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過去と今

作者: @山氏

 残業、残業、残業、残業、飲み会。ここ数年、早く帰れた記憶はない。

 土日は疲れ切った体を少しでも癒すために寝て、何かするわけでもないし、趣味もない。

 今日もいつものようにギリギリまで残業して、ため息を吐いて会社を出た。

 会社を辞めようとしたことは何度もあった。しかし、やめてから次の当てがあるわけでもない。結局辞めたいと思うだけで、行動には移せないでいる。

 駅に着くと、ため息を吐いた。周りにはほとんど人はいない。こんな時間まで仕事をしている人間なんてほとんどいないんだろう。

 ぼーっと待っていると電車が来た。毎日乗っている終電の電車。

 最初に残業してこんな時間になったのはいつの日だったか、もう思い出せない。

 俺はガラガラの席に座り、俯いて目を閉じた。家の最寄り駅まではかなり時間がある。今少しでも体力を回復させておかないと、明日の仕事に響いてしまう。

「ねえ、春雄君、だよね?」

 ちょうど意識が飛びそうになったところで前から声がかかった。目を開けて顔を上げると、制服姿の女の子が目の前の席に座っていた。

「誰……?」

 見覚えがあるような気がする。綺麗な黒の長髪、切れ長の目、身長は座っているからわからない。

「覚えてないんだ。告白しておいて」

 告白……? 飲み会の時に酔った勢いでしてしまったんだろうか。しかし、学生相手に告白するなんて、酔っていたとしても大問題だ。

「それより何か用か? 告白は、まあ酔った勢いだったというか、覚えてないというか……」

「酔った勢い? まだ未成年だったじゃない」

「……どういうことだ?」

「稲瀬香澄って覚えてない?」

「香澄……?」

 思い出した。稲瀬香澄。高校時代の同級生。そして、俺が好きだった女の子。

「なんでこんなところに……」

 それに、なんで昔と寸分違わない姿で俺の前に……。夢でも見ているんだろうか。

「なんでだろうね」

 香澄は笑った。高校時代のことを思い出し、恥ずかしくなる。

「今でも私のこと、好き?」

 真剣な表情をして、香澄は俺の目を見て言った。

「……フラれた時に諦めたよ」

 そう。俺は高校卒業の日、香澄に告白した。結果は今俺が言った通り、フラれたわけだが。

「そっか。残念」

 全然残念そうじゃなさそうに香澄は笑う。

「今、なにしてるんだ?」

「んー、何もしてない」

「なんだそれ」

「春雄くんは、仕事頑張ってるみたいだね」

「頑張ってねえよ。やらなきゃいけないからやってるだけ」

「そっか」

 香澄は考え込むそうにそう言った。

「とりあえず、元気そうでよかったよ」

 香澄は立ち上がった。それと同時に電車も止まる。

「それじゃあね。体壊す前に仕事辞めちゃった方がいいよ?」

「そんな簡単に辞められるかよ……」

 去り際に香澄は言った。俺は香澄の背中を見送り、顔を伏せた。

 気が付けば俺は最寄り駅まで来ていた。電車を降り、家へと歩く。

 なんで香澄は突然俺の前に現れたんだろう。

 ふと、高校時代のことを思い出す。

 

 

「香澄、好きだ。俺と付き合ってくれ」

「ごめん。それは無理」

 卒業式が終わり、俺と香澄は学校の教室にいた。

「そっか、ごめん……」

 俺は香澄を置いて教室から走って出た。家までの道のりを全速力で駆け、部屋の布団に飛び込んだ。

「フラれたあああああああああうわああああああああああああああ」

 枕に顔を押し当てて叫ぶ。

 生まれて初めての告白。香澄との雰囲気も悪くなかったはずだ。

 一緒にふざけあったり、休みに遊びに行ったり。傍から見たら付き合っているようにすら映っていた、と思う。

 でも、フラれた。

 香澄は俺と付き合う気はなかった。俺のこと、好きじゃなかったんだ。そう思うと、一人で舞い上がってバカバカしくなってくる。

「はぁ……」

 ため息を吐いて、仰向けに寝転がる。

 叫んだからだろうか。不思議と清々しい気分だった。



 

 高校を出てすぐ、俺は就職した。

 最初は仕事をして、香澄のことを忘れようと考えていた。結局、仕事が忙しすぎて香澄のことを考えている余裕はなかったが。結果として、忘れることには成功していたわけだ。

 俺はまだ、香澄のことが好きだったんだろうか。

 暇もなく、高校時代から変わっていない携帯には、まだ香澄の連絡先が残っている。俺は香澄のことが気になって、電話をかけた。

『おかけになった番号は、現在使われておりません……』

「そりゃそうだよな」

 俺は携帯を閉じ、ため息を吐いた。

 結局、香澄が俺の前に現れた理由はわからなかった。

 

 

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