✡︎御飛の長男2
いうまでもない
まだ両親が起きてきてないことをいいことに、並べられた料理を手で摘んでほいほいと口に入れているのは、うちに5年前からいる居候のおっさんだ。
「ちょっと、塩見がならないねー」
俺だって意地悪とか、理由もなく嫌っているわけではない、嫁入りしてきた新婚さんにチクチク言ってくる姑如くあれこれケチをつけるのだ。
しかも、手伝いもしない。
料理も作れないくせにうるさい。
だったらこっちだって言わせて貰おう。
「なら食べなくていいので、部屋に戻っていいですよ」
フライパンをふるってパラパラと舞うチャーハンを受け止めながらそう答えるとハハハと乾いた笑いを漏すだけで反省のかけらもない。
「ボクはね、ただ無月くんのためを思ってアドバイスをしているわけでね。
今はわからないかもしれないけど、年長者のことは聞いておいた方がいいよ?」
つくづく思うのだが、これが社会的にもう少しちゃんとした人で尊敬に値する人間ならしっかり聞いていただろう。
毎日家でゴロゴロするだけ、毎日ゲーム三昧、お金は稼がず働かず。
そんな人が言うこんな戯言を聞く価値はあるのだろうか。
最初は俺も努力した。あまり荒事にならないようにアドバイスは受け止めて努力してきた。
はいはい、と聞いた俺が馬鹿だった。
最初は、おどおどしていて、居候させてもらえるだけでありがたいと言っていた奴がこれである。
「あ、そうですか、俺のこと思ってるなら口出さないでもらえます?それにアンタの飯は今作ってるんで、つまみ食いしないでください」
「そんなことを言っちゃっていいのかなぁ?ボクは客人なんだよ?もてなすのが当・た・り・前。
いちいち感謝なんかするわけがないでしょう。
何かボク間違ってるかなぁ?」
「…………」
こいつ、いつか身ぐるみ剥いで川に捨てて来よう。
俺が言い返さないのをいいことにニヤニヤしながら何かろくでもないことを言おうしているのか、口を開けたところで障子が音を立てて開いた。
「おはょ……ぅ。」
「ん?今日も豪勢だねぇ」
リビングにつながる廊下からやって来たのは父、妙月と母、巻姫だった。
父は銀がかった金髪の髪を一重に纏めて後ろに流し、さわやかな笑みを浮かべてやあと、居候に手を向けた。
対照的に起きたばっかりなのか眠そうな顔をして欠伸を噛み殺しながら挨拶をした母は、ぼっーとしながら席につく。
巻姫って聞けば聞くほどへんな名前だ。本当に本名なのだろうか。
『お母さん、巻姫って変な名前だね?本名なの?』
無いな。馬鹿か俺は。そんな無神経なことを言うなんて居候のおっさんみたいじゃないか。
「おはよう」
「おはようございます!妙月さん、巻姫さん!」
この、おっさん。とんだ猫かぶりである。人っつらはいいが自分より下だと思った奴にはとことんでかい態度をとる。
「いつも、ありがとうな。大変じゃないか?」
「いや、そんなことないよ。料理するの嫌いじゃないし」
「そうか、今度なんか買ってやろう。あー、して欲しいことでもいいぞ。ほら、なんでも言ってみろ」
ん?今なんでもって?
「じゃあ、この居候を追い出してください」
「ははは!無月は面白いこと言うなぁ、それはダメだ」
なんでだよォ!なんでもって言ったじゃん!
こんな話は何度もしているのだが、これだけは譲れないと言わんばかりにこの居候については、笑ってかわされるのだ。
理由を聞いてもはぐらかされるので、こんな風になんでもと言われても諦め半分で言うしか出来ない。
あと、今はお母さんもウトウトしているからこんなことが言えるが、意識がはっきりしている状態で、追い出そうとかいうと意地悪は良くないと言われてしまうので、注意しなければならない。
「冷めないうちに、たべて欲しいんだけど」
「じゃあ、ご飯食べようか」
「ボクのご飯は?」
「ないよ」
全員が席に着いたところで居候が騒ぎ出した。お前に食わせる飯はねぇ!
