第一章 第九節 ~ 自責するウサギ ~
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最低だ、と自分でも思っていた。
苦心の末に召喚した異世界人のレベルが、1。
それがあまりにショックで、あの場から逃げ出してしまった。
走りに走って、気付けばここ――≪サンディ≫の海沿いに来ていた。
何処をどう走って来たのかは、よく覚えていない。
レベルはレベル、所詮は机上の数値である。
その人の強さの本質は、そんな数値如きで計り知ることはできない。
レベルが低くたって、魔族や魔王と戦う手段は無数にある。
それはわかっている。
わかっていたはずだった。
なのに――
私は、見かけのレベルに拘って、その人の強さを決めつけた。
召喚した異世界人のレベルが低いとわかるや否や、早々に魔族と戦うことを諦めた。
彼女はこの世界を救う為に協力してやると言ってくれたのに、それを、レベルが低いからという理由だけで、勝手に失望して、彼女の想いを踏みにじるような真似を……
(……バカのバカバカ、ですね……私は……)
抱え込んだ膝の間に顔を埋める。
世界が滅んでしまうことへの絶望と、それ以上に彼女を裏切った自分への自己嫌悪で、頭がどうにかなってしまいそうだった。
波の音が聞こえる。
それに混じって、リオンの哄笑がミラの長いウサ耳に届いたような気がした。
「っ⁉」
バッ、と顔を上げる。
咄嗟に周囲を見渡すも、彼女の赤い瞳には、鮮やかな桃色に染まる大海と、遠くに見える≪サンディ≫の古い街並みが映るだけだった。
輝く金髪も、自信に満ちた金眼も、しなやかな尻尾も、視界には映らない。
単なる幻聴だった。
「……あは……あははは! そうですよね! こんな私を追いかけて来てくれるなんて有り得ないですよね!」
乾いた笑い声を上げるミラ。
その声は潮騒に撒かれて儚く消えていった。
誰にも聞こえない孤独な世界で笑い、嗤い続ける彼女の声は、次第に泣き声へと変わっていった。
「あ、あぁ……ああああぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああああ――――っ‼‼」
大粒の雫が彼女の綺麗な頬を伝う。
海水とはまた違うしょっぱさが口の中を満たした。
全てがどうでもよくなって、いっそこのまま眼前の大海に身を投げてしまおうかとも思った。
それでもし彼女と出会う前の時間に戻れるなら、間違いなくそうしていた。
結局竦んだ足では一歩を踏み出すこともできず、ミラはその場に崩れ落ちた。
もう何も見たくない、聞きたくない。
そう言うかのように、赤い目とウサ耳を塞ぎ、外界との交流を絶つ。
そのままどれくらいの時間が経っただろうか。
気付けば、頭上にあったはずの太陽は水平線の向こうに沈もうとしていた。
オレンジ色の夕陽が桃色の大海を照らし、何とも言えない絶妙な色合いを作り出す様は、≪シェーンブルン≫でも指折りの絶景である。
しかし、今はそんなものを楽しむ気にはなれなかった。
ふと、ザリ……と砂浜を踏みしめる音が聞こえた。
頭上の高性能ウサ耳は、それが男四人分のものであることを正確に聞き分ける。
流石に今度は幻聴ではなかった。
真っ直ぐ自分の方へと近付いて来るその足音に対して、ミラは振り返った。
「ようよう! 元気無さそうだなぁ、ミラちゃん?」
「あなた、達は……」
ミラの前に現れたのは、ギルドのカウンター前で難癖を付けていた犬人族の冒険者四人組だった。
リーダー格の男を先頭に、ニタニタと下卑た笑みを浮かべて、ミラを見下してくる。
こんな時に出くわしてしまうとは、なんて運の悪い……
ミラは人知れず冷や汗をかいた。
こう見えて彼らはギルド一の戦士であり、そのレベルは50に相当する。
ミラもそこそこ場数を踏んだ冒険者だが、流石にレベル50相手に四対一では分が悪い。
万が一戦いになったら、勝ち目は無いだろう。
男はそんなミラの怯えを見抜いたように、くつくつと陰気に笑いながら言った。
