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夢の星でチューロスを(1)

夢の星でチューロスを

『……このほどバファロール星に赴任し、新プロジェクトにジョインすることになりました。自分のスキルや経験をどれだけ活かし貢献できるかが楽しみです。近いうちに一度ランチでもご一緒しましょう。アトル・ルカン』


 社内コミュニケーションシステムで届いたメッセージを読みながら、セン・ペルはコーヒーをポットからカップへうつしていた。しかしメッセージの内容に気を取られていたため、コーヒーはカップをあふれだしぼたぼたと机から床に垂れた。


 センの職場であるメロンスター社バファロール星支社庶務課第四書類室は、まるで道端に捨てられた折れ釘のように、あるいは数百年前の人工衛星のように会社全体から忘れられている部署なので、センに届くメッセージといったらたいていは『カノープス宝くじで一等五億が当選しました!』とか『リゲル政府高官があなたに助けを求めています』とか『地球人の僕がわずか一月で七千三百二十二万デネブを稼いだ方法』とかだった。最後のメッセージはつい一週間前に届いたもので、センはそれを熱心に最後まで読み『資料請求はこちら』のページまで確認したが、もっと詳しい情報を得るために必要な金を振り込むことができなかったため(センの所持金はその時わずか四分の三デネブだった。これはフォーマルハウト・サンドイッチを四分の三包分買うことができる金額なのだが、フォーマルハウト・サンドイッチはバラ売りはしていないため、結局そのときセンはフォーマルハウト・サンドイッチを作ったあとに残ったパンの耳で空腹をしのいだ)、わずか一月で七千三百二十二万デネブを稼ぐ方法を知ることができなかった。


 だから、セン宛てに届いたスパムでないメッセージは珍しかった。センもはじめはうきうきしながらメッセージを読み始めたのだが、読み終わった今ではぎりぎりと歯を食いしばっていた。


 メッセージの送り主であるアトル・ルカンは、センと同時期にメロンスター社に入社した人間である。アルタイル星系の出身で、聞いたところによると新規事業開発室に所属しているとのことだった。花型部署である新規事業開発室と第四書類室の間にはベガとアルタイルくらいの隔たりがあり、センとアトルには共通点といったものがほとんどない。それにもかかわらずアトルからメッセージが来ているわけは、センの入社直後に行われた社内パーティにあった。


 その時のパーティは、メロンスター社の新商品である扇風機、『そよそよくん』が記録的な売上をあげた記念に開催されたものだった。なぜ『そよそよくん』がそれほどの売上を記録したかと言うと、製造工程のミスにより、最大風力が本来の想定の約七十万倍となったため、家庭だけでなく工事現場、デモの鎮圧、戦闘兵器など想定外の顧客層に受け入れられるようになったからだった。


 パーティ会場には一段高い場所にマイクが用意されており、商品開発部門や製造部門、宣伝部門の社員が入れ替わり立ちかわり開発や製造の苦労、宣伝の裏話や訴訟対策などをスピーチしていたが、センはそれらを一切聞くこと無く、パーティ会場の片隅の席に陣取って一人でせっせとアルコールを摂取していた。


「やあ、楽しんでるかい」


 センが六杯目のジン・フィズを飲んでいた時、そう言って話しかけてきたのがアトルだった。センはこのただ酒飲み放題という機会をおおいに楽しんでいたので、楽しんでいると伝えた。


「僕はアトル・ルカン、ついこの間メロンスター社に入社したばかりでね。新規事業開発室に所属しているんだ。君は?」


 普段なら自分の仕事を話すのはあまり気が進まないのだが、六杯分のジン・フィズのおかげで鷹揚になっていたセンは、第四書類室の業務について話した。しかしアトルはセンの話を一通り聞くと、シュレッダーロボットの刃の替え方について話そうとしていたセンを遮って、滔々と自分の仕事の困難さとやりがいについて語りだした。


「……このときはコンセンサスを得るのに苦労してね。やっぱりチーム全体にミッションを浸透させるのが大変だったかな。デイリースタンダップを重ねてね」

「はあ」


 いくら話をやめさせようとしても、アトルの語りは止むことがなかった。あきらめたセンは、七杯目のジン・フィズを啜りながら気のない相槌をつづけた。相槌には「もうたくさんだ」「さっさと失せろ」「そこの片隅の観葉植物にでも話してろ」という気持ちをこめたつもりだったのだが、センの表現力が足りなかったのか、アトルはまったく構わずに延々と話し続けた。


 結局その日、センはパーティの最後まで(パーティは三日三晩続く予定だったのだが、開始から六時間が過ぎたところで『そよそよくん』のデモンストレーションが行われ、会場設備ならびに来場者に甚大な被害がもたらされたため一旦中止となった)アトルの語りを聞き続けることになった。そしてそれに耐えるためには計十三杯のアルコールを必要とし、翌日センは生まれてから二番目にひどい二日酔いに苛まれた。


 それ以来センはアトルを毛嫌いしているのだが、アトルのほうではそうではないようだった。というより、自分の素晴らしいキャリアを再確認するための道具としてセンを扱っているふしがあった。庶務課第四書類室勤務の地球人など、エリートにとってはその程度の価値しかないということなのだろう。


「セン、上空からコーヒーが降ってきて僕のボディにかかり、あともう少しでショートと爆発を起こしてこの部屋がまるごとこげこげになりそうです。具体的に言うとあと十秒」


 TY-ROUの声がなければ、センは届いたメッセージをスパムとして報告する作業を延々と繰り返すところだった。センは慌ててTY-ROUにかかったコーヒーをふきとり、自分が炭化するのを防いだ。

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