そんなことを言ったからか、お父さんは少し困ったような表情を浮かべた。
「こら、無月」
「チッ」
このクズめ。お前のせいで注意受けたぞ。疫病神が!心の中で罵れるだけ罵りながら席を立ってあらかじめ用意してあった居候用の料理を皿に盛り付けた。
「舌打ちなんてみっともないですよ!」
あんなにウトウトしていたのに、そこは聞いてたのかよ、と内心呆れながら母の小言を聞き流す。
ハンバーグじゃないと嫌だとか、ガキみたいなごねかたをした居候のために山盛り乗せたハンバーグに嫌味で旗を刺してテーブルに置いた。
旗を立てたおかげでお子様ランチにしか見えないハンバーグを挨拶する前からモリモリ食べ出している居候を横目に家族3人でいただきますと挨拶した。
◇
朝食を食べて終わり、居候を留守番させて家族3人で家を出る。
使い終わった食器はテレポート能力者の父が食洗機の中に皿を入れて片付けてくれるので俺の苦労はない。
朝飯を作るときに一緒に作った弁当を風呂敷で包んで、父と母に手渡す。
自分の分はない。友達とご飯を食べる予定なので作ってないのだ。
居候が冷蔵庫の中の食べ物を勝手に食べないように食べたら飯抜きな、お前なんかオヤツかキャットフードでも食ってろと言うニュアンスを軽い感じで言って出てきた。
屋敷の門を出ると向かいの家のおばちゃんが道に水を撒いていた。
「あら、今日も?」
「ははは、そうなんです」
「あらぁー、頑張ってね」
「ええ、もちろん」
父が会話を終えて去った後に軽く会釈をして、後ろについて歩く。
これから行くのは父と母の仕事場だ。
毎回、入り口が変わっていて自力じゃとてもたどり着くことが出来ない。
それもただの入り口ではなくて何かしらの行動がトリガーになっているのだ。
例えば住宅街の外れにある神社の鳥居を4回潜ることだったり、タバコ屋で指定のタバコを買い決められた人に手渡すことであったり。
今から向かうのはそんな厳重なセキュリティの必要な場所だ。
父と母は仕事に向かい、俺は友達に会いにいく。とは言っても遊びではなく、勉強でもあり仕事でもある。
総合的に見れば実は何をしているか、よくわからない組織ではあるが、わかる範囲で言えば軍隊や警察、それから研究所が合わさった組織だ。
俺が住むこの一帯は所謂隠れ里というやつで、普通の人間たちに隠れて暮らしているらしい。
この組織があるからこそこの隠れ里を維持できるのだろう。
そこについて、やっぱり容易には話せないのかあまり教えてもらえないが、両親はこの平和を維持するために身を削って戦っているとほのめかしていた。
だからこそ子供の俺はカッコいいとか、凄いとか思い憧れた。
テレビで見る強力な能力者よりも親だからというのもあり、かっこよく見えた。
子供が親に憧れ、将来は同じ仕事に就きたいと思うのはそう可笑しいことではないだろう。
両親に話した俺は猛反対を受け大泣きした。まだ幼かったのもあり、なんで駄目なのか考えもしなかったし、わかりたくもないと思っていた。
今思えば、やっぱり子供には危険な思いをさせたくないというやつなのだろうか。
しばらくして少し自分で自分について客観視出来るようになると自分が未熟だからダメなんだろう、自分が賢ければ認めてくれるのではと思い始める。
要は子供っぽいのだと、頼りないから反対されるのだと、思った俺はお母さんから家事を学んだ。
今現在まで続くように、最初は拙く上達せず途中で嫌になり投げ出しかけた料理も今では一流に慣れたと思う。
料理の美味しさはともかく手際は一流でなかろうか。
炊事に洗濯、これをこなせるようになった俺は次は能力を鍛えることにした。
代々、テレポート系の能力者の家系ながらなんの間違いか火炎能力を持って生まれた俺は、自分の能力の制御や訓練方法を学ぶことができなかった。
制御が分からず家が火事にならないように、お母さんが組織から借りてきた能力を抑える機械を装着していたが、それをいつまでもつけているわけにはいかないだろう。
時より家にやってくるお客さんで、俺のことを可愛がってくれる人がいればその人達に、能力の制御方法や、能力の使い方などを聞き、ちょっと驚かせたいなっというイタズラ心からこっそり練習を重ね、機械なしでも能力を制御できるように鍛えた。
幼稚園、小学校と今までも学校に行った事はなかったが改めて、諸事情により学校に行けないと聞かされた俺は、その時間を遊んだり漫画本を読んで時間を潰すのではなく勉強になる本を買ってもらったり、図書館に行って本を借りるなどして学校に通っている人にまけぬよう知識を身につけた。
その過程で、というか本で勉強しているうち、超能力者がつけられる武装について興味を持った俺は父に組織内の武装研究をしている人を紹介してもらって知識を仰いだ。
あの時は、俺が生徒で彼女が先生だった。今では俺は共同開発者で彼女は研究主任という立場を持っている。
俺の努力もあったが、彼女の教え方も良かった。授業は次第に研究や論議に変わり、研究や開発を手伝い始めて、それからしばらくすると俺のアイデアと彼女の技術力で新しい武装の開発にまでこじつけた。
組織に入って両親の役に立ちたいという目標はこの時点で達成していたのだが、そんなことを考えて頑張り始めたことすら研究漬けの日々が楽しくて忘れていた。
そういえば、女と男があれば、そこになんとかという話があるが、彼、彼女の関係ではない。
年齢が10も離れていると言うのもあるし、そもそも彼女も俺も相手に興味があると言うよりは新たなものを開発したり、知ったりする知識が気に入って一緒にいるだけなのだ。
母には、無月が気に入ったならお付き合いから始めてみたら?なんて言われてしまったのだが、『いやいやまさか』と言ってそんな気はないことを話しておいた。
いや、別に嫌いじゃないし、年が離れていることに対して文句があるのではないが、どうも付き合い始めたり結婚したとしても今まで通りの関係しか頭に浮かんでこない。
『ハニー、僕たちの赤ちゃんだね』
『ふふふ、可愛いなぁ!超伝導電気銃AX-966号機なんて名前はどうだい?』
『いいんじゃないか?AX-966の響きがチャーミングだぁ!!』
『流石ダーリン!わかってるぅ』
冗談じゃない。本当にこうなりそうで少し嫌だ。彼女との研究は嫌いじゃないが、ほら、持って、こう同年代の女の子とお付き合いがしたいなーって思ったり。
ただ隠れ里だからか、若者が少ない……学校は外の世界にしかないみたいだし、はぁ、理想は高い。