第三章 第六節 ~ 達人・バキュア ~
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「さて、続いての試合は……これは何とも珍しい! 女性の参加者です!
東側コーナー――闘技場初参加にしていきなりのチャンピオンズカップ挑戦! その破天荒さはこの大会で何処まで通用するのか⁉ 〝アンネームドルーキー〟リオナ選手ッ‼‼」
「来たかッ!」
獰猛な笑みを浮かべ、リオナが控室を出る。
ゲートに向かって、光の差さない通路を歩いて行った。
会場では、〝女性〟と聞いて、観客達(主に男性)のテンションが跳ね上がっていた。
空気が割れる程の拍手や指笛が闘技場全体を包み込む。
これではアイドルのコンサートか何かだ。
だが、その喧騒はリオナが姿を現した途端にピタリと鳴り止んだ。
誰もが顔を驚愕の色に染め、息を呑んでその姿を見つめている。
時間が凍りついてしまったかのように、彼らは皆動きを止めていた。
静寂が支配し、無数の観客の視線が注がれる中を、リオナは悠然とした態度でリングへと向かった。
眩い金髪を風に靡かせると、錦糸の如く梳かれた髪が陽光を反射し、美しく煌めいた。
しなやかな尻尾を左右に揺らし、観客達を魅了する。
突如として現れた謎の美少女に、会場は完全に言葉を失っていた。
やがて、凍りついたと思われた時間がゆっくりと動き出し、失われた喧騒が戻って来た。
ざわざわと観客達が囁き合うのを、リオナは頭上のネコ耳で捉えた。
「……おい、マジかよ……あんなカワイ子ちゃんが戦うのか?」
「いや無理でしょ! 宣伝か何かだって!」
「でも、ありゃ一体何処の娘なんだ? 司会の紹介には無かったぞ?」
「そんなのどーでもいい。あんな美少女をこの目で拝めたんだ。俺もう死んでもいい……」
「ちょ⁉ 気をしっかり!」
観客の反応は様々だったが、皆困惑していることだけは場の雰囲気から伝わって来た。
強者として羨望の眼差しを向けられるのも心地良いが、案外こういう好奇の視線も悪くないな、とリオナは内心で酔いしれていた。
リオナの美貌に言葉を失っていた司会が、自らの職務を思い出したように、一つ咳払いを挟んでから、リオナの対戦相手の名をコールした。
「――えーオホン、気を取り直しまして……
西側コーナー――発祥は今より凡そ三千年前、英雄ファルテナも体得していたとされる神話の時代の格闘技〝ガロ流拳術〟! その伝道者が遂にチャンピオンズカップ参戦です‼ 〝グラ拳王会会長〟バキュア選手ッ‼‼」
リオナの向かい側、西側のゲートから現れたのは、明るい色の短髪に刈り込みを入れ、片目に刀傷を負った三十代後半くらいの猫人族だった。
武器は拳を守るナックルのみで、その他は道着のような物を着用している。
その恰好から見ても、彼が素手での戦いを基本とする格闘家であることが窺えた。
リオナの正面に立つと、頭一つ分以上背が高いことがわかる。
その身長差を見て、周りの観客達が不安げな色を顔に浮かべた。
「だ、大丈夫か、あの娘? この試合で死んじゃったりしないよな?」
「よりによってあのバキュアが相手、か……こりゃ、勝負は決まったようなもんだな」
「あの嬢ちゃんも運が無いねえ。他の相手だったら、ドンデン返しの一つくらいあったかもしれないのに」
そんな声がチラホラと聞こえてくる。
どうやら、このバキュアとか言う男は、この辺りでは名の知れた実力者のようだ。
リオナがじっとバキュアの姿を観察する。
(ふむ……これだけ多くの観衆の目に曝されて尚、一切の気負いが無い。内面は水面のように穏やかだが、それでいて相手の一挙手一投足に気を配っている。そこそこ場数を踏んだベテランってトコか)
少なくとも、一回戦で戦っていたような温室育ちとは別格だろう、とリオナは内心で評価した。
しかし、それは相手も同じなようで、
「……娘……レベルは?」
「あん?」
「貴様の全身から、並々ならぬ闘気を感じる。余程の修羅場を潜ってきた猛者とお見受けする」
「は、そりゃどうも! だが、生憎オレは冒険者なりたての初期レベルだ。テメェが期待するような数字じゃないぜ?」
「……何?」
リオナの告白に、目の前のバキュアのみならず、観客達までもが面食らっていた。
「な! 嘘だろ⁉ つまり、あの子レベル1ってことか⁉」
「そんなレベルでチャンピオンズカップに挑戦したっていうのか⁉ 無謀過ぎるだろ‼」
「おいおいヤベェよ! バキュアさんなら兎も角、他の相手と当たってたら、下手すりゃ死んでたぞ⁉」
「……おい、娘」
「何だ?」
バキュアが厳しい目をして言う。
「悪い事は言わん。今すぐこの戦いを下りろ。今ならまだ笑い話で済む」
「冗談言うなよ。こちとら異世界来てまでこの大会を楽しみにしてたんだぜ? レベルなんてどうだっていいから、早く始めようや!」
「……二度は言わんぞ」
バキュアが構えを取る。
元々大した威圧感だったが、それが更に膨れ上がり、まるで熊でも相手にしているかのようだった。
観客の不安もバキュアの忠告も全く意に介した風も無く、リオナもまたバキュアに対峙した。
「手加減なんてしやがったら、容赦しねえからな?」
両者の準備が整ったと判断したか、司会が開始の合図をする。
「何やら一波乱ありそうな予感ですが、誰が勝ち上がるも実力次第! 第六十三回チャンピオンズカップ第八試合、リオナ選手VSバキュア選手! レディィィィィイイイイ――、ファイッ‼‼」
「後悔するなよ、娘ッ‼‼」
「こっちの台詞だッ‼‼」
リオナとバキュアの拳がかち合った。
キャットファイトってヤツですね(←違う)




