第一章 第一節 ~ 召喚されてみたら ~
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「だあああぁぁぁッ‼ 終わったああぁぁぁーーッ‼」
黒い背景に白文字で書かれたスタッフロールを前に、リオンは大きく伸びをする。
新ストーリー配信と同時にすぐさまゲームデータをダウンロードし、プレイし始めてから身じろぎ一つしていない。
腰の一つや二つ痛めて当然の行いである。
リオンは手にしていたコントローラーと自らの身とを背後のベッドに投げ出した。
弾みでポンッと跳ねたデジタル時計には、AM5:52という表示が見て取れる。
メンテナンスが終わったのが昨日の正午くらいであったから……
(クリアまでにざっと十八時間ってところか……。近頃のMMORPGのストーリーにしては、わりと作り込まれた方だったな……)
たった今クリアしたゲームの感想を二行でまとめてから、リオンは天井に向かって大きな欠伸を吐き出した。
一度クリアしてしまったストーリーに、もはや興味は無いといった様子である。
リオンはそのまま襲い来る眠気に抗おうとせず、ゆっくりとベッドに身を沈めていった。
正直なところ、ベッドの上でありながら寝心地はあまり良くない。
というのも、布団の上にはクリア済みのゲームの空き箱やら何やらが山のように積みあがっているからである。
それでも、足の踏み場も無い床や机の上なんかに比べれば、遥かにマシな部類だ。
この青年――宍原リオンは、高校卒業後、大学には進学せずに、自宅でゲーム三昧の日々を送っていた。
食事は一、二日に一度、気が向いた時。若しくは空腹が限界を迎えた時。
平均睡眠時間は三時間以下で、基本それ以外の時間はゲームに費やしている。
――即ち、重度の廃人ゲーマーである。
今までに制覇してきたタイトル数はおそらく万を下らない。
対戦形式のゲームであれば、ジャンルを問わず常にランク一位を独占する猛者であり、公式大会での優勝回数は他の追随を許さない。
賞金総額は数千万円に上るとも言われている。
その圧倒的な実力と隙の無さから、業界では〝獣王〟と呼ばれ、恐れられていた。
「……いや待て。誰だよ、そいつ」
勝手に脳内に浮かんできた自分の紹介文に異議を申し立てる。
いやいや、いくら何でもそれは言い過ぎだ。
「オレは勝負ごとに全力を尽くしてるだけだ」
別に廃人というわけじゃあない。
彼が否定したいのはどうやらその部分のようである。
それ以外については事実という認識で問題ない。
もう一度、「ん~~~~っ!」と伸びをして、リオンはそっと瞼を閉じた。
空腹もそれなりに感じていたが、それよりも眠気の方が限界だ。飯は起きてからでいいか、と徹夜明けのぼんやりした頭で考える。
暗くなった視界の中で、不意に「ポンッ」という電子音が鳴った。
(……なんだ?)
そのまま寝てしまおうかと思いつつも、重たい身体を起こしてパソコンのディスプレイを見遣った。
ここで彼が起き上がったのは、単なる気紛れ以外の何物でもない。
黒色の背景には、「最速クリアボーナス」という文字と共に、長方形のメールのアイコンがプカプカと浮いていた。
(……ほう? 最速クリアボーナスねぇ……一体どんなサプライズが用意されていることやら)
先程まで感じていた眠気は綺麗さっぱり吹き飛んだ。
彼の好奇心は、目の前のパソコンに映し出されたアイコンに惹きつけられている。
ゲームの為なら睡眠時間など惜しくない。
何の躊躇いもなく、リオンはマウスのカーソルをアイコンに合わせ、左ボタンをクリックした。
その瞬間――
(……へ?)
目の前に真っ青な青空が広がった。
先程までそこに在ったはずのパソコンやら部屋の壁やらは忽然と消え去り、それどころか、腰を下ろしていたベッドや、空き箱だらけの床も何もかもが姿を消し、広大な空の青の中にポツンと一人取り残される。
先に断っておくが、彼は眠気のあまり幻覚を見ているのでも、眠りの世界に落ちて夢を見ているのでも、死んで幽体離脱をしているのでもない。
光、匂い、温度……五感で感じられる数多の情報は、幻想と言うにはあまりにリアル過ぎる。
眼下に広がるのは見たこともない風景。
鮮やかなピンク色に染まった大海、雷雲に包まれた黒い山、天まで届きそうな高い塔……
現実には有り得ない光景の数々。それらを目にしたリオンは、
「何処だここッ⁉」
などというありふれた台詞は吐かなかった。
これまで数々のゲームを制覇してきた彼にとって、ここが異世界であることはすぐに察しがついたからだ。
代わりに、彼は胸いっぱいに異世界の空気を吸い込むと、渾身の声量で叫んだ。
「なんで上空なんだああぁぁぁーーーーーーッ⁉」
大気を震わせる大声と共に、彼は眼下の地面へと自由落下を始めた。
石の中にでも喚び出された方がまだマシだった気がする