視線でリオナを見遣った。
「……そこまで言うなら、見せてやろう。我が流派に伝わる奥義……その真髄をなッ‼‼ 死んでも恨むなよ、娘ッ‼‼」
バキュアの気配が変わった。
瞳を閉じて息を長く吐き、心と身体を落ち着かせる。
元々冷静沈着な戦士だったが、凡そ戦闘中とは思えない程の平静さだ。
彼が極限まで集中力を高めているのがわかる。
チャージ中の隙を突くということもできたが、リオナはそんな無粋な真似はしない。
折角奥義を見せてくれると言ったのだから、最後まで楽しまなくては損だ。
観客達も、集中力を高めるバキュアの姿を、固唾を飲んで見守った。
バキュアの全身から陽炎のような闘気がゆらゆらと立ち昇り、燐光を放ち始める。
やがて、彼の精神は限界まで研ぎ澄まされ、山奥の秘境を思わせるような静寂が訪れた。
バキュアは右手に全ての力を集中させ、腰を使って思い切り引き絞った。
「――奥義≪徹甲≫ッ‼‼」
バキュアが一瞬にして距離を詰める。
〝甲羅を徹す〟――その名の通り貫通の意志を宿した拳が、一切の淀みなくリオナに突き出された。
これだけ力の溜められた一撃を喰らえば、リオナのような華奢な肉体など、跡形もなく千切れ飛ぶに違いない。
当たれば即死。
そんな一撃必殺の技を前に、リオナは豪快に笑ってみせた。
「ハッ! くだらねえッ‼」
バキュアの拳がリオナに届く。
息もできない程の風圧が、リオナの金髪を巻き上げる。
鈍化した世界で、観客達の息を呑む音が聞こえた。
派手な爆音と凄まじい激震が、闘技場を包み込んだ。
他人の武術を盗むという廃人




