第一章 第十節 ~ 憤怒の獅子 ~
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土煙が晴れていく。
夕陽が差し、オレンジ色に染まる視界には、半裸になったミラと、こちらを警戒するように睨みつける四人の犬人族の男がいた。
それらを見て、リオンは胸の内に静かな炎が宿るのを感じた。
リオンは粗野で自己中で悪戯好きと、自他共に認める問題児であるが、唯一、仲間を大切に思う心にかけては、誰にも負けない自負がある。
ミラはまだ出会って一日と経たない仲であるが、リオンをこの異世界に召喚した張本人であり、彼なりに気に入っている部分もいくつかあった。
そんな彼女を弄ぶ不逞な男達に、リオンは吐き捨てるようにして言った。
「……ハッ! 折角遠路はるばる異世界から来てやったってのに、ここの人間共はこんなクズばっかなのか? いよいよ以て、世も末ってことか」
肩を竦めておどけたように笑うリオン。
しかし、その金色の瞳はこれっぽっちも笑っていない。
そんな彼女の様子に気付いていないのか、男達は嘲りの笑みを浮かべながら、
「なあんだ、レベル1の英雄様じゃねえか! こんなトコまで何しに来なすったんですかァ、異世界の英雄様?」
ゲラゲラと笑いつつ、リオンに言う。
リオンは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、
「人の話は聞いとけってんだ。不興を売りに来たって言ったろ? その空っぽの頭の上に付いた耳は飾りか? テメェらみたいな薄汚ねえおっさんがイヌ耳付けたところで、需要なんて無えだろ」
「ほう……言ってくれるじゃねえか」
愉快そうに笑っていた男達の雰囲気が一転、額に青筋を浮かべてリオンに詰め寄って来る。
男は拳が届く距離にまで近付くと、リオンを見下ろし、
「丁度いい……お前もミラと同じく、俺達の慰み物にしてやろう。十分楽しんだ後は、そこらの奴隷商にでも売って、永遠の地獄に叩き落してやる!」
「ハッ! 御託は要らねえんだよ犬コロ! おとなしくくたばりやがれッ‼」
そう言うと、リオンは右手を振り絞り、渾身の力で眼前の男を殴りつけた。
獅子人族の怪力を乗せたリオンの右手は、男が着けていたアーマーと衝突し、派手な音を立てながら犬人族の男を――
「効かねえんだよそんなものッ‼」
男が腰の剣を抜き、リオンに向かって振り下ろす。
ギリギリでそれを見切ったリオンは、咄嗟に後ろに下がって躱した。
剣先の掠った前髪が数本、風に舞って散っていった。
距離を取り、男と睨み合う中で、リオンはひらひらと右手を振った。
「あー……やっぱレベル1じゃこんなモンか」
「うおおおおぉぉぉぉ!」
その間にも、控えていた別の男達が、果敢にリオンに攻めかかってくる。
乱れ飛ぶ三本の剣線を、リオンは辛うじて見切り、躱していく。
時折隙を見つけて反撃を加えるも、やはり攻撃力が圧倒的に足りない。
男達にダメージを与えることはできなかった。
「オラオラオラオラアッ! どうした英雄様? 手も足も出ねえって様子じゃねえか! そんなんじゃ、俺達の相手にもならねえなァ‼」
防戦一方。
今はどうにか男達の攻撃を喰らわずに済んでいるが、このままだといずれ体力が底を尽き、動けなくなってしまうだろう。
好転する気配のない状況を、ミラは歯噛みして見つめていた。
(こんな、こんなのって……。私が……私がもっとしっかりしていれば……! いや、そもそも、私が異世界人の召喚なんて考えなければ……‼)
脳内を巡る後悔と自責の念。
それらは無力感となって、この身を震わせた。
加勢しなければ。
自分が何もしなければ、彼女はやられてしまう。
最悪殺されてしまうかもしれない。
そんなことになれば、自分は彼女に合わせる顔が無い。
身勝手に喚び出し、身勝手に逃げ出し、身勝手に見捨てたのでは、もはやあの男達と同じ、最低最悪のクズでしかない。
そう、わかっている。
頭の中ではわかっているのに――
(どうしても……身体が動かないっ‼‼)
また、涙が溢れてきた。
座り込む自分の手の甲にそれらが落ち、静かに濡らしていく。
このまま涙と共に消え行くことができたなら、どれだけ楽だっただろう。
戦いの剣戟を遠くに聞きながら、ミラは俯き、咽び泣いた。
――再び、ドゴオォォオン、と派手な音が鳴り響いた。
「っ⁉」
反射的に顔を上げる。
先刻と同じように土煙が舞い、中で男達が転倒している。
だが、大したダメージは無い様子で、男達はよろよろと立ち上がった。
「んのやろうッ‼‼」
男達が激昂するその向かい側、小さなクリスタル状の何かを手にもったリオンが佇んでいた。
「……やれやれ……これでも無傷か」
リオンが持つ赤色のクリスタル。それは、名前を〝火の結晶〟と言った。
内部に火属性魔法の術式が組み込まれており、投げつけるなどして破壊すると、中の魔法が発動して爆発を起こす、というアイテムだ。
ミラを探す途中、リオンが街の道具屋で奪ってきたものである。
自身のレベルが1であると判明した後、当面の戦闘手段として入手したものだが、どうやら目の前の男達には通じないらしい。
リオンはそっと手にしたクリスタルをポケットにしまいつつ、男達について冷静に考察する。
(……この程度のクリスタルが効かないとなると、最低でもレベル30後半か。魔法防御力を上げるような装備は付けてないから、犬人族で元々の数値が低いことも考慮すると……大体レベル50ってトコかな)
リオンはトッププレイヤーとして、ゲームのありとあらゆる知識を身に付けている。
各種族のパラメーターの限界値は勿論のこと、相手の装備を一目見ただけで看破したり、適切な立ち回り方を熟知し、敵の二、三手先を読んだりと、凡そ常人には真似できないようなプレイを見せるのだ。
その経験は、仮令レベルが1に戻されたとしても、失われるものではない。
しかし、相手のレベルがわかったところで、リオンは次の一手を考えあぐねていた。
事前に十分な対策を練っていれば、レベルが低くかろうが敵を打ち倒すことは難しくない。
しかし、今はゲームで集めた至高の装備の数々も無ければ、回復ポーションを始めとする基本的なアイテムすら用意していない。
そんな状態で戦いに臨むのは、いくらリオンとて無謀にも程があった。
(さあて……どうしたモンかな)
ボリボリと金髪の頭を掻きつつ、リオンが周囲を見渡す。
せめて武器があれば……
その時、地面に座り込むミラと目が合った。
LMK(リオン姉さんマジカッケー!)←でも男だ