「聞いたぜ? お前が異世界から喚び出したとか言う金髪の姉ちゃん、実はレベル1だったんだってなァ?」
「っ!」
「レベル1で英雄ゥ? ぶわっははは、笑えるぜ! レベル1で英雄なら、レベル50の俺達は大英雄だなァ! ぶっひゃひゃはははは!」
周りの男達と一緒になって、大笑いする男。
ミラはその嘲った態度に怒りで顔を真っ赤にしたが、揉め事になってはこちらが不利だと思い、どうにか丹田までに抑え込んだ。
何もできずにいるミラに調子に乗った男達は、息が吹きかかる距離にまで顔を近付けて言う。
「なあ、ミラちゃん。健気で哀れで可哀想なミラちゃんの為に、俺達が世界を救うとっておきの方法を教えてやろうか?」
「っ⁉」
ミラが身を強張らせる。
男はニタァと笑い、
「俺達を雇えば、魔王なんざ一瞬でぶっ倒してきてやんよ! 勿論、対価は頂くけどな!」
げひゃひゃひゃと下品な笑い声を上げる男達。
普段ならこんなならず者達の言葉にウサ耳を貸すことなどないが、今はタイミングが悪かった。
弱ったミラの心は男達の甘言に侵食され、それは言葉となってミラの口をついて出た。
「……対価、とは……?」
ミラの反応に、男は一層下衆な笑みを浮かべ、
「それはなあ……」
パチン、と男が指を鳴らして合図する。
瞬間、それまで男の後ろに控えていた三人の仲間達が一斉にミラに襲いかかり、その手足を抑え込んだ。
「な、何をっ⁉」
咄嗟にもがいて拘束を振り払おうとするも、小柄な兎人族の少女が腕力に優れた犬人族の男に敵うはずもない。
地面に抑えつけられるミラをニタニタと見下しながら、男は言う。
「フフフ……言っただろ? 対価は頂くと。その対価ってのはなァ……お前のことだぜ、ミラちゃん‼」
男はミラが着けていたマントを掴むと、それを乱暴に引き千切った。
ビリッ、と嫌な音を立てて、白のマントが醜く裂ける。
「いやっ!」
「ひゃっははははは! これはこれは思ったより楽しめそうじゃねえか! 知ってるぜ? 兎人族ってのは、お月様から恩恵を受けた聖なる種族なんだってなァ? その純潔を思う存分汚せるなんて、想像しただけで興奮してきちまうなァ‼」
男はそのままミラのシャツも掴み、マントと同じように引きちぎった。
その下に隠された、形の良い二つの膨らみを収めた下着まで露わになってしまう。
生まれて初めて受ける恥辱に、ミラは羞恥で死んでしまうかと思った。
「や、やめてください……!」
「なあに言ってんだよ! お楽しみはここからだろうがッ‼」
男は止まらない。
舌なめずりをすると、ミラの純白の肌をその手でまさぐり始めた。
気持ち悪い。
こんなことをされるなら死んだ方がマシだ。
誰か、誰でもいい、助けて欲しい。
心の底からそう願った。
しかし、助けなど来るはずもない。
この周辺に人の気配はない。
たった一人行動を共にした人も、ついさっき自分が裏切った。
探しに来るなんて有り得ない。
或いは、これは自分に対する天罰なのかもしれない。
一方的に蹂躙されていく絶望の中で、ミラは静かに全てを諦め、抵抗する力を抜いた。
スッと瞳を閉じ、どうかこんな時間が早く終わりますようにと願いながら、襲い来る凌辱を必死に耐えた。
――ドゴオォォオン、と派手な音を立てて、砂浜が吹き飛んだ。
「……え?」
「何だあッ⁉」
ミラの身体にのしかかっていた男達が咄嗟に飛び退き、辺りを警戒する。
もうもうと茶色い土煙が舞う中、その向こうからこちらへ歩み寄って来る人の足音と、実に面倒臭いと言いたげな、しかし、妙にウサ耳に残るハスキーな声が聞こえた。
「あー……オイ、そこの頭悪そうな犬コロ共。只今絶賛不興の安売り中なんだが、一つ買っていかねえかい? 今ならもれなくぶらり刑務所巡りの旅まで付けてやるぜ?」
そんな真面目なのかふざけているのかイマイチわからないような文句を言いながら、人影がゆっくり近付いて来る。
視界は遮られており、その正体は見えないものの、ミラは届いてきた声をしっかりと自慢のウサ耳で捉えていた。
「――そんな……どう、して……」
金髪金眼の少女が、土煙の向こうから姿を現した。
吐き気を催す邪悪




