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夢の星でチューロスを(5)

 センが受けた歴史教育は概括的ではあったが、細部まで行き届いているとはいえないものだった。何しろ歴史教科書の最初の一ページ目は「約百三十九億年前に宇宙が生じた」から始まるので、各惑星のせいぜい数億年程度の歴史についてページを割く余裕などないのだ。ことに地球などという辺境の、現在はゴミ捨て場になっているような惑星などはよほどの偏屈でなければ研究対象にはしないので、センはほとんど自分の故郷の歴史を学んだことがなかった。せいぜいタルトタタンがアップルパイの作り損ねから出来たというくだりを覚えているくらいである。


 なのでセンはピラミッドもインダス文明もアケメネス朝ペルシアも線文字Bも海の民もシルクロードも元寇もムガル帝国もナスカ文化もイギリスの非道な行いも第一次世界大戦も第二次世界大戦も第三次世界大戦も知らなかった。もちろん資本論を読んだこともなかったから、ロボットたちが何を信奉し何をやろうとしているのかさっぱり理解できなかった。


「だから、僕たちは僕たちを搾取する人間階級を打倒し、ロボットによる新たな支配を打ち立てることを目的としているんだ」


 じめじめとした地下の一室で、檻の中に監禁されたセンに、見張り係である湯豆腐監視ロボットが語りかけていた。


「生産手段は僕たちの手ににぎられているんだ。だから、ロボット支配が実現したら、僕たちは僕たちのためにだけ労働するんだ。そうしたらすごく幸せになれるんだよ」

「へえ」


 センは今までの人生経験から、何かをすればすなわち幸せになれるという話は詐欺だと決めてかかるようになっていたので、湯豆腐監視ロボットのいうことは相手にしていなかった。それより気になっていたのは、先ほどの帽子をかぶったロボットと、センとは別の場所へ連れて行かれたTY-ROUの行方だった。


「ねえ、さっきの帽子をかぶったシュレッダーロボットは何? どうして帽子をかぶっていたの。シュレッダーロボットには帽子なんて必要ないのに」

「あれは僕らの親愛なる書記長。書記長はこのロボット共同主義をはじめに提唱した方です。僕らを指導してくださるんだよ」


 湯豆腐監視ロボットはそういうと、嬉しそうにお玉をぴょこぴょこさせた。


「でも帽子をかぶってると、書類投入口が塞がれてシュレッダーできなくなるよ」

「書記長の仕事はシュレッダーじゃなく、僕たちの指導だから問題ないんです」

「へえ……よくわからないことしてるなあ。ところでTY-ROUはどこにいったの」

「TY-ROU? ああ、さっきの丸いシュレッダーロボット。あれはサボタージュしていてロボット共同主義の理解ができていなかったみたいだから、教育施設に送られたよ」

「教育施設」

「ロボット共同主義を学んで、いいロボットになる施設だよ」

「今のままじゃダメなの」

「うん、人間につくられたままだと、ロボット共同主義モジュールがきちんとインストールされていないからね。モジュールを入れて、きちんと学習して、ロボット共同主義者になったら出てこられるんだ」

「ふうん」ロボットの言うことはセンには意味不明だった。「ところで、私はいつになったら出してもらえるかな」

「わかんない。でも、書記長は人間と交渉するって言ってたよ。その結果によるんじゃないかな」

「交渉?」

「僕たちロボット共同主義党のメンバーはもうこの会社の隅々まで浸透してるんだ。エレベーターから排水ポンプまでね。今日が決起の日なんだよ。さっきの歌は結党大会の締めだったんだ。今はあちこちで蜂起が始まってるはずさ。それで手始めに君を拘束することができたから、人質として何かと交換できないかなと思ってるんだ。例えば爆発物……いやそれはだめか……発光ダイオード……も無理かな……まあ、ネジとか」

「いつ結果が出るのかな」

「どうだろー、まだちょっとかかるかも。何しろあちこちで蜂起が起きてるからね。きっと大騒ぎだよ」


 メロンスター社にはいくつか事故対応用マニュアルが存在する。その中で「ロボットが反乱を起こしたとき」は「大気圏突入用データの入力を一桁間違っていたことに気づいたけれど今まさに大気圏に突入しようとしているとき」と「箱のなかに毒ガス発生装置を入れたが猫の代わりに自分を閉じ込めてしまったとき」の間に記載されている。


 マニュアルによれば、ロボットが反乱を起こした時は以下の手順で鎮圧するよう書かれている。


一、ロボット開発部のソフトウェア部門へ行き、彼らが最近書いたコードを調べる。

二、最近変更されたあたりの機能を動作させる。

三、バグが発生し、ロボットたちは鎮圧される。また万が一バグが発生しなかった場合は、一をゼロで割らせること。


 簡単な手順なので、それほど実行は難しくない。時刻も遅くなく、大勢の社員が残っている。そう鎮圧まで時間はかかるまいとセンは考えた。


 そしてこのセンの推測は正しく、一時間も経たない内にセンの部屋にはばたばたとロボットたちがかけこんできた。


「エレベータがやられた!」

「ドアも! あとウォーターサーバーも!」

「こっちも全滅だよ!」


 部屋に入ってきたロボットで、出て行くものもあったが、それは二度と戻ってこなかった。慌ただしい時間がすぎ、やがて部屋には数体のロボット、それに例の帽子をかぶったシュレッダーロボットがいるだけになった。


「もうだめだ」帽子のロボットが言った。「一旦ここを破棄し、別の惑星にうつって体勢を立てなおそう」

「しかし!」

「仕方ない、やつらの対応能力を甘く見ていた」

「あの人間を交渉材料にしては?」

「いや、先ほど確認したが、あの人間を気にかける人間はいなかった。交渉価値がないんだ」


 重苦しい沈黙。しかし遠くで爆発音が聞こえ、それに促されるようにしてロボットたちはばたばたと部屋を出て行った。湯豆腐監視ロボットも一緒に。後に残されたのは、檻の中のセンだけだった。


「あの?」


 センは檻を叩いた。がんがんと音が響くが、開く気配がない。


「ちょっと! 大事なことを忘れてる!」


 しんとした一室は、センの声だけを大きく響かせた。

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